2021.10.18
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子どもは正しく間違える?
ー算数のつまずきからわかる子どもの理屈の認知科学ー(前編)
ABLE ONLINE #05リポート

ABLE(Agents for Bridging Learning research and Educational practice)は、慶應義塾大学今井むつみ研究室が主宰する、認知科学の視点から学習研究と教育実践をつなぐ国際コミュニティであり、2012年から定期的にイベントを開催している。今回は、ONLINE開催を始めて第5回目、2021年9月19日に行われた「子どもは正しく間違える? ー算数のつまずきからわかる子どもの理屈の認知科学ー」の模様をリポートする。認知科学者の今井むつみ氏が、数学者の谷口隆氏、言語学者の広瀬友紀氏をゲストに迎え、多くの子どもがつまずく算数の問題を紹介し、その背景にある子どもなりの考えや理由を解き明かした。前編では、今井むつみ氏と谷口隆氏の講演をリポートする。

プログラム

オープニング&イントロダクション
 ご挨拶:株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇 氏

『算数の問題を問いているときの子どもの頭の中』
 慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井 むつみ 氏

『誤る・楽しむ・考える』
 神戸大学 大学院理学研究科 数学専攻教授 谷口 隆 氏

『数字とことばの意外な関係』
 東京大学 総合文化研究科教授 広瀬 友紀 氏

パネルディスカッション
 *パネル*
 広島県福山市教育委員会 教育長 三好雅章 氏
 神戸大学 大学院理学研究科 数学専攻教授 谷口 隆 氏
 東京大学 総合文化研究科教授 広瀬 友紀  氏
 慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井 むつみ 氏
 *モデレーター*
 株式会社 岩波書店 編集局 自然科学書編集部編集長 濱門 麻美子 氏

クロージング

認知科学の視点で考える、子どもの算数の学び

(株)内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇 氏

冒頭、ABLEの活動を支援する株式会社内田洋行の代表取締役社長、大久保昇氏より挨拶が行われた。

大久保氏はこれまでのABLEの活動を振り返り、特に感銘を受けたものとして、2016年夏に「批判的思考と探究力を育む科学教育」と題して開催されたセミナーについて言及した。

「算数といえば、スイスから来日した教師教育の研究者の、たし算、かけ算と順番に系列的に教えた場合と、たし算、かけ算を最初から両方混ぜて教えた場合を比較した実験の話が印象に残っています。同時に学んだ場合の方が、系列的に学んだ場合よりも、初めは間違いが多いけれど、その間違いについて考え、たし算とかけ算を比較対照する中で理解が深まり、その後の定着度が高かったそうです。そのようなお話を、わくわくしながらうかがったことを覚えています」(大久保氏)

「算数は哲学であり、自然科学や人文科学の基礎ともなる重要な学問。今回はその算数をテーマに、認知科学の視点から子どもの学びを考えるということで、非常に楽しみにしております」と本セミナーへの期待を述べた。

算数の問題を問いているときの子どもの頭の中

慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井 むつみ 氏

最初に登壇したのは、ABLEの主宰であり、認知科学を専門とする今井むつみ氏。今井氏は「学習者の困難や誤りの原因を診断することが根本的な支援には欠かせない」として、多くの子どもの苦手教科である算数についての調査を、2020年から2021年にかけて広島県福山市で小学3〜5年生を対象に実施した。その調査結果から、子どもの算数の理解の仕方やつまずきが、どのような理屈で成り立っているのかが見えてきたという。

例えば、「14人の子どもが列に並んでいます。ことねさんの前に7人の子どもがいます。ことねさんの後ろには何人いますか?」という問題。正答率は、3年生28.37%、4年生53.44%、5年生72.34%と、驚くほど低かった。これにはいかなる理由があるのか。

「多く見られたのは、問題文で何を問われているのかがイメージできず、数字を思いつく演算に放り込んでしまうパターンです。例えば、ある子どもの解答は14×7=98。かけ算の計算自体はできているのですが、自分が知っている演算をどこで使ったらよいかがわかっていません」と今井氏は指摘する。

もう一つ目立ったのは、図を描くと合っているのに、式では14-7=7としてしまっているパターン。状況の理解はできていても、ことねさんを表す数字は文中にないので、式にことねさんを入れられず、結果として間違ってしまっている。このように問題文に書かれていない数字を自分で補うことも、子ども達の多くは苦手としていることが明らかになった。

よく、こうした文章題が解けないのは読解力の問題だと言われるが、今井氏は「読解力という言葉だけではアバウトすぎる」として、次のような分析を示した。

「そもそも子ども達は問題文に使われている言葉を理解していない可能性があります。特にまえ・あと、正午といった空間、時間の関係を表す言葉は、子どもにとって非常に難しいということがわかりました。同時に、行間を埋めて文章を考えるためのスキーマ(物事を理解するための枠組みとなる知識)も不足していると考えられます。また、演算についての概念スキーマも十分ではなく、たし算、ひき算、かけ算、わり算、それぞれの関係性を理解できていないので、問題解決に使える生きた知識になっていません」

さらに、数の概念についてはスキーマが足りないどころか、学びを阻害するような誤ったスキーマをもっている場合もあるという。例えば、0から1の数直線上で2/5がどこに位置するかを問う問題の正答率は5年生でも3割にとどまり、2/5を2.5や5.2と判断して解答する子どもが少なくなかった。また、1/2と1/3ではどちらが大きいか、1/2と0.7ではどちらが大きいか、という数の大小を問う問題の正答率は5年生でもそれぞれ5割ほどで、「分母の数字の大きい方が数として大きい」「小数は分数より小さい」という思い込みがあることもわかってきた。

