2023.12.11
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(連載)家族支援@学校~「届くところの平等」ってなに?~(第十六回)

新しい書籍作りにかかりっきりでだいぶ時間が開いてしまいましたが、連載の続きです。
この連載では、保護者対応を家族支援と捉えなおし、カナダ/アメリカの家族支援の考え方を学校で活かす道を探ってきました。そして、いろいろ考え書いていくうちに、そこで学んだ理論が、保護者との関わりの場面だけでなく、子どもとかかわる場面でも広く応用できると気づきました。そこで、家族支援のキーワード解説をして、それを保護者関連だけでなく、学校現場の様々な場面で活用する方法を考えていきます。今回は、連載第九回「すてきな卒業式の話」で触れた「届くところの平等」について詳しく考えていきます。

東京都内公立学校教諭 林 真未

「出るところの平等」と「届くところの平等」

前回説明したように、平等には、「出るところの平等」「届くところの平等」という二つの考え方があります。
今まで私たちが漠然と「平等」と呼んでいたのは、「出るところの平等」です。これは、だれもが同じように扱われる、誰にも同じように与えられる、そういったかたちで「平等」を実現しようというもの。
一方、家族支援学で「平等」と考える、「届くところの平等」は、受け取る側の状況が平等になるように調整しようという考え方です。
つまり、だれもが同じくらい幸せになるために、より困難な状況にある人が、多くの支援を得ることこそ「平等」と考えるのが、「届くところの平等」です。
支援の現場で「出るところの平等」つまり、提供する支援の量を同じにすることにこだわっていては、支援される対象者全員が、同じだけの幸せな状況には至れません。
だって、その人の状況によって、必要な支援の量が違うのですから。
そこで、出るところ=提供側で同じ質・量にすることで平等を担保するのではなく、届くところ=受け手の状況において平等を担保することを、リーズナブルな平等と考えるのです。

学校における「合理的配慮」は、この考え方がベースとなっていると言えますし、「個別最適化」など、昨今のワードも、この考えを了解するとすんなり入ってくるかもしれません。

「届くところの平等」@学校

好むと好まないに関わらず、前述したように「合理的配慮」「個別最適化」といったワードに姿を変えて、「届くところの平等」は、学校の責務になってきました。
発想の転換が必要です。
長年慣れ親しんだ「出るところの平等」感覚は、私たちの中に沁みついています。
だからこれが、倫理的に正しいやり方という”感覚”がどうしても私たちの中にあるのです。
けれど、実際的な効果を考えれば、「届くところの平等」のほうが、いい結果をもたらすことは確かです。
身近なことで言えば、たとえば、経験のある先生なら、同じように伝えても、驚くほど児童生徒側の聞き取り方が違うことは、当然の事実と熟知しているはず。
これに対して、「出るところの平等」つまり先生からの全員に対する指導として、全員手を止めさせてから話す、注目させてから話す、「聞き方名人」を徹底する、などの対応をしてきたことと思います。
ところが、それでも必ず、説明したはずのことを後から聞いてくる子がいるのはどういうわけか(笑)。
子どもたちは、先天的に、聞く能力に違いがあるのです。
その子たちに一律に同じことを求めても、「届くところの平等」にはなりません。
私がやっているのは、前述の「出るところの平等」対策に加えて、学習に困難を抱える子同様、聞く力が弱い子も前方の席に配置すること、説明の後に必ずその子たちに個別に声かけして、聞いて理解できたかを確認すること。
この程度ですが、それでも、”一律に説明して終わり”より、その子たちの理解の助けになるし、こちらも、後から「もう! ちゃんと聞いていてください! 説明したでしょう!」とイライラせずにすみます。
これは卑近な例ですが、このほか、何らかの障害がある場合や家庭の事情がある場合など、他の子どもとは違う状況を抱えた子どもにも、同じ考えで「届くところの平等」つまり、その子が他の子と同様に学校生活が送れるようにすることを目指します。

