2022.10.24
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子どもは正しく間違える?2 ー算数文章題が解けない子どもたちの理屈を探るー(前編) ABLE ONLINE #08リポート

ABLE ONLINEは、認知科学の視点から学習研究と教育実践をつなぐ国際コミュニティABLE(Agents for Bridging Learning research and Educational practice)が開催するオンラインセミナー。その第8回目となる「子どもは正しく間違える?2 ー算数文章題が解けない子どもたちの理屈を探るー」が2022年9月17日に行われた。このほど、ABLE主宰で認知科学者の今井むつみ氏率いる開発チームは広島県教育委員会と共に、学力の基盤となる認知能力を測る「たつじんテスト」を開発。本テストによって明らかになった子どもたちのつまずきと、その解消に向けた広島県での実践が紹介された。

【登壇者】

株式会社内田洋行 代表取締役社長……大久保 昇 氏
慶應義塾大学 環境情報学部教授……今井 むつみ 氏
広島県教育委員会事務局 義務教育指導課 課長……立田 晃 氏
福山市教育委員会 教育長……三好 雅章 氏

(司会)慶應義塾大学SFC研究所……山﨑 智仁 氏

オープニング&イントロダクション

株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇 氏

セミナーの開始にあたり、ABLEの活動を支援する株式会社内田洋行の代表取締役社長、大久保昇氏より挨拶が行われた。

ABLEではこれまで、本セミナーの第1弾である「こどもは正しく間違える? ー算数のつまずきからわかる子どもの理屈の認知科学ー」(#5)、数の認知発達研究の世界的権威をゲストに招いた「数の認知はどう育つか?」(#7)など、子どもが数を理解する発達過程とつまずきを認知科学の研究から明らかにし、それに基づく教育実践を考えてきた。

大久保氏はこうしたABLEの活動を振り返って、「大人になると、かつて自分が『わからなかった』ことを忘れてしまい、子どものつまづきに気づくことが難しくなります。その時々で子どもたちのつまずきを見取り、手だてを講じていくためにはどうすればよいのでしょうか」と疑問を呈し、すでに『たつじんテスト』を実施している広島県教育委員会、福山市教育委員会からの報告に期待を寄せた。

解説

たつじんテストからわかる子どもの学力のつまずき

慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井 むつみ 氏

まず今井むつみ氏が「たつじんテスト」開発の背景や概要について説明した。

たつじんテストは、学びの前提となることばの知識を測る「ことばのたつじん」と、数・形の概念理解、推論能力を測る「かんがえるたつじん」の2つのテストからなる。例えば、前者には絵に描かれた動作を言葉で表現する問題、後者には線分図に指定された数値を示したり、絵に描かれた物を比べて重さを類推したりする問題などがあり、クイズを解くように楽しみながら取り組める内容となっている。これらのテストの結果を分析して子どもたち1人ひとりが「何につまずいているのか」を明らかにし、指導に役立てることを目的としている。

たつじんテストの例

たつじんテストの開発に至った背景には、昨今、学校が嫌いな子どもや学ぶことに苦手意識をもつ子どもが増えているという現実がある。本来、乳幼児期に子どもは毎日の生活や遊びの中で、生きるために必要なさまざまなことを楽しみながら学んでいる。それなのに、なぜ学校ではこのように自然に学ぶことができないのか。今井氏は次のように答えている。

「認知科学の研究では、知識は他人の頭に移植できないということが明らかにされています。先生から教わったり教科書で読んだりした情報は知識の断片にすぎません。その知識の断片を自分の知識の体系の中に関係づけ、組み込んで、自分の知識の体系を拡張したり、再編成したりする過程がないと、学びは成立しない。これがうまくできない時、子どもは『わからない』と思い、学ぶことに喜びを感じなくなってしまうと考えられます」

つまり、教え手に求められるのは、子どもが「何ができないか」ではなく「なぜこれがわからないか」を分析すること。「知識の伝達にとどまらず、子どものつまずきを理解し、支援することが教え手の役割ではないでしょうか」と今井氏は指摘する。

