2022.03.23
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探究の時間が持つ大きな可能性

今回は総合的な探究の時間の可能性について書きたいと思います。本校では2018年度より新カリキュラムを実践する中で、総合的な探究の果たす役割について常に考えながら試行錯誤してきました。
キャリア教育と総合的な探究の時間がカリキュラムの核となるのではないか、そんな仮説をもっていました。みなさんは、総合的な探究の時間が果たす役割や可能性は何だと思いますか?

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

ある生徒の学び

AさんとBさん、この春に本校を卒業する2人の生徒の学びを紹介します。本校では高校1年生「現代社会」の中で「未来を考える」というテーマで、「SDGsを具体化するSDGsアクションを作成しよう」という取り組みを行っています。
Aさんはマイクロプラスチックに興味を持ち、「マイクロプラスチックのない海に」というテーマにしました。Aさんは、化粧品など私たちが身近に使っている商品にもマイクロプラスチックが含まれていることを知ります。そしてアレルギー専門医が開発した化粧品ブランドに注目し、この技術を広めることを提案しました。
一方、Bさんは食糧問題に注目し、世界の飢餓問題解決に向けたアクションを提案しました。

それから1年あまりがたち、AさんもBさんも高校3年生のコア探究(総合的な探究の時間)でプロジェクトを選択します。
Aさんは企業とコラボして、マイクロプラスチックを含まないオーガニックな化粧品の商品開発をしたいという思いをもってプロジェクトに取り組みました。Aさんの思いに応えてくださったのが、コトラボという会社でした。法律の関係で化粧品というわけにはいかなかったものの、コトラボさんに全面的に協力してもらい、オーガニックなマスクスプレーの商品開発を行い、文化祭などで販売することができました。利益はSDGs実現に向けて活用しようと現在議論中です。

BさんはSDGs2番の「飢餓をゼロに」と12番の「作る責任 使う責任」という目標の達成に向けて自分たちにできる取り組みを考えます。その達成に向けて、本校生徒の食料問題への関心・意識を高めることも重要だと考えました。そしてBさんは食堂とコラボしてメニューを考案し、1食につき10円を食糧問題に取り組む団体に寄付するということを実行します。同時に世界の食料問題についてわかりやすくポスターにまとめて食堂新聞として食堂の座席に掲示しました。コロナ禍で食堂では個食になるので、食堂新聞は食堂利用者に大変好評でした。

AさんとBさんの学びに共通していることがあります。それは高校3年間の中で様々な学びがつながり、最終的に自分なりのテーマをプロジェクトとして実行し、社会に発信していることです。ここに総合的な探究の時間の大きな可能性を感じます。

探究がつなぐ学びのストーリ-≒カリキュラムマネジメント

新学習指導要領実施にあたり、カリキュラムマネジメントの大切さが言われます。カリキュラムマネジメントとは、教育課程を計画的かつ組織的に編成・実施・評価し、教育の質を向上することです。その重要性は誰もが感じるところでしょうし、各教科や諸活動の学びの連携図などを作成している学校もあるでしょう。しかし高等学校では生徒の選択科目が多様という難しさがあります。また学びの連携図など書類の作成に力の全てを注いでしまい、完成したら終わりになってしまうというのもよくあることかもしれません。

こうした現実はさておき、私たちがコア探究実施4年目にして気づいたことがあります。それはカリキュラムマネジメントは学びのストーリーを豊かにするためのものと考えることが大事であること、そして学びのストーリーを豊かにする際に、総合的な探究の時間が果たす役割が大きいということです。

Aさんのプロジェクト報告書には次のような記述があります。

「私は高校一年生の時の現代社会の課題で、オーガニックな会社とコラボして環境や人体に良い化粧品や日用品を作る」ということを考えましたが、その時は行動に移すことができませんでした。しかし今年(高校3年生)のコア探究で、そのプロジェクトを進めることができました。一年生の時はただ頭に思い描いていただけのプロジェクトを実際に形にするということがすごく大きなモチベーションになりました」。総合的な探究の時間があることで、Aさんの課題意識はより具体的なアクションにつながります。もちろん学校での各教科の学びも重要です。Aさんの報告書には次のように書かれています。