「届くところの平等」を阻むもの

とはいえ、週26時間(私の場合です)の授業数(しかも小学校ですから、いくら授業準備しても自分のクラスで一回使えば終了)で、事務仕事や会議、研修等も詰め込まれ、その上人手不足の穴埋めにも駆り出される今の状況で、悠長に「届くところの平等」を、なんて言っていられない。
という声が聞こえてきそうです。
ホントそうですよね。
教員に理想の実現を目指すなら、まずは働き方改革を実現してから。
喉から手が出るほど、目の前の子どもの育ちを保障するために使う時間が欲しいです。
「届くところの平等」を阻むもの、それは教師の多忙です。
…といいつつも、頑張り屋さんの先生たちは、例えばこの記事を読んだなら、「届くところの平等、できる範囲で頑張ってみよう」とか思っちゃうんですよね。
文部科学省によって平成24年に出された合理的配慮(=届くところの平等)の定義には、「財政措置により、国は全国規模で、都道府県は各都道府県内で、市町村は各市町村内で、教育環境の整備をそれぞれ行う。」と書いてありますが、10年以上たった今、一番大事な教育環境である、人的状況は改善されたのでしょうか……。

「届くところの平等」行き過ぎ注意報

多忙すぎる毎日が、「届くところの平等(合理的配慮/個別最適化)」を具体的に構想、実践する時間を阻むことに憤慨する一方で、私は、「届くところの平等」の行き過ぎにも、強い懸念を持っています。
学校の集団行動に馴染めず(学校的に言えば)問題行動を繰り返してしまう子に気持ちを引っ張られて、学級経営もそこそこに、その子の「合理的配慮(=届くところの平等)」あるいは「特別支援」にばかりパワーを使ってしまう、という状況はありませんか。
それは「平等」と言えますか?
私は、それは、逆に不平等だと思うのです。
問題なく日々を過ごす子どもたちも、同じ学級の一員です。
先生の配慮は、そのすべての子どもたちに、まんべんなく行き届かなければいけません。もちろん完璧にはできませんが、心持ちとして、これを忘れないようにしたいのです。
職員室で先生方が一定の子どもの話題ばかりに終始するとき、秘かに「あの子だけが注目されるのってどうなんだろう…」って思ってしまうのです。

と言いつつ、「そんなこと言ったって、今は、あの子の問題行動がひどすぎて、それにパワーを使わざる負えない状況なんだよ!」という方も多いのでは?ということも、容易に想像できます。…そうなんですよね……。

「合理的配慮(=届くところの平等)」と「出席停止」

ここからは少し「届くところの平等」解説から外れますが、その点についても触れておきたいと思います。
文部科学省は「合理的配慮(=届くところの平等)は「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義しています。
つまり、合理的配慮(=届くところの平等)は、担任の先生一人の献身で、必死で実現しなければいけないものではありません。そこまでのことは求められていないのです。
ところが、担任の先生一人だけどころか、他の先生その他学校のリソースを充分全部使っても、学校の過度の負担になる子どもがいる場合がありますよね。様々な事情があることで、その子のせいでなかったとしても、もうその子がいるだけで、他の多数の子どもの学校生活が脅かされてしまっている。
そんなケースの場合、その子の「合理的配慮=届くところの平等」に固執してしまうと、他の大多数の児童生徒は、日々我慢を強いられながら学校生活を送らなればならなくなります。

このように、他の児童生徒の教育の著しい妨げになる場合には、本人の懲戒という観点からではなく、学校の秩序を維持し、他の児童生徒の義務教育を受ける権利を保障するという観点から出席停止という措置があります。
けれど、(特に小学校の)先生の皮膚感覚として、「出席停止」って言われちゃうと「そこまでしていいのか」となんとなく強い抵抗感を持ってしまうのではないかと推測します。
ただ、冷静に判断すれば、学校は集団を導いていくスタイルなので、個別支援には限界があります。
出席停止措置を取らざるを得ない子どもに必要なのは、徹底的な個別支援です。「過度の負担を課さない合理的配慮」では埒があきません。
スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、そして児童相談所、主任児童委員等、子ども家庭支援の関係機関と連携し、出席停止が、本人と家族の手厚い家族支援のスタートになるようにしたいところです。

「届くところの平等」を追求するあまり、担任が疲弊したり、学級が共倒れになったりする前に、このようなケースを想定して「合理的配慮」と「出席停止」の境界点を、「出席停止」後のその児童生徒に対する支援策を、学校全体で共有しておくといいのかもしれません。

林 真未(はやし まみ)

東京都内公立学校教諭
カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)
特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事


家族(子育て)支援者と小学校教員をしています。両方の世界を知る身として、家族は学校を、学校は家族を、もっと理解しあえたらいい、と日々痛感しています。
著書『困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡』(東京シューレ出版)
『子どものやる気をどんどん引き出す!低学年担任のためのマジックフレーズ』(明治図書出版)
ブログ「家族支援と子育て支援」:https://flejapan.com/

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