とはいえ、子どものつまずきがどこにあるのかを知ることは簡単ではない。算数の文章題を解けないといっても、その原因は複数ある上、子どもによって抱えている問題は異なるからだ。例えば「問題文が読解できない」ことに問題があるとわかったとしても、読解力にはさまざまな側面があり、「何が問題で読解力がないのか」をつきとめなければ、つまずきへの対処は難しい。このほかにも、「語彙がわからない」「自然数、小数、分数などの基本的な数の概念がない」「数の桁や演算の概念が理解できていない」等々、さまざまな原因がある。

これまでも全国学力・学習状況調査を筆頭に、子どもたちの理解度を測る試みは行われてきた。しかし、こうした入試タイプのテストでは、問題のできる・できないはわかっても、なぜできないのかという原因までは見えてこない。また、テストの得点から順位づけや階層わけをすることは可能でも、それぞれの子どものつまずきが、たくさんある原因のどれにあたるのかを判断することもできない。

それならば、子どものつまずきを把握して指導に生かせる新たなテストを作れないだろうか。そう考えた広島県教育委員会からの依頼によって、今井氏率いる開発プロジェクトは立ち上がり、たつじんテストは完成した。現在は学校や自治体単位での頒布を開始し、実際に現場で活用する段階に入っている。

「たつじんテストは『こうすればよい』という指導の正解を示すものではありません。直接子どもの顔を見ている先生方が指導について考える契機として、学校全体で取り組んでいただければと思います」

トーク1

すべての児童の“学ぶ喜び”の実現に向けて

〜“学びの基盤に関する調査”の開発から活用へ〜

広島県教育委員会事務局 義務教育指導課 課長 立田 晃 氏

次に、広島県教育委員会事務局の立田晃氏が「学びの基盤に関する調査(=たつじんテスト)」開発の経緯と、同調査を活用した実践事例を紹介した。

広島県が現在「学びの基盤に関する調査」と呼んでいる新たな学力調査の開発に着手したのは、2017年のこと。有識者の専門的な知見に基づく新たな学力調査によって、小学校低学年段階から学習のつまずきを把握し、それらの課題に応じた授業改善や個別指導に取り組むことで、学ぶ喜びを大切にしながら、学力に大きな課題のある児童生徒を減少させることができるのではないかーー。この仮説に基づき、毎年、指定校を変えながら、新たな学力調査の開発に向けた予備調査や、指導改善のための実践研究を進めてきた。2022年度には県内すべての学校で調査を活用できる態勢が整い、各校への案内を開始している。

では、学びの基盤に関する調査の活用からどのような実践が生まれているのだろうか。立田氏は広島県教育委員会ホームページで公開している冊子から、小学校2年生の実践をピックアップして教えてくれた。例えば、語彙が少なく、登場人物の行動や会話を読み誤ることがある子どもたちに対しては、「①丁寧な音読指導」「②物語のおおまかな内容を捉えさせる」「③登場人物の表情を絵で表現させる」という3つの手だてを講じている。①では言葉の意味を正確に理解させるため、意味が理解しにくい言葉を取り上げて別の言葉に言い換えたり、動作化したりする活動を実施。②ではペープサートを用いて本文の読み聞かせを行ったり、挿絵の並び替えをしたりして物語の内容理解を促し、③では登場人物の場面ごとの表情を絵に描かせ、心情の変化について考えさせている。これにより、本文中の表現を使って自分の感想を書いたり、本文の叙述を根拠に登場人物の変化を理解したりする姿が見られたという。

また、図形の特徴を捉えられない子どもたちには、学習前に形遊びの時間を設け、箱や空き缶などを観察したり触ったりしながら交流させ、形の特徴をざっくりつかませることからスタート。そのあと、立体図形の特徴の説明から実際の立体図形をイメージさせる形当てクイズを行い、最後に複数の立体を組み合わせた作品作りを実施した。自分が作りたい形を作るためには、どの立体を選んで組み合わせればよいのかを考えることを通して、立体図形の特徴に目を向けさせている。この実践は、つまずきのある子どものために準備した手だてだが、他の多くの子どもにも有効に働いたそうだ。

「広島県ではこのようにたつじんテストを活用し、目の前の子どもの姿から、よりベターな答えを探っています。全学年で取り組むことを希望する学校も多いですが、基本的に小学校2年生の4月に開始して同じ子どもの経過を見ていくことにより、個々に応じた指導法をみつけてほしいと考えています」

後編では、福山市の取組を紹介する。

参考

取材・文・画像:学びの場.com編集部

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