「(プロジェクトを進めるにあたって)現代社会の授業で詳しく調べていたため知識も多く、このプロジェクトの大きな力になれたと思います。また、私はSDGs(本校の学校設定科目)の授業で環境について学んでいるので、そこで学んだこともこのプロジェクトで生かすことができました」。そしてAさんは「私は大学で経営学を学ぶので、すごくためになる経験をさせていただけたなと思います」とも書いています。
探究での学びがAさんの大学での学びの貴重な土台となることは間違いないでしょう。何より高校3年生でプロジェクトに取り組む過程でのAさんの成長には担任や学年の先生もすごく驚いていました。このように探究があるからこそ、学びのストーリーは豊かになります。「探究がつなぐ学びのスト-リー」。これは今年度ようやく気付いたことかもしれませんが、カリキュラムマネジメントの要諦はここにあるように思います。もちろんその土台として、生徒がマイテーマに気づくキャリア教育の充実が大切なことは言うまでもありませんが。

また食糧問題について取り組んだBさんのプロジェクトで、食堂と協力してメニューを開発する際に重要な役割を果たした生徒は、フードデザイン(学校設定科目)という授業を履修していました。フードデザインでの学びがあったからこそメニュー開発が可能になりました。このように高等学校では選択科目が多いからこそ、グループで活動したときに、より豊かな学びが展開できるのかもしれません。私たちはこのことを生徒から学んだように思います。

マイテーマを持つことで生徒は社会とつながれる

Bさんの報告書には「私たち高校生の力で少しでも社会を変えることができる可能性に気づくことができました」と書かれていました。ここで紹介したAさんやBさんに限らず、探究の授業を通じて学校外のいろいろな方に出会い、大きく成長した生徒は少なくありません。そうした生徒たちを見て気づいたことがあります。それは「マイテーマを持つから生徒は社会とつながれる」ということです。
たとえばAさんがコトラボさんと出会えたのは、「環境や人体に良い化粧品や日用品を作る」というマイテーマがあったからでした。他にも起業プラン作成に取り組むことで色々な起業家の方の講演会に参加し、大きな影響を受けた生徒もいます。私たちが街を歩くときに、お腹がすいていればレストランが目に入り、お土産を買いたいときにはお土産物屋さんが目に入ります。当然のことなのかもしれませんが、意識することがあるからいろいろなものが目に入ってくるのです。
生徒も同じです。生徒がマイテーマを持ち、そのテーマへの問題意識をもって高校生活を過ごすから、色々なイベントや大人に出会えるのです。その結果、生徒は学校を飛びだし、社会とつながっていきます。
ここでの生徒の学びが、学校で教員が企画した講演会を聞くなどよりも、はるかに充実したものになることは言うまでもありません。「マイテーマを持つことで生徒は社会とつながれる」。考えてみれば当然のことですが、大変重要なことだと思います。
キャリア教育がベースにある探究学習には、学びのストーリーを豊かにすることはもちろん、生徒が社会とつながるチャンスになるという可能性があるのです。そして出会いと原体験こそが人を成長させますし、高校はその場を提供できます。ここにこれからの高校の大きな可能性があります。

この原稿がアップされるのは2022年3月終わり。あと10日もすれば、高等学校では新学習指導要領が始まります。新学習指導要領では様々な新しい言葉が登場し、一歩間違えば私たちはその言葉に踊らされるのかもしれません。
しかし探究の授業を通じて私たちが生徒たちから学んだことは、探究によって豊かな学びのストーリーが展開できるということです。それが実現したときに自然とカリキュラムマネジメントは実現しています。
私たちはコア探究に取り組む際に、カリキュラムを扇形のモデルで考えました。扇面に各教科等があり、各教科をつなぐ中骨として「探究」がある、そして要にあるのがキャリア教育である。
コア探究に取り組んでいく中で、私たちはこの仮説が正しかったということを生徒から教わったように思います。いよいよ始まる新学習指導要領では、さらに豊かな学びのストーリーを展開していきたいと思っています。これを読んでくださったみなさんとも、一緒により豊かな学びのストーリーを作っていければと思います。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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