『兄を持ち運べるサイズに』 『浅田家!』の中野量太が描く傑作家族ドラマが誕生!!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、疎遠になっていた兄の急死をきっかけにもう一度、家族を想いなおす、『兄を持ち運べるサイズに』ご紹介します。
私たちは家族のことを本当に理解しているのか!?

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
私たちは自分の家族のことを「知っている」と確信している。両親の短所・長所、兄弟のクセや考え方、弱点など、心得ていると思っている。けれどもそれは本当だろうか。すべてを私たちは知っていると言えるのだろうか。
『兄を持ち運べるサイズに』を観ていると、そんなことが自然と疑問視されていく。主人公は柴咲コウ演じる理子。ある日、彼女のもとにしばらく連絡を取っていなかった兄(オダギリジョー)が亡くなったという知らせが届く。兄は昔からいい加減で自由奔放で、しょうもない嘘つきで、また金の無心をしてくる、理子にとっては目の上のタンコブのような存在だった。だが、離婚して息子とふたりで暮らしていた兄を引き取れるのは、唯一の肉親である理子しかいない。兄が残した家の片付けなどをするのも理子しかいない。そこで、彼女は兄を火葬し、さらに残された家の片付けも行うことになっていく。その4日間の出来事がつづられていく。
柴咲コウらが臨場感たっぷりに主人公を熱演

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
その途中で兄の元嫁(満島ひかり)や娘、息子らと再会したりもするが、そこで理子は意外な兄の真実を知っていくことになる。
例えば金の無心をしてくる時の理由。なんやかんやで理由を言ってくるのだが、絶対にその理由はごまかすための適当だろうと思っていたら違っていたり。兄には兄なりの正義感や実はこんなことを考えていたのだ…… という意外な真実が見えてくる。
それと同時に理子も忘れかけていた子どもの頃の思い出がよみがえってくる。子どもの頃から自分にとっては迷惑極まりない存在ではあったけれど、時には自分のことをかばってくれたこともあったのだ。兄の愛をちゃんと理解し、感じていた時は存在した。
そういった一つひとつの発見が、理子の心の中を少しずつだが変えていく。兄に対する想いの複雑さが、どんどん後悔のほうへと傾いていく。その心のグラデーションを、柴咲が本当に見事なまでに演じきっていて素晴らしい。
また表現として面白いのは、「幽霊」という形でなく、兄が理子の想像上の存在として、しばしば実体化して現れるところだ。理子の想像だから、あくまでも彼女にとって都合のいい兄なのだが、その可笑しさ優しさをオダギリジョーが、これまた素晴らしいラフな演技で魅せていて、兄の存在を物語の中で際立たせている。
複雑な家族への気持ちを理解させてくれる傑作

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
普通はこういった複雑な想いは不肖の家族を持った者にしかわからないものだ。だがこの映画は、観る者すべてにその複雑な感情をつまびらかにする。想像の世界から登場する兄の表現も相まって、もっとちゃんと向き合うべきだったという理子の後悔を、観客の胸の内に運び込む。その結果、映画を観終わった時に、素直に「家族に会いたい」という衝動に観客を駆らせてしまうのだ。これこそまさに映画らしい体験。他人の気持ちを「画」をもって体験することができてしまったというわけだから。映画の魅力は、そうやって他人の人生から、自分の人生について大切なことを学べるところにある。そういう意味で、この映画は学ぶべきことがたくさんある作品なのだ。
さすが『湯を沸かすほどの熱い愛』や『浅田家!』など、家族ドラマをたくさん撮り続けてきた中野量太監督らしい一本に仕上がったといえるだろう。
家族のことで何か悩みを感じているならば、これを観れば解決のヒントに繋がるだろう。
ぜひとも時間を割いてでも観ていただきたい傑作だ。
- Movie Data
監督・脚本:中野量太
原作:「兄の終い」村井理子(CEメディアハウス刊)
キャスト:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
絶賛公開中
(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
- Story
作家の理子は、突如警察から、兄の急死を知らされた。兄が最後に住んでいた東北へと向かいつつ、兄との苦い思い出を振り返る理子。警察署では7年ぶりに兄の元妻・加奈子や娘の満里奈、両親の離婚後は兄に引き取られていた息子・良一と再会する。良一は一時的に児童相談所に保護されていた。兄を荼毘に付したあと、兄と良一が住んでいたゴミ屋敷と化したアパートを片付けることに。だがそこで理子たちが目にしたのは、壁に貼られた家族写真の数々だった。子ども時代の兄と理子が写ったものも中にあった。兄の後始末をしながら悪口を言い続ける理子に、同じように迷惑をかけられたはずの加奈子がぽつりと呟く。「もしかしたら理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな」と。そして理子は次第にその言葉が思い当たるようになっていく……。
文:横森文
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横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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