2020.12.21
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初等中等・高等教育の社会との新たな連携の形~学校の壁を超える実践学講座~ 「New Education Expo 2020 ONLINE」リポート vol.5

全国の自治体や先生方と協調学習の授業づくりを進めるCoREFユニットを基盤として、より質の高い小中高大社会の連携の在り方を明らかにする研究組織「東京大学高大接続研究開発センター高大接続連携部門CoREFユニット(東京大学CoREF)」。今回は、当組織によるオンラインセミナー「初等中等・高等教育の社会との新たな連携の形~学校の壁を超える実践学講座~」をリポートする。

小中高大社の接続までを視野に入れたうえで、子どもたちに実現してほしい学びの姿とはどんな姿なのか。またそれを支えていく実践・評価・連携とはどんなものであればよいのか。東京大学高大接続研究開発センターが2013年より実施してきた「知の共創 実践学講座」をひとつの実例とした現時点での研究成果が提示された。

登壇者プロフィール

白水始 氏(国立教育政策研究所総括研究官/東京大学高大接続研究開発センター客員教授)
齊藤萌木 氏(東京大学高大接続研究開発センター特任助教)
飯窪真也 氏(東京大学高大接続研究開発センター特任助教)
堀公彦 氏(東京大学高大接続研究開発センター学術支援専門職員)
平野智紀(内田洋行教育総合研究所)

「知の共創 実践学講座」を実施した背景

東京大学高大接続研究開発センター客員教授の白水始氏

当セミナーではまず、東京大学高大接続研究開発センター客員教授の白水始氏が「知の共創 実践学講座」を実施するに至った背景や、当講座の全体的なコンセプトについて講義した。

図1

小中高大社の接続について考えた時、小中高と大学・社会には図1のようなギャップがある。このギャップを解消する手段として、これまでは入試を変える必要があると考えられていた。しかし、科学者をはじめとする大人の思考プロセスを改めて見直してみると、「問題を見つけ、わからないことを探す」といった単純なものでない側面も見えてくる。

科学者の思考プロセスを例に考えてみよう。科学者はまず人類の知の集積である先行研究を読み、全貌をつかむ。そこから「理論と実験結果が矛盾しているのでは?」といった次のわからないことを発見し、それを他の人と協力して解いていくという思考プロセスを繰り返している。「このように、既知と未知の間を往還しながら段々と人は知をつくっていくものなのではないかと考えると、学習指導要領の3本柱が少し違ってみえてくるのでは」と白水氏。

図2

学習指導要領の3本柱を「大学・社会で生きる学ぶ力」を育成するための目標として捉えたのが図2だ。この3本柱の育成を目標とするなら、大学生や社会人になってからではなく、小さい時から「知の共創」が実践できるような教育を施していくべきなのではないか。そのような背景から「知の共創 実践学講座」が実践されることとなった。

「知の共創 実践学講座」のコンセプト

「知の共創 実践学講座」は、主に「実践」「評価」「連携」を三つの軸としてデザインされている。「実践」とは、「子どもたちにこの学びができる」という仮説を立てたうえで、「知の共創」を体験できるような授業をデザイン・実践すること。「評価」とは、仮説を検証し、次の授業デザインへと活かす授業研究のこと。さらには、小中高大社の壁を超えた「連携」体制を整えていくことが、当講座の三つの軸となる。


東京大学高大接続研究開発センターはこれまで10本ほどの「知の共創 実践学講座」を実践してきた。ここからは、当講座の一環として2017年より実施されている「物理を学ぶ、物理を作る」シリーズを実例として、三つの軸がどのように具体化されてきたのかを紹介していきたい。

