2023.08.03
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書籍からの学びの具体~実践家 安井俊夫(その2)

今回は「書籍からの学びの具体その2」ということで社会科実践家でも著名な安井俊夫氏を取り上げます。『子どもが動く社会科―歴史の授業記録』(1982)地歴社,『学びあう歴史の授業』(1985)青木書店,『発言をひきだす社会科の授業[中学校]』1986)日本書籍、『社会科授業づくりの追求-子どものものに実現していく道―』(1994)日本書籍など著書は多数です。中学校での歴史実践の著書ですが、小学校でも大いに参考になると思います。どんな子でも巻き込んでいく実践にかなり影響され、そのエッセンスを参考にしたいと思っています。

大阪市立野田小学校 教頭 石元 周作

実践家 安井俊夫

1935年生まれの安井氏は、千葉県の公立中学校で社会科教員、歴史教育者協議会の会員として、多くの実践記録を残し、社会科の授業に大きな影響を与えました。その後は「日本近現代史 教材・授業づくり研究会」を発足させ、代表を務めました。
小学校教員の私が中学校の安井実践に魅かれたのは、おそらく学力が厳しいであろう子でも巻き込んでいくその授業展開です。社会科が苦手な子にとっては、社会科は苦痛の時間でしょう。しかし、そんな子でも発言ができる授業にしていくその授業づくりには、多くの賞賛と批判があります。自分なりの勝手な分析ですが、以下の3点がポイントだと思っています。

①授業テーマの設定
②具体的な歴史の場面を扱う
③対立構図の問い

①授業テーマの設定

安井氏は、授業のはじめに必ず授業テーマ(タイトル)を板書します。まずはそこで子どもの興味・関心を高める手立てとしています。学習内容をそのまま板書しても(例えば「室町時代の農業の発達」)なかなか面白みは感じにくいと思います。そこで、単元のねらいに合わせ、主に授業の中心場面(ヤマ場:単元の中で子どもの話合いが中心となる場面)をもとにタイトルを決めているようです。例えば、先述の「室町時代の農業の発達」なら「命がけの草刈り」となります。他の例としては

「山城国一揆」→「大名は出ていけ
「一向一揆」→「なむあみだぶつの旗
「太閤検地」→「武士が検地にやってきた
「徳川家康の政策」→「家康はすごいやつか

のように、子どもにとってイメージが湧きやすく、どういうことなのか知りたくなりようなタイトルをつけています。
実際に室町時代の正長の土一揆の学習で「岩にきざんだ勝利」とタイトルにしたときには、以下のやりとりがあったと述べられています。
元気のいい男の子が、大きな声で読み上げて、「岩にきざんだ勝利?岩にきざんだって何?」「あ、これでしょう?教科書にある!」などと最初から何人かがのってくる。そこで「そうだ。教科書94ページをあけて下さい。大きな岩に何か字を掘った。何と書いてありますか?」と、授業にスムーズに入っていける。
単におもしろおかしくタイトルをつければよいというわけではなく、授業のねらいに即しているからこそ、テーマのタイトルとして活用できるだと思います。

②具体的な歴史の場面を扱う

安井氏の授業では、歴史における具体的な場面が出てくることがほとんどです。教科書に明記されている「織田信長が桶狭間の戦いで今川義元に勝利した」という事実よりは、実際に信長がどう動き、どういうやりとりがあったのか、といったより具体的な場面を扱っているのです。先述の「検地」では、だれが来て、具体的にどのようなことをするのかを扱うことになります。
このような具体的な場面があることで、子どもは事実関係を理解しやすくなることはもちろん、登場する人物や人々の立場にたって考えやすくなります。いわゆる歴史漫画を読むような感じになるのではと思います。今では動画の活用が考えられるでしょう。
しかし、それだけに具体的な場面の前後の事実を理解しておく必要があります。だからこそ、その知識を全体で共有する重要性と必要性があり、教師の出どころだと思います。安井氏は教科書からはわからない補足資料をたくさん活用しています。ただし、資料過多によって子どもが追い付かないという事態に気をつける必要がありますが。

③対立構図の問い

安井氏は単元の中で「ヤマ場」の設定をしています。そこではAかBかという対立構図を生み出すことで子どもの発言(討論)を出しやすくしています。

「正長の土一揆において、僧は『国が滅んでしまう大きな原因だ』と書きました。この意見に賛成しますか。反対しますか」
「ローマ帝国の奴隷は実際に反乱を起こすことができると思いますか。できないと思いますか」
「徳川家康はすごいやつですか。それともいやな奴ですか」
「農民の立場から言えば、検地帳に名前を書かれたほうがいいですか。書かれないほうがいいですか」
「日本はロシアと戦うべきですか。戦わないほうがいいですか(日露戦争)

安井氏はこのような対立構図をつくる明確な意図があります。ひとつは「子どもが考えやすい。発言しやすい」と述べています。自分も考えをどう表していいのか戸惑う子はこの対立構図の問いによって「その通り!」「いや、ちがう!」という発言にのって挙手しやすく、はっきりした視点なので考えやすいこと。自分の考えが浮かばない子も自分の考えを出す出発点になることもあると述べています。
もうひとつは、自分の意見と反対のものがあると、反発を感じて考え出すということです。他の子の意見を聞くことで、さらに自分の考えを深めることになりますし、「みんなで考えている」状態になると思います。

主権者を育てる

ここまで読まれた方は感じておられると思いますが、このような授業を展開しようとすると深い教材研究が必要です。具体的な場面を設定しようとすると、それなりにエピソードや事象を調べる必要がありますし、対立構図の問いも単元のねらいにそったものでないといけませんし、単元を通してそこまでの事実理解が必要です。中学校で社会科専門だからこそできた、と考えることもできますが、どの子も発言しやすい授業を組み立てる安井にはゆるぎない信念があります。それは社会科によって「主権者を育てる」ということです。安井氏は以下のように述べています。

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授業づくりをする側から言えば、何でもいいからとにかく「発言」させることに重点をおくのではない。(友だちの意見を)聞いて楽しいと言える発言、それを聞いていると、つい反論を言いたくなるような発言を引き出すことに重点がおかれる。(中略)つきつめれば、授業の中に、子ども一人ひとりの「自分」が自由に生き生きとうちだされていることといっていい。こうやって「自分」をうちだしながら発言することは、やがて世の中のできごとに対する主張にもなりうる。つまり、発言する、意見をのべる、ということは世の中のことに目を向け、それをひとごとではなく、自分の問題にしようとすることだ
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社会科の目標の一つは「公民的資質の育成」です。安井氏の実践はそういった意味でも今でも参考にできる点は多いと思っています。

参考資料
  • 安井俊夫(1982)『子どもが動く社会科―歴史の授業記録』地歴社
  • 安井俊夫 (1985)『学びあう歴史の授業』青木書店
  • 安井俊夫(1986)『発言をひきだす社会科の授業[中学校]』日本書籍
  • 田中耕治(2009)『時代を拓いた教師たちⅡ 実践から教育を問い直す』日本標準

石元 周作(いしもと しゅうさく)

大阪市立野田小学校 教頭


ファシリテーションを生かした学級づくりと社会科教育に力を入れて実践してきました。
最近は、書籍からの学びをどう生かせるかや組織開発に興味があります。
統一性がない感じですが、子どもの成長のために日々精進したいと考えています。

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