伊那小学校訪問記(2)
長野県伊那市立伊那小学校は、総合学習を根幹に据えた教育を行っている公立の小学校です。・・・と前回の伊那小訪問記に書いたのですが、改めて今回お話をうかがった伊那小学校の先生によると、それは違うそうです。「伊那小学校は、総合をやっている学校とよく云われますが、それが本質ではなくて、子どもの思いを大切にして、教師が子どもとともに考える学校なンです」とおっしゃっていました。そして、「だからこそ、総合だけではなくて、総合以外の教科の学習にももっと力を入れていかないといけない」と力説しておられました。
尼崎市公立小学校主幹教諭 山川 和宏
伊那小学校の今
今年1月に引き続き、9月10日(火)~14日(水)の5日間、伊那市立伊那小学校で研修を受けさせていただきました。前回の研修では公開学習指導研究会に合わせての研修でしたが、今回は、総合学習はもちろんそれ以外の教科学習や行事の準備の姿についても見学させてもらうことができました。また、進学先の伊那中学校でも研修を受けることで、伊那小学校の教育について、異なる視点からとらえ直す機会になりました。
それらの機会を通して、「伊那小学校が総合学習を根幹に据えた教育を行っている公立の小学校です」という私の認識がどうなったのか、詳しく述べていきたいと思います。
今回の伊那小学校での研修では、2年森組で主な時間を過ごすとともに、他のクラスの授業も自由に見学させていただきました。
総合学習の立ち上げ

土の中から出てきた岩
1年生は、これからやって来る動物を迎えるための小屋作りをしていました。柱を立てるために掘った穴には大きな岩がありました。10日もかかって遂に掘り出した場面にたまたま遭遇しました。達成感いっぱいに大はしゃぎする子どもたちの話を聞きながら、このような大変なことに遭遇しながらも時間をかけて準備を進める中で、子どもたちの中に動物への思いが着実に膨らんでいっていることを感じました。総合のために作った飼育小屋を次の学年にそのまま引き継ぐことをせずに、必ず更地に戻してから引き渡すという伊那小学校のルールの意味はこういうところにあるのだと思いました。
クラス替えは4年生の進級時に一度だけという中で、1年生と4年生における総合学習の立ち上げには、教師の苦労が多いという話も聞きました。時間をかけて子どもたちとテーマを構想していく立ち上げの重要性について考えさせられました。
総合学習