「知の共創 実践学講座」の三つの軸:①実践

東京大学高大接続研究開発センター特任助教の齊藤萌木氏

次に、東京大学高大接続研究開発センター特任助教の齊藤萌木氏が「実践」を具体化するポイントについて語った。


「知の共創 実践学講座」は、「知識構成型ジグソー法」による演習と、専門家によるレクチャーを組み合わせた授業デザインを基本としている(「知識構成型ジグソー法」について→「アクティブ・ラーニング×ICT環境」でより深い学びを目指す(前編)」)。最初に「知識構成型ジグソー法」による演習を行うことで、子どもたちは自分の考えを友だちや先生、研究者や教科書との対話で深めながら、自分なりに仮説を立てたり、わからないことを発見したりするという過程を経る。子どもたちの学習意欲を高めたうえで科学者の講義につなげるというのが、「知の共創 実践学講座」の「実践」のデザインにおけるポイントとなる。

東京大学高大接続研究開発センター学術支援専門職員の堀公彦氏

続いて、東京大学高大接続研究開発センター学術支援専門職員として「知の共創 実践学講座」で授業を行っている堀公彦氏が登壇。堀氏は、2020年8月に実施された「物理を学ぶ、物理を作る〜高校物理から宇宙研究の最先端へ〜」を事例に、実施校の様子などを交えながら、当講座がどのような形で「実践」されたのか、その成果を発表した。

2020年8月実施「物理を学ぶ、物理を作る〜高校物理から宇宙研究の最先端へ〜」

〈参加者〉

CoREFと連携する公立高校3校+ジュニアドクター育成塾(国立研究開発法人科学技術振興機構主催)受講生の中学生 計108名


〈場所〉

各学校等の会場(オンラインで接続)


〈プログラム〉

1日目:「知識構成型ジグソー法」を使ったワークショップで、宇宙の矛盾を説明する仮説を自分たちでつくってみるプロセスを体験 ※院生とのフォローアップ質疑(遠隔)で理解を補足


2日目:東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構初代機構長 村山斉先生によるオンライン講義(ダークマター仮説や、宇宙の最新研究などについて)、各会場をつないで質疑応答

「知識構成型ジグソー法」による学習に取り組む中で、多くの子どもたちは自力で自身が納得のいく論理的な仮説を作ることができていた。中には「見えないけれど、強い力を持つ何かが銀河系の中にある」という仮説にたどり着いたグループもあった。この仮説こそ、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の村山先生たちが研究している「ダークマター仮説」である。また、2日目の質疑応答では、子どもたちの間から「ダークマター仮説」についてのレベルの高い質問が出された。これには村山先生も、「高校生でも仮説を作ることができて、しかもその仮説を作り変えていけるんだ」と感心していたという。

「知の共創 実践学講座」の三つの軸:②評価

図3

「知の共創 実践学講座」では、同講座を学びの質を支える知見を得るための授業研究の場としても活用し、次の学びのデザインのヒントを得るための学びの見とりを「評価」と位置づけている。図3は、目指す授業研究をPDCAサイクルで表現したものだ。まず、子どもたちにつけてもらいたい力を想定し、それを実現できるような教材や授業をデザインする(Plan)。次に授業を行い(Do)、今日の授業のデザインがどう機能していたのか、また子どもたちはどんな力を伸ばすことができたのかを評価する(Check)。さらに、今日の学びを次の学びに活かすには、どのような点を改善すればいいのかを検討し、次の学びを支える知見につなげていく(Action)。同講座では、学びの質を支えるような授業研究を継続して行うため、このサイクルを回していくことを重視しているという。

期待する学習プロセスを想定する

図4

質の高い授業研究を行うには、授業の中で子どもがどのような学びを得たのかを把握する必要があり、そのためには期待する学習プロセスを事前に細かく想定しておくことが大事だという。図4は、「物理を学ぶ、物理を作る」シリーズの実践学講座を行う際に作った表だ。何ができたら「育てたい能力・資質」が身についたといえるのかという「基準」とともに、その基準が実現されているのかを確認する指標が具体的な発言やアクションのレベルで設定されている。

齊藤氏は、「狙いや実現したい学びの具体的なイメージを明確にしたうえで、子どもの学びの事実を見とることができたら、『子どもたちはこのように学ぶはずだ』という前提のほうを見直すことができるでしょう。そのことにより、よりよい高大接続のあり方、日々の教育実践についても、新たなアイディアが見えてくるのではないか」と語った。

