2022.05.24
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

〜『二月の勝者』〜学習塾の指導から考える個別最適化した教育(2)

半袖で過ごせるような日が続き、夏の訪れを感じるようになりました。小学生の夏休みというと、一般的には社会人と異なりのんびりと過ごしているというイメージをお持ちの方がいると思います。ただ、中学受験をする児童にとっては、夏休みは夏期講習で忙しい時期となります。学習塾によっては、夏季合宿や集中特訓という名目で朝から晩まで授業を行っています。

こうした子どもたちは「子どもらしく」過ごせず、かわいそうなのでしょうか。実際に見学してみると、普段学校で眠そうに過ごしていた子が、生き生きとして楽しそうにしている姿が見られます。今回は、学校という学びの場だけではない場所で輝く、特定分野に才能のある児童について考えていきたいと思います。

浦安市立美浜北小学校 教諭 齋藤 大樹

加熱する中学受験

昨年度の記事において、高瀬志帆さんの連載されている『二月の勝者』(小学館)について執筆しました。この漫画は、中学受験を題材にしており、中学受験の状況がリアルに描かれています。ドラマ化したのでご覧になった方も多いと思います。 

コロナ禍でも私立中学校への進学を希望する児童は減らず、むしろ受験者数を伸ばす学校も多くなっています。令和元年度の学校基本調査でも、東京都の3割近くの生徒が私立中学校に通っているというデータがあります。 

記事を書いた際には、周囲の教員から予想以上の反響がありました。公立学校の教員にとって中学受験というのはアンタッチャブルな存在で、積極的に関わりたくないという方も一定数いらっしゃることは理解しています。私ももちろん学力の向上だけが教育の目的ではないと考えています。「人格の完成」をめざして調和的に児童の才能を伸ばすことが重要なのは言うまでもありません。 

学校は学業面の才能を認めてくれないのだろうか

筆者作成

『二月の勝者』の中でこんなシーンがありました。ある登場人物の女子児童が、「なぜ学校の先生はリレー選手やピアノといった運動や文化的なことは褒めてくれるのに、勉強ができることを褒めてくれないのか」と嘆いていました。スポーツや音楽、アートなどの才能を持つ児童らは認めてもらえるのに、学業面の才能は、褒めてもらえないという悩みをもっていたのです。彼女はむしろ学校の教員に煙たがられていました。 

このシーンを見た際に、強く衝撃を受けたことを覚えています。私は、これまでこうした児童の悩みや困り感を軽視してきたのではないだろうかと感じました。 

進み始めた特定分野に特異な才能のある児童への指導・支援

インクルーシブ教育や合理的配慮が求められるようになり、児童の様々な困り感について理解が進んできています。一方で、学業面で才能を発揮する児童も前述の登場人物のようにある種の困り感を感じているのではないでしょうか。 

文部科学省においても、昨年度から「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」が開かれています。なお、特定分野とは、学業面のことだけではありませんが、今回の記事では学業面にフォーカスしています。 

有識者会議の論点整理の中で、こうしたギフトをもつ児童たちに対してアンケートをした結果が記載されています。「授業が簡単すぎてつまらない」「先生が周囲に合わせろと叱る」「教科書の内容はすべて理解していたが、自分のレベルに合わせた勉強をすることができず、授業中は常に暇をもて余していた」、「発言をすると授業の雰囲気を壊してしまい、申し訳なく感じてしまうので、わからないふりをした」、「学校で習っていない解法をテストで回答すると×にされる」という悲しい報告が並んでいました。空気を読んで演技を続けられる子はまだ良いかもしれませんが、児童によっては適合できずに登校しぶりに陥ることもあるそうです。 

今後の指針について

文部科学省の有識者会議は、今年度も引き続き開かれています。その中で、今後の議論の一つとして、学校外の学びの場とのマッチングやコーディネートの方法を検討することが指摘されています。 

