2021.05.24
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失敗あれこれ~教師の涙~(3)

教師をしておられるみなさんは、子どもたちの前で涙を見せたことがあるでしょうか?
教師である前に一人の人間であると考えれば、子どもの前で涙を見せることは自然なことなのかもしれません。
あるいは、教師の涙が与える子どもへの影響を考える必要もあるでしょう。
泣いてもよいのか、やはり泣かない方がよいのか。
みなさんはどのようにお考えでしょうか?

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭  富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。 山川 和宏

教師の涙

私に教師となるきっかけを与えてくださった尊敬するM先生が、こんなことをおっしゃっていました。

「初めて担任した子どもたちとのお別れの時に、それはもう涙が止まらなくて止まらなくて。あんまりにも泣いたものだから、それ以来、子どもの前では泣かないと決めたンです。だから、学校を変わることになっても、もう子どもたちの前で泣くことはありません」

そんなM先生がそれまでの学校を離れることになった時、担任されていた子どもたちのほぼ全ての子が号泣していたのに対して、M先生は目を真っ赤にしながらも涙がこぼれるのを必死に耐えておられました。泣かなかった子は、「先生に涙を見せたら先生を悲しませるから、泣かないと決めていた」と後で教えてくれました。

子どもたちへの愛情を人一倍持っておられたM先生が自身の涙と格闘する姿に、取材カメラを手にした傍観者であった私は大変心を打たれました。正直に云うと、その場にいた誰よりも号泣していたのは、私だったのです。号泣していた子どもが私の泣いている姿を見て、驚いて目を見開いてしまった表情が忘れられません。今思えば、取材対象に感情移入しすぎて、その場の空気を壊していなかったかと冷や冷やします。

それはさておき。教師となった私が、あこがれのM先生のように子どもの前で涙をこらえて凛としていることができているかというと、甚だ心もとないです。

泣き虫先生と呼ばれた頃

教師となって1年目。

今の自分よりも遥かに高い熱量で子どもたちと向かい合っていた自負はあるのですが、お世辞にも学級経営がうまくいっているとは言えませんでした。
ある日、担任している子どもたちの前で号泣してしまいました。どういうきっかけだったのかは忘れてしまったのですが、どんな話を子どもたちにしたのかは憶えています。

「あなたたちの人生は、これからの方が遥かに長い。その長い人生の中では、たくさんの困難やつらいことが待ち構えている。どうしようもなくつらい時に助けてくれるのは、きっと周りの友だちだ。だから、もっともっと友だちを大切にしようよ」

私自身は子どもの時からわがままばかりで周りの人たちを大切にできず、ろくに友だちをつくることができなかったことを棚に上げて、偉そうに子どもたちに説教を垂れた挙句に、泣き出してしまったのです。
情緒不安定なこと、この上ありません。
だけど、大人になって友だちがいないというのはとっても寂しいことだと実感していたし、子どもたちにはどうしても自分のような寂しい思いをしてほしくありませんでした。

私なりに一生懸命、今の自分にはとても真似できないほど真剣に子どもたちに訴えかけました。一人の人間として後悔を抱えていた私は、同じような後悔をさせないためにと必死だったのです。

初任の頃は、そんなことがしばしばありました。

またある時、云うことを聞かない子どもたちに「もうあなたたちに教えることはありません!」と宣言して、授業中であったにもかかわらず、職員室に戻ってしまったことがありました。職場放棄だし、自分の伝え方を顧みることなく「云うことを聞かない」と子どもたちのせいにしていた時点で間違っていると今では思うのですが、当時はそんなことを考える余裕はありませんでした。

私はすぐに校長室に呼び出され、校長・教頭・初任者指導の先生に「そのやり方は指導ではない」と指導を受けました。そのように指導を受けている中で、私は自分が情けなくなって涙が止まらなくなっていました。

そこへ、教室に残された子どもたちが私を探しにやってきたのです。校長室の窓からのぞきこんで号泣している私の姿を発見した子は、びっくりしていました。

校長室を出ると、子どもたちが並んでいました。

「先生、ごめんなさい。」と謝られました。

私からも気の利いたことの一つでも云えればよかったのですが、うまく言葉にできませんでした。先に子どもに謝らせてしまったことの後悔と、自分の思いが伝わった安堵とが入り混じっていたように思います。

本当にいろいろとあった初めて担任した子どもたちですが、まちがいなく云えることは、子どもたちに愛情を持って、毎日真剣勝負をしていたかけがえのない1年間だったということです。この1年間が自分を教師として大きく成長させてくれました。

あれから20年近くたちますが、当時担任していた子が今も私を訪ねて来ては、こう云います。

「あの頃は俺たちも無茶苦茶してたから、しょっちゅう先生を泣かせてたよな。ね、泣き虫先生!」


山川 和宏(やまかわ かずひろ)

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。

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