2015.01.13
  • twitter
  • facebook
  • google+
  • はてなブックマーク
  • 印刷

生涯をかけて学び、成長し続けるための「質の高い実践」とは ABLE2014 Autumnリポート

生涯をかけて学び、成長し続けるための「質の高い実践」とは

ABLE(Agents for Bridging Learning research and Educational practice)は、認知科学と教育実践をつなぎ、新たな知の創造を目指す国際的なコミュニティ。様々な領域の研究者を招き、参加者と共に考えるイベントを主催している。その第4回目となるイベントが、2014年11月29日、東京都中央区の内田洋行新川本社で開催された。今回のメインゲストは、特別な技能や知識を獲得するプロセスの研究で知られる、フロリダ州立大学のK・アンダース・エリクソン教授。人の学びの本質に迫る、白熱した講演とディスカッションの模様をお届けする。

オープニングトーク

ディスカッションを通じて新たなつながりを

株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇

初めに、本イベントにディスカッションの場を提供した株式会社内田洋行の代表取締役社長・大久保昇が登壇した。大久保自身、認知科学と実践とのつながりに深い関心を抱いており、本会の開催を参加者の一人として心待ちにしていたという。

大久保は「ユビキタス共創広場CANVASというこの場は、登壇者と参加者が気軽に語り合う本日のような催しのために作られたのだという気がしています。この場を通じて皆様に新たなつながりができれば、こんなに嬉しいことはありません。私は今年で60歳を迎えますが、本日の講演やディスカッションから学び、さらに熟達していきたい。ぜひ一緒に勉強し、お楽しみいただければと思います」と述べ、開会の言葉とした。

K・アンダース・エリクソン教授 講演

計画的訓練による熟達:チェスの達人、アスリート、ミュージシャンから学べること

一人ひとりが熟達者を目指し、探求トレーニングを見出してほしい

フロリダ州立大学K・アンダース・エリクソン教授の講演に先立ち、ABLEの主宰者である慶應義塾大学の今井むつみ教授から、本会の主旨とエリクソン教授の研究に関する解説が行われた。

慶應義塾大学 環境情報学部 今井むつみ 教授 ※エリクソン教授の通訳・解説も担当

まず、今井教授は「一般に、学びは知識を習得することだと思われているが、学びとは何か、知識とは何か、深く考えることなくわかった気になってしまうのは危険なことであり、知識観(Epistemology)についてじっくり考えることがABLEの通低したテーマである」と述べた。そして、これまでは「知識とは科学者や哲学者などによって確立された事実である」という知識観の下、そのような知識を取り入れ、蓄積していくことが学習であるとされてきたが、これからは「すでに持っている知識を再編成し、新たな知識を創造する」という知識観が求められ、この「知識の再編成と創造との循環が学習である」と提言した。

また、今井教授は、このように知識を創造し、生涯にわたって技能を向上させる「熟達」のプロセスを、エリクソン教授が様々な分野の達人である「熟達者」の研究から導き出し、「探求トレーニング」(Deliberate Practice)として提唱していることを紹介。この探求トレーニングについて学び、話し合い、考えることが本会のテーマだとし、「生涯にわたって熟達し続けていくために、皆さん一人ひとりがどのような探求トレーニングを実践すればよいのかを考えていただければ、大変嬉しく思います」と締めくくった。

卓越したパフォーマンスを実現する「メンタルリプリゼンテーション」とは

講師:フロリダ州立大学 心理学部 K・アンダース・エリクソン 教授

続いて、K・アンダース・エリクソン教授が登壇し、講演がスタートした。

いわゆる「天才」と呼ばれる人たちは、天賦の才能があったからこそ偉大な功績を残せたというのが定説となっている。しかし、エリクソン教授の研究では、熟達の域に達することができるか・できないかを決めるのは生得的・遺伝子的に備わった才能ではなく、「メンタルリプリゼンテーション」(心的表象)の有無なのだということが明らかにされている。

メンタルリプリゼンテーションとは、自分の理想とするパフォーマンスを具体的にイメージしたり、すでに起こったことをイメージとして再構築したりすることを指す。メンタルリプリゼンテーションを持っていれば、実際のパフォーマンスと理想のパフォーマンスとの相違点を客観的に分析したり、今置かれている状況を把握したり、次に何をすべきかを判断したりすることができる。

例えば、熟達したサッカー選手であれば、出場した試合で起こったある局面の映像を見ると、映像を途中で切ってもその局面を心の中で再構築して状況を把握し、そのあとどうなるかを予測することができる。また、卓越したチェスプレーヤーであれば、目隠しチェス(盤面を見ずに相手が口で読み上げる駒の動きを記憶しながら行う)で一度に30人のプレーヤーと対戦しても、全員の駒の配置をイメージとしてつかむことができるという。

こう聞くと、やはり持って生まれた能力がものを言うのでは、と考えたくなるが、エリクソン教授は次のように述べ、その疑問を否定した。

「目隠しチェスで素晴らしい戦績を挙げたチェスプレーヤーに実際には起こりえない意味のない駒の配置を見せたら、まったく記憶できなかった。つまり、熟達者はメンタルリプリゼンテーションに合致する、必要な情報だけを取捨選択して記憶しているということになる。これは、熟達者が特定の分野における判断スピードや正確さに秀でていることにもつながり、メンタルリプリゼンテーションの重要性を示している」。