これらの調査結果から、今井氏は「算数の問題解決能力を向上させるためには、教科内容を記憶し、ドリルを解くだけでは不十分。それ以上に、数や演算、文章の理解に関わるスキーマを獲得したり、 文章に使われる言葉の意味を理解したりすることが大事です」と指摘。加えて、物事を相対的に捉える力、 他者の視点で物事を見る力、パターンを見つけて類推によって拡張する力、情報操作能力などの認知能力も必要であるとした。

「ただし、スキーマは教えることはできません。子どもが順序に沿ってたし算、ひき算と学んでいくだけでは獲得が難しいので、種々の認知能力とともに、日常生活やいろいろな教科の学びの中で意識付けていくことが必要です。また、子どもが誤ったスキーマをもっている時には、教師は子ども自身がそれを修正できるように支援することが大事になると思います」(今井氏)

誤る・楽しむ・考える

次に登壇したのは、数学者の谷口隆氏。2児の父でもあり、わが子と算数を考えることを楽しむ中で得た発見を記した著書『子どもの算数、なんでそうなる?』(岩波書店)が好評を得ている。谷口氏は子どもの誤答の例をいくつか挙げ、その視点や理屈の立て方のおもしろさについて語った。

例えば、長女が5歳の時のこと。谷口氏は朝食用の丸いパンを半分に切り、その片方をさらに半分に切って、子どもに手渡す時に「何分の1?」とたずねてみた。するとその時、子どもが考え込んだ末に出した答えは1/3。半分の半分だからもちろん1/4と谷口氏は考えていたが、子どもの答えを聞いて手元のパンを見ると‥パンは確かに3つに切り分けられていて、そのうちの1つである。「3つのうちの1つ」という意味では、1/3は間違いというよりは正解だとも言える。よく考えて1/3にたどり着くのは、まさに「正しく間違える」例だ。

「なぜ1/4 が正しいかというと、切ってないもう一方の方も半分にすれば全部で4つになるからです。とはいえ、もう片方も半分にして等分にすることの必然性を子どもが理解するのは、その時点では難しいように思われ、説明はしませんでした。逆に1/3になるほどと思わされ、どういうことがあればこれが1/4であると思えるようになるのか、こちらが考え込んでしまいました」(⾕⼝⽒)

特段の妙案は思い浮かばなかった谷口氏だが、ほどなくして続きになるような話が生まれる。⻑⼥の⼤好きなメロンパンを半分に切り、その⽚⽅をもう半分に切って渡そうとしたところ、⼦どもは「こっちがいい」と⼤きな⽅をほしがったのだ。同じ3つに分けたうちの1つであっても、それだけでは表現しきれない差が半分のパンと、半分の半分のパンにはあり、それが⼦どもの重⼤な関⼼ごとになっている。そこで谷口氏は、子どもが感じた「違和感」を察知したら、それをもとにして語り合うことが理解への第一歩だと述べる。自身の著書では「各種の丸いパンや正方形の食パンをいろいろに切ると、意外に楽しく分数について考えることができるようだ」と子どもと楽しく対話する一つの例を挙げている。

このように、⾕⼝⽒は子どもが自分の感じ方を大事にして主体的に学んでいってほしいとの思いから、間違いを無理に訂正をすることはない。しかし、時には⼦どもが⾃分の間違いに気づけるよう、次のエピソードのように意識的に問いかけることもある。

神戸大学 大学院理学研究科 数学専攻教授 谷口 隆 氏

⻑⼥が九九がわかるようになってきた頃、買い物の際に「80円のパン3個で何円︖」とたずねると、「220円」という答えが返ってきた。「そうかな︖」と聞き返すと、⼦どもは「80×2は160、それに80をたすから240円か」と誤りに気づいた。

ゼロを除いて8×3=24と計算し、ゼロを戻して240とするのが⼀般的な解き⽅だが、当時、⼦どもはこの計算⽅法を知らなかったこともあり、80を3つたす解き⽅になっている。それはよいとしても、このぐらいの計算でつまずいているようでは、この先、難しい問題が解けなくなってくる。そこで、⾕⼝⽒は翌⽇もう⼀度同じ質問をし、昨⽇と同じ計算の仕⽅で240円と正しく答えられたあと、昨⽇はなぜ220円になったのかを問いかけた。すると、160に誤って60をたしてしまっていたことがわかったという。

「答えが合っているか間違っているかは、それほど重要ではないと思っているので、正否で⼀喜⼀憂することはありません。私たち⼤⼈も、算数に関わることであってもなくても、ひんぱんに間違いをしているからです。ただし、仕事などミスなく正確にやりたい時はあります。その時に間違えないためには、⾃分で誤りに気づけること、どこでどう誤ったかを突き⽌められることが大事だと思います。⼦ども達には⾃分が考えたことについて⾃分で考えられるようになってほしいと思います。そのためには、正否で判断するのではなく考えること自体に価値を認め、子どもが安心して間違えられるように接するのがよいのかなと考えています」(⾕⼝⽒)

後編では、広瀬友紀氏の講演と、パネルディスカッションをリポートする。

取材・文・画像:学びの場.com編集部

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