伊那小学校訪問記~伊那中学校編~(3)
今年1月に引き続き、9月10日(火)~14日(水)の5日間、伊那市立伊那小学校で研修を受けさせていただきました。
研修4日目に、伊那中学校を訪問しました。
尼崎市公立小学校主幹教諭 山川 和宏
伊那中学校の取り組み
伊那中学校の先生は、自校の生徒の特徴として、次の3点をあげていました。「表現力が高い」「人懐っこい」「物怖じしない」。私が伊那小学校の児童に対して抱いていた印象と共通していたので、その意見は納得できるものでした。そして、それらの特徴を伊那小学校の卒業生である伊那中学校の生徒の強みとしてとらえ、伊那中学校では「マイチャレンジ」という取り組みを進めているそうです。
マイチャレンジは、生徒が自分で見つけた課題について探究学習を進める取り組みです。生徒は、伊那中学校の全教職員の中から自分が希望する伴走者となる教員を選び、同じ教員を選んだ生徒同士で伴走者である担当教師とともにルームと呼ばれる学習集団を形成し、協働して探究学習を進めていきます。生徒が全教職員の中から自分の担当する伴走者を選ぶというところが、とても画期的だと思いました。
生徒は、課題(問い)を見つけ、個人でその問いを探究します。その個人探究の進め方についてはルームの中で共有し、互いに助言し合うなどの協働学習を行います。そして、夏休みなどの長期休暇なども利用して進めた探究学習の成果をまとめ、自己評価を加えた発表会をルーム内で行います。そして、各ルームから代表者を1人選出し、4つのグループに分かれてルームの代表者による発表会を行い、代表者の中の代表者を選出します。そうやって選ばれた4名が、文化祭での発表を行うというもので、とても大がかりな取り組みです。
ちょうど私が見学させていただいた日は、ルームの代表者による発表会を行っていました。発表の内容は、「分数は大人になっても使うのか?」「大好きなバスケをするために必要なことは?」「勉強するときって何を聴いたらいいんだろう?」といったものでした。どの発表もインタビューや調査に基づいた資料をスライドで提示しながらプレゼンテーションをしていて、発表者が聴き手の反応を見て感じながら発表している姿が印象でした。一方通行のスピーチではなく、発表者と聴き手が双方向に繋がる発表の場となっていました。他にも、「男子必見!彼女の作り方」「なぜ伊那市に移住したいと思う人が多いの?」「今年の夏はなぜこんなに暑いの?」といったテーマが描かれたポスターが渡り廊下いっぱいに張り出されていました。圧巻でした。以前からマイチャレンジという取り組みは行われていたそうですが、これまでは調べたことを四つ切の画用紙にまとめたものを掲示していたそうです。しかし、全校生と教職員へのアンケートをもとにマイチャレンジの取り組み方について見直し、掲示するポスターにはテーマと氏名のみを記載し、詳細はプレゼンテーションソフトを使ってまとめたものを発表するという形に改めたとのことでした。また、校長先生から先生方に「どんな問いであっても調べたことを否定しないで探究学習を進めさせてほしい」というお話があったそうで、教師のそのような姿勢があるからこそこんなにもバラエティ豊かな探究学習が進められているのだと思いました。発表会の空気感がとても心地よいものであったことも印象的でしたが、それもどんな発表をしてもOKという環境づくりができているからこそだと思いました。そのような場が創り上げられることで、この学びが一つの「文化」になっていくように思います。とても素晴らしい取り組みだと思いました。
その一方で、伊那中学校の先生方が感じている伊那小学校の卒業生の課題としては、「伊那小で総合をやっている中では特性を持っている子が見えづらいようで、中学校への引継ぎが十分ではない」「教科学習へのソフトランディングが難しい」「小学校で学級総合に馴染めなかった子のマイナスイメージの挽回」「小学校の学級担任によって学習の進め方に違いが大きいこと」などがありました。