烏骨鶏広場の屋根づくり
2年森組では、烏骨鶏を飼っていました。朝の時間や総合の時間では、子どもたちは烏骨鶏とともに過ごします。烏骨鶏を飼っている広場につける屋根とベンチを作る子、餌として持ってきた葡萄の種を植えてみようと穴を掘る子、烏骨鶏と一緒にゆっくりとした時間を過ごす子など、それぞれがそれぞれのやりたいことをやっていました。別々のことをしていても、学級としてのつながりが感じられたのは、その中心に烏骨鶏がいるからです。子どもたちの烏骨鶏への愛情があるからこそだと思いました。
いくつか印象に残っている子どもの姿を紹介します。
突然走り出した烏骨鶏がコンテナをひっくり返して、その中のぶどうの種をばらまいてしまった時、一人の子がその烏骨鶏を叱りました。それに対して、別の子が「烏骨鶏だけ叱らないで!叱るなら私を叱っていいよ」と抗議していました。烏骨鶏の庇護者となっている姿でした。
アイスクリームの器にクローバーを集めてきた子が、烏骨鶏に食べさせながら、烏骨鶏の様子に合わせてアテレコしています。「まずいなこれ。まずすぎてうまい。」烏骨鶏と同化する姿でした。
烏骨鶏の広場の近くを流れている水流のそばを掘って流れを変えている男の子たち。流れを変えることで、植えた葡萄の種に水をあげることができるようにしていました。烏骨鶏のためにできることを自分たちなりに考えて行動したようです。
その他に、烏骨鶏の雛を自分の頬にあてて、その体温を感じながら「ふわふわしてる」とつぶやく子。側溝にはまった烏骨鶏をひなたぼっこさせようとする子。雛の顔をまじまじと見つめて、親鳥との共通点を探している子。広場に置くベンチを作っているが、なかなか釘を打ち付けられずにその原因を考えこむ子。車の下に潜り込んでしまった烏骨鶏に出てくるように心配して何度も呼びかける子たち。屋根をつけようと脚立に登って一生懸命釘を打ち付ける子たち。こんな出来事の積み重ねが、この総合を豊かなものにしているのだと感じました。
他の学級の総合においても、総合学習と子どもたちの生活が一体となった学びの場にたくさん遭遇しました。生活とつながることで子どもたちは、エネルギー一杯にいろいろな方向へとぐんぐん伸びていくことができるのだと実感しました。
教科学習
2年森組の算数の学習では、3けたの足し算をしていました。自分が選んだ3つの野菜の合計金額を計算で求めます。これは、先日行われた伊那小フェスで烏骨鶏の羽のキーホルダーを売って得た利益の中から烏骨鶏のために必要な金額を差し引いた残金で、アイスや氷タンフル、クレープなどを作ることになっていて、その買い出しに行くのに必要な学習なのです。自分で支払いをしないといけないので、子どもたちは一生懸命3ケタの足し算をマスターしようと頑張っていました。
3年春組の国語の学習は、クラスで飼っているポニーとの思い出を歌詞にしていました。教師と子どもたちが話しながらみんなで思い浮かべた言葉を教師が拾い上げて、より具体的なエピソードが伝わるように歌詞を考えていました。ポニーという材を通して、子どもたちの中に共通の思い出が積み上げられていることで、たくさんの言葉が出てきていました。
このように、総合と結びついた教科学習が行われている一方、高学年では、総合との関連にこだわらずに教科学習が進められていました。5年剛組の国語では、タブレットを使用して、NHKのニュース記事と他の媒体のニュース記事を比較する学習が行われていました。子どもが主体的に記事を選び、子ども同士で意見を伝え合うなどの、子ども主体の学習が行われていました。その隣のクラスでは、児童が主体となって互いに教え合いながら進める算数の授業が行われていました。
教科学習においても、伊那小学校が大切にしている子どもの求めや願いに基づいた学習が進められていると感じました。
研究
伊那小学校には学年室が設けられており、放課後の教員は、学年室で仕事をしています。伊那小学校の研究が脈々と受け継がれているのは、この学年室が果たしている役割がとても大きいと感じました。
例えば、こんなことがありました。
その日は、研究部会が開かれ、1年文組の学習指導案について意見を出し合っていました。文組では「ぼうけん」をテーマに総合学習が行われています。担任の願いは、子どもたちがぼうけんをとことんたのしむこと。これまでは、学校近くの林や森など行き先を決めてお出かけしていたけれど、これからは自分たちがまだ行ったことのないところにお出かけすることでぼうけんに行くことのおもしろみに気づいてほしいということでした。ここで話題となったのは、「野に出ることそのものを材とするのか。それともその野に出たことによって出会う何かを材にするのか」という、その先の展開を教師がどのように考えているのかについてでした。担任としては、その先の展開を考えるよりも、ぼうけんをとことんたのしむ今を大切にしたいと考えていました。先輩の教員からは、ぼうけんの中でどのような出会いがあるのかを想定したり、出かける場所の特性について考えたりすることの必要性について意見が出されました。
その日の研究部会は、部会が終わってからの話し合いの時間の方が長かったです。部会の後もいくつかの話し合いの輪ができ、学年室に戻ってからも、学年団の中で話し合いが続きました。先輩教員の経験に基づいた意見がたくさん出される中においても、担任の願いを大切にしようという軸は揺るいでいませんでした。先輩教員の後輩教員に対する応援の姿勢が、伊那小学校の伝統を引き継いでいるように感じました。また、「担任が子どもとともに何を見て何を感じるか」という、担任と子どものつながりを中心にして話し合いが進んでいたことも、伊那小学校の研究の伝統だと感じました。
また、部外者である私は、総合の中でダイナミックな展開を見せる場面に遭遇した時に心を動かされますが、日常の中で子どもと過ごす担任にとっては、飼育している動物のために小屋の周りの釘拾いをする子たちとの何気ない会話が心に残っているという話を聞きました。そのようにして子どもと一緒になってどっぷりと生活し、互いに感じたことを学年で出し合いながら研究が進められているのです。
運動会
今回の研修最終日は、運動会でした。
運動会は、午前中開催で全校種目としての大玉送り・綱引き、全学年の徒競走、奇数学年の団体競技、偶数学年の団体演技、来入児による旗ひろい、選抜リレー、応援合戦が行われました。とても盛り上がっていました。
私が研修で入らせてもらっていた2年生は、ドラゴン踊りを披露しました。子どもたちだけでなく、ドラゴンの頭を作ったり、ドラゴンの敵役を演じたりすることを教員も楽しんでいました。運動会に向けての練習の段階では、教師が子どもたちに投げかける言葉が、子どもたちと一緒に考えてよいものにしていこうという姿勢にあふれていました。6年生の組体操では、総合学習の歩みを振り返りながらの子どもたちの演技に、保護者の方々は涙を流しながらビデオを回していました。感動的でした。子どもと一緒に教員も保護者も運動会を楽しもうという空気が満ちていました。とてもよい運動会でした。
次回、伊那中学校編に続きます。

山川 和宏(やまかわ かずひろ)
尼崎市公立小学校主幹教諭
演劇ユニットふろんてぃあ主宰
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。
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札幌市立高等学校 教諭
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