2017.06.28
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22nd New Education Expo in 東京 現地ルポ(vol.1) AI時代に求められる能力とは?

22nd New Education Expo in 東京 現地ルポ(vol.1)

「New Education Expo 2017 in 東京」が6月1日~3日の3日間、東京・有明の東京ファッションタウンビルで開催された。教育界で進められてきた大改革は、いよいよ実施の段階を迎えようとしている。今年3月に新学習指導要領が告示され、高大接続改革についても6月中に最終的な実施方針が策定される見通しだ。そんな教育を取り巻く「今」を伝えるべく、会場では小中高大の教職員・教育関係者による70のセミナーと約140社の企業展示が行われた。その熱気あふれる様子を6回に渡ってリポートする。

第1回目にお届けするのは、「これからのAI(人工知能)時代を生きる子ども達に求められる能力」についてのセミナー。語るのは、AI研究プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」を率いる国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授の新井紀子氏だ。今後10~20年ほどでホワイトカラーの職種を含む仕事の半数近くがAIやロボットなどで代替可能になると予測される中、子ども達が本当に身につけるべき能力とは何なのか。同プロジェクトを通して見えてきた現在の教育の課題と、その改善に向けた取り組みについて、新井氏が明らかにした。

AI研究から見えてきた、子ども達の現状と課題

AIと共存する時代に求められる能力
~東ロボ・リーディングスキルから見えてきたこと~

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授……新井 紀子 氏

AIに「できること」と「できないこと」を見極める

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授  新井紀子 氏

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授 新井紀子 氏

「日本の中高生の多くは教科書に書かれた文章を正しく読み解けていない」「子ども達の読解力を向上させることが教育の最重要課題である」――新井紀子氏 が「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(以下、東ロボプロジェクト)のAI研究を通して明らかにした子ども達の現状と課題は、会場に集まった教育関係者にとって実に衝撃的なものだった。この結論に至った経緯を、新井氏は順を追って解説していった。

東ロボプロジェクトがスタートしたのは2011年。2016年度までに大学入試センター試験(以下、センター試験)で高得点を獲得し、2021年度には東京大学(以下、東大)入試を突破するという目標を掲げ、AI の“東ロボくん”は2013年から毎年、センター試験模試に挑戦してきた。そして、2016年のセンター試験模試「進研模試」(ベネッセ)では、5教科8科目の総計で偏差値57.1をマークした。これは全国の国公立・私立756大学2,329学部6,405学科のうち、535大学1,373学部3,046学科で合格可能性 80%以上と判定されるレベル。これらの中には「MARCH」「関関同立」と総称される難関私立大学も含まれている。

目標を順調にクリアしているかに思われたが、プロジェクトはここで「東大合格を目指すのはいったん諦める」との決断を下す。実は東ロボくんの偏差値は前年から横ばいで、苦手分野も克服できていなかった。そのため、東大合格の目安となる偏差値70以上の水準まで成績を上げることは、現在の技術では難しいと判断したのだ。

IBMの質問応答システム「Watson」がクイズの世界チャンピオンになり、Googleの囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」が世界トップ棋士に勝利する……AIの目覚ましい進化に脅威を覚えつつも、その無限とも思える可能性に人々は夢を抱きがちだ。現に東ロボプロジェクトの発足後、新井氏が講演で「AIは東大に入れるくらい賢くなると思いますか?」と問いかけると、約8割の人が「YES」と答えたという。しかし、近未来AIには東大合格の壁を越えられず、新井氏はAIが人間の知能を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)は来ない」と断言する。ただし、これはプロジェクトの失敗を意味するものではない。

「誤解されがちですが、東ロボくんを東大に合格させることそのものがプロジェクトの目的ではありません。大学入試問題を指標に東ロボくんと人間の知的能力を比較することで、AIに『できること』と『できないこと』を探り、AIによる労働代替の限界と可能性を明確にしようと考えたのです」(新井氏)。

東ロボくんの弱点に見る、AIの課題

では、AIに「できること」と「できないこと」とは何なのか。

AIは課題を解決する際、「普遍的な前提・ルールから結論を導き出す論理的なアプローチ」と、「不規則・不確定な複数のデータから規則性・ルールを推定し、結論を見出す統計的・確率的なアプローチ」を用いている。後者は、AIが自動的に大量のデータを解析し、その結果から傾向を学習して判断や予測をする「深層学習(ディープラーニング)」の登場によって非常に容易になった。これにより、AIは論理的なアプローチでは解決が難しかった不確定で複雑な現実社会の事象にも対処できるようになったのである。

似たような色と質感の犬と唐揚げの画像。我々人間ではパっと見、区別がつかないが「現在のAIなら可能。AIの画像認識の精度は、場合によっては人間より高くなりつつある」と新井氏

似たような色と質感の犬と唐揚げの画像。我々人間ではパっと見、区別がつかないが「現在のAIなら可能。AIの画像認識の精度は、場合によっては人間より高くなりつつある」と新井氏

それがよくわかる例として、新井氏は画像認識を挙げた。犬と猫の画像を見分けるにしても、AIが判別に必要とする情報のすべてを論理的なアプローチでカバーするには無理があった。耳の形や毛の色などは共通点が多くて判別が難しく、逆に違いが見られる瞳孔で判断しようとしても、写っている犬や猫が目を閉じていればお手上げだ。ところが、深層学習によってAIは大量の犬と猫の写真から自動的にそれぞれの特徴を抽出し、その分布によって両者を見分けられるようになった。画像認識の精度は飛躍的に向上し、がんなどの病気の診断に導入されようとしている。また、音声認識にも深層学習が用いられ、人間より高い精度で判別が可能になりつつある。