これらの課題の根底には、そもそも「学力をどのようにとらえているのか?」という学力観の違いがあるように思いました。伊那小学校の学力とは、意欲にかかわる学力、情意的な学力、知識・技能的学力の中で、特に子どもの求めや願いに基づいた意欲にかかわる学力に重点を置いているように思います。20年以上前、私が初めてテレビ番組の取材で伊那小学校を訪問した時に、最も驚いたことが子どもたちの学びへの意欲の高さでした。それが、高校受験という出口を想定せざるを得ない中学校では、知識・技能的学力に重点を置くことになるのは容易に想像できます。そのような中であっても、伊那小学校で学んできた生徒の特色を強みとしてとらえた実践を行っていこうという伊那中学校の取り組みに対して、私は大きな成果が得られるはずだという期待を抱きました。受験は確かに人生の中で大きな通過点ですが、人生は受験だけで完結するものではなく、その子の人生はずっと続いていきます。人生という長いスパンでとらえた時に、伊那小学校で培われ、それをさらに伸ばそうと伊那中学校での取り組みで培われたものが大きな力となると思うのです。
まとめ
今回の研修を通して、「伊那小学校は総合学習を根幹に据えた公立の小学校です」という認識は大きく変わりませんでした。しかし、総合学習だけの学校ではないということも十分に理解することができました。それは、総合学習の実践の中で培われた「子どもとともに在る」という教師の姿が、教科学習の場面でも、運動会の練習の場面でも、生徒指導の場面でも、あらゆる場面で見られたからです。子どもの求めや願いに基づき、教師が一人の人間として子どもとともに材にどっぷりと浸かって学習する姿にこそ、伊那小学校の本質があるように思いました。だからこそ、そうやって育った子どもたちの揺るぎない強みを生かす取り組みが伊那中学校でも引き継がれているのだと思います。
伊那小学校においても、伊那中学校においても、子どもの姿から研究を出発させているという点は共通していました。「はじめに子どもありき」。あたりまえのことのようだけれど、これを本当の意味であたりまえにするには、教師自身が思考だけでなく身体全体で実践していかなければならないということを改めて心に刻みました。
伊那小学校は、総合学習を根幹に据え、子どもの求めや願いを出発点にして、教師が子どもと一緒になって学び、成長していくことのできる伝統を持った公立の学校です。研修を終えた今であれば、そのように伊那小学校のことを人に紹介しようと思います。
よき出会いが、よき教師をつくる
今回お世話になった伊那小学校の先生がこんなことをおっしゃっていました。
「教師の仕事に出会いってとても大切だと思うンです。今の自分があるのは、これまでに出会った先生にいろいろと面倒をみてもらったおかげです。だから、自分ができることは若い先生たちに精一杯やってあげたいと思っています」
よき出会いが、よき人生をつくる。よき出会いが、よき教師をつくる。そうやって伊那小学校の伝統が引き継がれているのだということがよく分かるお話でした。
そして、こんなこともおっしゃっていました。
「教師の仕事の8割はしんどいことだけど、残り2割の中に何事にも替えがたい喜びがあります。だからこの仕事を頑張ろうっていう気持ちになれるンです」。
今回の研修を通して、伊那小学校の先生方の仕事ぶりに対しては、心から尊敬の念を抱いています。本文では取り上げられませんでしたが、運動会を目前に控えて一人黙々と下庭(運動場)の清掃をしている姿、運動会に向けて学年の気持ちを一つにまとめようと奮闘する姿、最高学年の晴れ舞台を応援しようと自学年の子どもたちとともにエールを送る姿をはじめ、たくさんの先生方の仕事に対する真摯な姿勢に大きな刺激を受けました。
大変か大変でないかといえば、間違いなく大変な職場です。しかし、その大変な中にあって、この仕事を通して得られる喜びを全身で受けとめている教師の姿に幾度となく遭遇しました。真摯に課題に向き合う教師の姿から多くのことを学ばせていただいた研修になりました。
山川 和宏(やまかわ かずひろ)
尼崎市公立小学校主幹教諭
演劇ユニットふろんてぃあ主宰
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。
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札幌市立高等学校 教諭
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