「探求トレーニング」による熟達化のプロセス

では、メンタルリプリゼンテーションを獲得し、熟達し続けるためにはどうすればいいのか。エリクソン教授は「探求トレーニング」がその重要な鍵であるとし、チェスを例にとって解説を進めていった。

エリクソン教授の共同研究者がチェスプレーヤーに調査を行い、三つの訓練方法と実際のチェスの上達との相関関係を調べたところ、「チェストーナメントへの参加」とランキングの向上には相関が見られず、「トーナメント以外でチェスをする」時間が長い人ほどランキングは低くなり、ランキングが高い人は「チェス盤の配置の分析を一人で行う」時間を長く取っていることがわかった。

この調査結果は、練習に費やす時間はパフォーマンスの向上に関係するものの、ただやみくもに時間をかけるのではなく、どのように時間を使うかが重要であることを示している。熟達するには、自分のミスを分析して改善のための反復練習をしたり、難度を上げながら練習したりする質の高い実践が必要だが、仕事やプレーの最中にそのような機会は持てないため、時間を設けて集中的に行う必要がある。エリクソン教授はこれを「探求トレーニング」と呼び、「メンタルリプリゼンテーションの獲得や向上にも非常に重要である」としている。

一流の熟達者たちは、ほぼ例外なく探求トレーニングを行っており、それによって新しい技能を身につけ、それをこれまでの技能と結びつけてレベルアップを続けている。彼らはできることを繰り返すのではなく、常に自分の能力の限界を超えるために挑戦し、熟達を続けているからこそ、素晴らしいパフォーマンスを見せることができるのである。

ABLE2014 Autumn の公式サイトに詳しく紹介されているが、探求トレーニングには「直後のフィードバック」と「具体的な小ゴールの設定」という二つの要素がある。練習や実践をするごとに他者(コーチや教師)、映像、写真、録音などを活用して自分のレベルを知る「直後のフィードバック」と、自分のスキルを向上させたり、改善したりするための目標を設ける「具体的な小ゴールの設定」により、向上点や改善点を明確にできるのだという。エリクソン教授は、「探求トレーニングによって技能を効果的に向上させ、熟達に要する時間を大幅に縮めることができる。そのためにはコーチの役割も非常に大きい」と述べている。

ディスカッション

これからの時代に求められる教師の役割とは

日本学術振興会理事長・中央教育審議会会長 安西祐一郎 氏

次いで、学術研究と教育の分野で日本をリードする日本学術振興会理事長・中央教育審議会会長の安西祐一郎氏と、K・アンダース・エリクソン教授によるディスカッションが行われた(通訳・解説:慶應義塾大学 環境情報学部 今井むつみ 教授)。安西氏とエリクソン教授は、カーネギーメロン大学で、認知科学の草分けでノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモン教授の下、ポストドクトラルフェローとして共に研鑽を積み、議論を交わした学友である。

エリクソン教授は講演で探求トレーニングにおけるコーチの重要性を語ったが、サイモン教授はまさにコーチのモデルとなるような存在だったという。サイモン教授は研究者と意見が一致しないとき、それは間違いだと切り捨てたり、正解を言ったりするのではなく、徹底的に考えさせ、論理的に自分を説得できるような意見を持ってこさせるという指導の仕方をしていた。「一流の音楽家を育てる教師も同じような指導をしますが、学習者一人ひとりに自分で答えを見つける方法を考えさせ、それを習慣化させるようサポートするのが優れたコーチなのではないでしょうか」(エリクソン教授)。

これを受け、安西氏は「日本に限らず、教育の現場では教師が複数の生徒に教えるケースが多く、教師が一つのメンタルモデルで生徒全員と向き合ってしまいがち。生徒一人ひとりのメンタルモデルに向き合って問題点を指摘し、的確なフィードバックを行うためには、教師のトレーニングも必要になる」と指摘。また、日本の教師は教えたがる傾向にあり、生徒からの質問が極端に少ないことも問題であるとし、「これからは個々の学習者が自分の目標を持ち、教師の支援の下で伸びていくような、まさに探求トレーニングを地で行く学習環境を作っていく必要がある」と述べた。

エリクソン教授も安西氏の意見に同意し、「熟達者になるためにはゴールをイメージすることが重要で、小さい頃から自分はこうなりたいというメンタルリプリゼンテーションを作っていかなくてはいけない。しかし、子どもたちはそのいずれも持たない状態で一般的な教育を受けている。生徒一人ひとりに向き合い、その子にとって何が大事かということを考えている先生はあまりいないように見受けられる」と、アメリカの教育における問題点を指摘。改善策の一つとして、「テストの点数を上げた教師が優れているという価値観を変えていかなければいけない」と語った。

最後に、安西氏は「現在、日本の教育は、児童、生徒、学生一人ひとりが自分の目標に向かい、自分の能力を活かして熟達していけるような方向へと動き始めている。皆さんもこれからの時代に求められる教師の役割について、ぜひ考えてみてください」と呼びかけた。

参加者ディスカッション

「熟達」を自分のこととして考え、話し合う

東京コミュニティスクール 探究プロデューサー 市川 力 氏

参加者ディスカッションは、東京コミュニティスクール探究プロデューサーで、ABLEのもう一人の主宰者でもある市川力氏の司会のもと、賑やかに行われた。

最初に行われた議論は「天才」の捉え方に関するもので、「ビジネスや一般教養の領域では、皆が天才になる必要はないのでは?」「今日の講義やディスカッションは『どんな分野の人も熟達者になりうる』という前提の元に行われているのであって、天才という言葉にこだわる必要はないと思う」など、活発に意見が交わされた。

また、「メンタルリプレゼンテーションを作りやすい人や状況はあるのか」「メンタルリプレゼンテーションとは言葉なのか、イメージなのか、それとも体感覚なのか」「メンタルリプレゼンテーションは欲求や志、ビジョンとどのような関連があるのか」「メンタルリプレゼンテーションは個性に基づくものなのか、何かを熟達する上で一般的なメカニズムなのか」など、メンタルリプレゼンテーションに関する意見も数多く飛び出し、関心の高さが伺えた。

このほか、「日本の教育現場では学び手の質問が極端に少ないが、それに対してコーチはどのような役割を果たすべきなのか」「よい環境の中で熟達していく子どももいれば、そうでない子どももいる。熟達化と環境の関係とは?」など、コーチの役割や熟達者を育てる環境についての疑問も寄せられ、会場は大いに盛り上がった。

パネルディスカッション

漠然とした目標ではなく、より具体的なイメージを

沖縄科学技術大学院大学 神経計算ユニット 銅谷賢治 教授

最後に行われたパネルディスカッションには、脳科学のアプローチで脳内シミュレーションの解明に迫る沖縄科学技術大学院大学の銅谷賢治教授と、スポーツ心理学を専門とする慶應義塾大学の加藤貴昭准教授も参加。お二方とも以前からメンタルリプレゼンテーションと探求トレーニングに大きな興味を抱いておられたということで、討論は白熱したものとなった。

まず議論されたのは、目標とメンタルリプレゼンテーションの捉え方について。今井むつみ教授は「エリクソン教授の言うメンタルリプレゼンテーションは、『この人のようになりたい』という漠然とした目標ではなく、『この人のこのパフォーマンスを実現したい』という具体的なイメージを持つことではないか」と主張。一方、安西祐一郎氏は「『このような人になりたい』というのは願望であり、『このようなパフォーマンスがしたい』という目標を実現するために必要な情報を把握できることがメンタルリプレゼンテーション」であると述べた。また、銅谷教授は、ネズミを使った実験で仮想の目標をメンタルリプレゼンテーションと捉え、「ネズミがT字路で迷っているときはメンタルリプレゼンテーションが揺れている状態にある」とする見地もあると紹介した。

慶應義塾大学 環境情報学部 加藤貴昭 准教授

この一連の議論に対し、エリクソン教授は「『この人のようになりたい』と漠然と思うよりも、具体的にどのようなパフォーマンスがしたいのか、そのために何をすべきかを具体的に思い描くことが大切」とコメント。加藤准教授は「レベルの高いアスリートほど、1年後、10年後の具体的な目標をすぐに書き出すことができる」というスポーツ心理学における事例を紹介した。

また、加藤准教授は、探求トレーニングの特徴として「自分の限界を超えるようなきつい練習を行うこと」を挙げ、その練習に耐えることが熟達には重要なのか、と疑問を投げかけた。これに対し、エリクソン教授は「子どもの場合、自分の身体的な能力や集中力の限界を超えるほど長時間トレーニングを続けることは逆効果。限界まで自分を追い込みながらも、やりすぎにはならないよう、小さな頃からセルフコントロールすることが重要になる」と回答。また、「『何位になりたい』といった目標は子どもの不安を煽るのでよくない。コーチや親は子どもの不安を取り除き、セルフコントロールを身につけられるようにサポートすることが重要」だとした。

クロージングトーク

今日を探求トレーニングの出発点に

「熟達の話には終わりがなく、むしろ今日が出発点だと思います。エリクソン教授のお話を思い返していただき、個人的に意見や質問がある方はぜひメンバーに声をかけていただきたい」

閉会にあたって登壇した安西祐一郎氏がこう呼びかけ、29日のABLE2014 Autumnは大盛況のうちに終了した。

なお、翌30日は、慶応義塾大学三田キャンパスにおいて、「ABLEトークセッション」が開催された。こちらのセッションでは、プロ将棋棋士の羽生善治氏、プロチェスプレーヤーで日本でランキング一位の小島慎也氏をゲストに迎え、将棋やチェスなどで超一流になるための「探究トレーニング」に関する講演やパネルディスカッションが行われた。

両日のプログラムは、ABLE公式サイトで動画閲覧が可能となっているので、是非、ご覧いただきたい。

参考資料

取材・文:吉田教子/写真:吉田秀道

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

pagetop