ICTで多面的に学習成果を可視化する

子どもたちの学びを評価するには、「子どもたちが何をどう学んだのか」を見とり、子どもたちの頭の中を可視化する必要がある。この過程で役立つのがICTだ。たとえば、子どもたち1人1人にマイクをつけてもらったうえで「対話の見とり」を支援するシステムを活用すると、話していることがそのままテキスト化される。その点については、「評価における次のチャレンジとして、ICTの活用をさらに強化していきたい」と今後の課題として挙げた。

「知の共創 実践学講座」の三つの軸:③連携

東京大学高大接続研究開発センター特任助教の飯窪真也氏

続いて、白水氏と飯窪真也氏(東京大学高大接続研究開発センター特任助教)が「連携」を具体化するポイントについて語った。

小中高大社という学校の壁を超えていくにはどうすればいいのか。白水氏は「今日の学びを明日の学びへとつなげていく」意識を持つことが、連携のひとつの大きな軸だと話す。1回の授業を行った時、多くの場合は「子どもたちが今日のゴールに到達したのか」を意識してしまいがちである。この時間感覚は、一単元、あるいは1年、3年、6年と広がっていく。しかし、たとえ1回の授業で学びきれなかったとしても、今日の学びが明日新しいことを学ぶ準備になっている側面があるはずだ。そうであれば、学びにおける一つひとつの時間感覚をもう少し長くしていくことが必要だと考えられる。

今日学びきれなかったことも、この先に学ぶことができる。その信頼感を持って日々の「実践」を行っていくには、子どもの潜在能力を頼りにする必要があるだろう。2020年8月に実施された「物理を学ぶ、物理を作る〜高校物理から宇宙研究の最先端へ〜」によって、子どもたちの高い潜在能力や、次の学びを自ら作りだしていく力があることはすでに証明されている。白水氏は、「子どもたちの潜在能力の高さを目の当たりにして、偏差値に関わらず、どの高校でも同じことができるし、もしかしたら中学校、小学校でも学べるかも知れないという可能性を感じた」とコメントした。

現場の先生方を支える連携体制

図5

「知の共創 実践学講座」を1回のイベントで終わらせないため、東京大学CoREFは自治体や産業界と連携し、学校現場の先生方の授業づくりを支えるシステムづくりを進めてきた。現在のところ、18都道府県、28の自治体と連携し、1200名を超える小中高の先生方が「知識構成型ジグソー法」による授業を実践してきた。教室でこの授業を受けた子どもの数は年間のべ10万名を超える。こうした、日常の授業改善を支えるシステムを基盤に「実践学講座」が展開されている。

東京大学CoREFは今後もネットワークを広げながら、より多くの先生方が新しい学びを持続的に実現し続ける支援を行っていく予定だという。飯窪氏は、「現場の先生方が実践学講座のパッケージをそのまま使うというより、目の前の子どもたちの実態に即した形にカスタマイズし、対話を通じて学びを深めるような授業をデザインすることをネットワークで支援したい」と語った。

ICTで多面的に学習成果を可視化する

内田洋行教育総合研究所の平野智紀

最後に、内田洋行教育総合研究所の平野智紀が登壇し、同社が開発した未来の学習空間「Future Class Room」をさらに活用することで実現できる学びの可能性について発表した。

「Future Class Roomの中で授業を行うことで、評価のためのデータが自然と溜まっていき、授業研究のための授業をあえて行う必要がない、という姿を目指したい。さらに得られた実践データを他の地域につないでいけば、東京の教室で行われた学びを別の地域でも検討することができるようになる」と平野氏。また「今後は実空間だけにこだわらず、学びの可視化をツールや空間が支えるような仕組みを提案していきたい」と語った。今後、ますます縦断的な学びが可能となるICT環境が整備されていくことを期待したい。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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