こうなると、次には人間が使う自然言語も扱えるようになるのではないか、と考えたくなるが、それを阻む弱点が今のAIにはあるという。

「AIはキーワード検索によって『もっともらしい解答候補』を見つけることはできても、意味を理解しているわけではなく、過去にデータのないものには対応できません。これはアップルの音声アシスタント『Siri』やソフトバンクのロボット『Pepper』など、すべてのAIに言えること。人間が使う言葉を正しく処理させるには、従来とは異なるアプローチが必要になるため、当面の間、実現は困難だと思います」(新井氏)

このことを裏付けるのが、東ロボくんのセンター試験模試における苦手分野だ。東ロボくんは状況や文脈の理解が求められる英語や国語を苦手としており、論理を扱う数学や知識量がものを言う世界史といった得意科目でも文章題には苦戦する傾向があるという。

例えば、東ロボくんはセンター試験模試で次のような英語の語句整序問題につまずいた。「暑いのにメアリーの家まで歩いて行ったの?」「そうなんだ。着いた時にはすごく喉が渇いていた。だから______飲みたい」というやりとりの空欄に当てはまる文を、「cold」「to」などの6つの英単語を並び替えて解答するというものだ。東ロボくんは6つの語句の並び替えを全パターン検索し、2つの文に行き当たった。一つは「冷たいものが飲みたい」、もう一つは「寒いので何か飲みたい」。どちらも文法的には正しいが、問題文の設定から考えれば正解は前者。しかし、東ロボくんは後者を選んだ。

「人間なら迷うことなく『冷たいものが飲みたい』という文を選びますが、東ロボくんにはわかりません。このような人間にとって当たり前のことを私たちはあえて文字にして残さないため、AIが参照できるデータもまた、存在しないのです」(新井氏)。

何が足りない? AIに凌駕される子ども達

「これではAIは人工知能ではなく、人工無能ではないか――そう思われるかもしれません。しかし、問題文の意味を理解していない東ロボくんが、なぜセンター試験模試で多くの高校生を凌駕できたのか。問題はそこにあるのです」(新井氏)

「日本の中高生はAIと同じくらい、あるいは、それ以上に教科書や問題文が読めていないのではないか」との懸念を抱いた新井氏は、教科書をベースに1,000問以上の問題を作成。2016年に全国2万人の中高生を対象とした読解力調査を実施した。そこで出題された問いは以下のようなものである。

以下の文を読みなさい。

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandraの愛称は(       )である。

(1)Alex  (2)Alexander  (3)男性  (4)女性

出典:開隆堂出版(株) 中学校英語科教科書『Sunshine3』

問題文の中に答えが書いてあるので、きちんと読めば「(1)Alex」が正解であることは明らかだ。しかし、中学生の62%、高校生の35%が、この係り受けを理解できず、誤った解答をしたという。

以下の文を読みなさい。

幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。

上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。

1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

同じである  異なる

出典:東京書籍(株) 中学校社会科教科書『新しい社会 歴史』109p

能動態と受動態における文の構造を理解できていないと、意味の「異なる」文章であることが認識できない。この問題では、中学生の42%、高校生の27%が答えを誤った。

調査で用いる問題はすべて選択式であるため、サイコロを振って答えを選ぶランダムな解答であっても正解する可能性がある。係り受けなど表層的な手がかりからAIが解答可能な問題において、ランダム解答よりも正答率が高いとは言えない子どもは、中学校で2.5割ほど、進学率100%の高校でも1割ほど存在する。意味が理解できなければ答えられない問題になるとAIは苦戦するが、ランダム解答レベルの子どもの割合もまた増えていき、問題によっては中学校で5割以上、高校でも4割以上にも達するという。

「読解力」が子どもの将来を左右する

AIが計算や暗記などの得意分野で社会に浸透していくのであれば、人間は本来、得意分野であるはずの読解力を持って立ち向かうしかない。読解力調査の厳しい結果を受け、新井氏は「このまま子ども達が文章を正しく読み解けない状況を放置しておけば、近い将来、少子高齢化による労働力不足とAIの台頭による失業が同時に起こるのではないか」と危機感を募らせる。

「教科書が読めないということは、参考書も問題集も読めないということ。これでは一人で予習や復習ができず、学習力も学力も身につきません。進学できる大学の選択肢は限られ、社会に出てもAIに職を奪われてしまうでしょう。教科書が読めるか否かは、子どもの将来を左右する非常に大きなファクター。読解力がなければ、英語教育やプログラミング教育、反転学習などの効果も十分には得られないはずです。義務教育である中学校を卒業するまでに子ども達全員が教科書を読めるようにすること。それが教育の最重要課題だと思います」(新井氏)

そこで国立情報学研究所は、日本語を読む力を科学的に診断する「リーディングスキルテスト」(RST)を開発した。対象は中高生で、読解力調査と同じように教科書や新聞から抜き出した問題文を読み、意味を正しく理解できているかを問うものだ。受検者や学校は結果を見て不足しているスキルを把握し、読解力を高めるための学習や指導に活用することができる。今春には2019年度から導入が予定されている高等学校基礎学力テスト(仮称)のパイロット版でRSTが施行されたという。

AIの発達に伴い、人間に求められる能力や仕事の在り方は、大きく変化している。新井氏は「RSTを通して子ども達が読解力を養い、自ら自分の能力を伸ばしていけるような基盤作りを後押ししていきたい」と抱負を述べ、セミナーを締めくくった。

取材・文:吉田 教子/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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