これまで学業面に才能を発揮する児童の受け皿となっていたのは、現実的に考えると学習塾ではないでしょうか。有識者会議においても、現実的に考えていくことの重要性が述べられています。学習塾だけが学校外の学びの場ではありませんが、学習塾の指導方法を学ぶことで、授業における教材や指導方法の工夫を考える一助になる場合もあると思っています。 

オンライン学習サービスについて

先日、学習塾の関係者が多く参加する教育総合展に参加してきました。その中で、個別指導塾ではスタディサプリなどのオンライン学習サービスが数多く取り入れられていることを感じました。各オンライン学習サービスでは、何度も繰り返し講義を見直せたり、自分のレベルに合った課題に取り組んだりすることができます。 

中学校では導入する学校も増えていますが、小学校でもこちらのサービスは少しずつ取り入れるべきではないでしょうか。全ての授業をこうしたサービスで行うわけにはいきませんが、単元のまとめの段階などでは活用する余地があります。前回の記事でも申し上げた通り、GIGAスクール構想が進む今こそ、オンラインでの学習サービスを上手に取り入れていきたいものです。 

学習塾のテキストを見てみよう

また、教材研究をする際には、学習塾が発行する本や資料を見てみることも良いです。私は四大塾が発行するテキストを各社手に入れてみました。同じ単元でも各社のアプローチが異なるので、比較検討すると面白いです。 

中学受験生の多くが使うといわれる有名なテキストがあります。四谷大塚という塾が発行している「予習シリーズ」というテキストです。四大塾のうち、四谷大塚と早稲田アカデミーは提携関係があるので、中学受験生の半分が使うと言われているのです。 

こちらのテキストは四谷大塚のホームページから購入することができます。教科書や指導書とは異なった角度から教材を切り取っていますが、その単元のエッセンスはだいたい似ているように感じます。だからこそ、指導書だけでなく、塾のテキストも見ることでその教材の重要なポイントや指導方法を考え、どの子も理解を深められるような授業づくりにつなげられるのではないでしょうか。 

なお、当たり前の話ですが、学習塾に通う児童は、難関校を目指す児童ばかりではありません。学習が苦手なお子さんでも分かりやすく学習に親しめるような工夫も散りばめられています。SAPIXという塾では、児童に分かりやすいテキストにしようと、あえて冊子型にせず、プリント型にして毎年細かな改訂を続けているそうです。 

誤解を恐れず現実的に

今回は、「二月の勝者」という話題の漫画から、文部科学省で議論されている特異な才能を発揮する児童の支援の在り方について考えてみました。教科書会社が発行している指導書と比較してどちらが良いということではないと思います。決して学習指導要領の指導内容を大きく逸脱することを推奨したり、ましてや主体的・対話的で深い学びを否定したりするわけではありません。 

同じ教材でも、多様なアプローチがあるということを楽しんで頂き、学習面という特定の分野に才能を発揮する児童たちの理解につなげてほしいと願ってお伝えしました。今回もお読み頂き、ありがとうございました。 

齋藤 大樹(さいとう ひろき)

浦安市立美浜北小学校 教諭


一人一台PC時代に対応するべくプログラミング教育を進めており、市内向けのプログラミング教育推進委員を務めていました。
現在は小規模校において単学級の担任をしており、小規模校だからこそできる実践を積み重ねています。

同じテーマの執筆者
  • 樋口 万太郎

    京都教育大学付属桃山小学校

  • 石丸 貴史

    福岡工業大学附属城東高等学校 教務主任

  • 郡司 竜平

    北海道札幌養護学校 教諭

  • 中原 正治

    元徳島県立新野高等学校 教諭

  • 鷺嶋 優一

    栃木県河内郡上三川町立明治小学校 教諭

  • 中川 宣子

    京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会

  • 川村幸久

    大阪市立堀江小学校 主幹教諭
    (大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年)

  • 大吉 慎太郎

    大阪市立放出小学校 教諭

  • 清水 智

    長野県公立小学校非常勤講師

  • 宮澤 大陸

    東京都東大和市立第八小学校

  • 渡邊 満昭

    静岡市立中島小学校教諭・公認心理師

  • 長田 夢

    北海道旭川市立末広北小学校 教諭

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop