2022.12.05
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サッカー日本代表ドイツ戦から考える児童生徒の自殺・指導死

W2022初戦ドイツ戦を観戦していたら、現在において教育問題となっている「児童生徒の自殺・指導死」が思い浮かびました。スポーツ指導に携わり体育について研究している大学教員の視点からお伝えしていきます。

旭川市立大学短期大学部 准教授 赤堀 達也

ジャイアント・キリング

2022年11月23日、W杯カタール大会初戦にて、サッカー日本代表が歴代優勝回数2位の格上ドイツを倒し、カタール・ドーハの地で歴史的大金星を上げました。思い起こせば1993年、ほぼ手中に収めていたW杯行きの切符を、最終イラク戦ロスタイムで失点し逃した「ドーハの悲劇」。あれから29年「ドーハの歓喜」となり日本中を沸かせています。

私はバスケを専門としていますが、今回の日本対ドイツの試合をバスケ視点で観ると、教育問題となっている「児童生徒の自殺・指導死」と重なります。「喜ばしいことに水を差すな!バスケとサッカーを一緒にするな!」と怒られそうですが、実のところバスケとサッカーはかなり近いスポーツです。
ボールの扱いは手と足と真逆で、コートの大きさも大きく異なり、室内屋外という違いもありますが、どちらもゴール型に属するスポーツで、互いの戦術を参考にすることが多いです。現にサッカーの戦術で世界的に主流となっており、日本の一番の武器ともなっている「プレス」はバスケの戦術を応用しているものです。そんなバスケ視点から分析し、教育へと話を広げていきます。

バスケ視点で分析

前半、日本は自慢のプレスが全く機能せず、大苦戦を強いられました。バスケ視点から分析すると、その原因はシステムです。日本は4-2-3-1というフォーメーションでスタートしましたが、ドイツは伊東選手・酒井選手がいる「右サイド寄りの中盤に人数を多くしてパス回し」をしてきました。そうすることで、プレスをかけようとする酒井選手を引き出し、そのスペースを埋めるために伊東選手が引き下げられ、日本の陣形を大きく歪められてしまいます。
多分ドイツとしては、伊東選手の攻撃力を高く評価していたため、伊東選手のサイドでパス回しをすることで、攻撃参加できない位置へと下げさせようという狙いだったと思います。しかしその狙いは、それ以上の効果をもたらし、様々なポジションへと影響していきました。1トップの前田選手は、伊東選手の穴を埋めるべく右サイド寄りにポジションを取ったらいいのか、いつも通り前線でプレスをしたらいいのか迷うことになります。どちらの選択も試していましたが、どちらもダメでした。それにより同じ迷いが、崩されている右の中盤だけでなく、左の中盤でも起きていきました。そのため、失点につながったPKにつながるパスは、プレスができなくなった左の中盤から出されたものです。
中盤で崩されている流れを断ち切りたいと、酒井選手がプレスに出ようとした裏にパスを出され、キーパーの権田選手が対応しなくてはならなくなったために引き起こされた失点でした。伊東選手が下がらなくてはならなくなったスペースを、スライドパズルのように選手の配置を移動させられてしまいました。力の差ではなく、システム不全であるため「1点では済まないかも…」と思っていました。日本選手の良いところが全く出せず、振り回された前半でした。

システム変更

オーバーロード(バスケ)

実はこのような状況はバスケではよく起きます。※の戦法は、「オーバーロード(過負荷)」というオフェンス方法です。バスケでは、ゾーンというエリアを守るディフェンス方法がありますが、そのディフェンスに対してオフェンスが用いる方法です。同じエリアにディフェンスの人数よりも多くの人数を配置し、過負荷の状態にして守れなくする攻め方です。
バスケでは相手がオーバーロードをしてディフェンスが崩されているなら、大抵ディフェンスを変えシステム変更します。選手が混乱し、無駄に動かされ、体力を消耗するからです。
今回、酒井選手が脚に違和感がでてしまい次戦のコスタリカ戦を欠場するのは、わからなくもないという感想です。こんな書き方をすると、森保監督を批判しているように思われそうですが、前半劣勢でも我慢し、相手が作戦会議できなくなるハーフタイム後のタイミングでシステム変更した監督の采配が一番の勝因だと思っています。

児童生徒の自殺・指導死

この前半の日本の様子と試合後の酒井選手の状況を知り、今の教育界ととても重なって思えました。児童生徒の自殺者が年々増えてきています。自殺原因の上位2つは学校問題です。「学業不振」「進路に関する悩み」となっています。現在の過密で寄り道できずがんばり続けなくてはならない教育システムが、自殺を選択してしまう児童生徒を増やしているのかもしれません。教育システムそのものを見直す必要があるのではないでしょうか。

併せて指導死も問題となっています。バスケでは2012年に有名強豪校のキャプテンが指導による自死して以降、暴言暴力を根絶するために、日本バスケットボール協会として「インテグリティ(誠実・高潔)」に取り組んでいます。協会が主導する研修会が行われていますが、「厳しくしないと選手は育たない」という現場指導者からの意見もあるようです。
しかし今の学校教育で育っている子どもたちにとっては、むやみやたらな厳しさの方が育たないでしょう。多分これまでの固定観念で指導にあたっているために「この指導についてこられない子どもが悪い。だからもっと厳しくしなくては…」と考えてしまい、気づけずに出た意見だと思います。スポーツ指導もアップデートしていくことが大切です。

最後に

今後は早急に環境やシステムを構築していくことが求められます。現在の教育現場では良いことを聞きません。「保育者の待遇が低い」「小中学校教員は長時間勤務」「ブラック部活動」などです。教員に余裕がない中で、子どもたちに良い教育が届けられるのでしょうか。教員のオーバーロードは、子どものオーバーロードへとつながってしまいます。
今回サッカー日本代表はドイツ戦に勝利しましたが、大きな代償も払わなくてはならなくなりました。教育現場では教員や子どもたちがその代償を払っています。国が行っている「保育者の待遇改善」「小中学校の勤務時間の適正化」「部活動の地域移行」といった施策を、まずは早く浸透させたいものです。

赤堀 達也(あかほり たつや)

旭川市立大学短期大学部 准教授・北海道教育大学旭川校女子バスケットボールヘッドコーチ
これまで幼児・小学生・中学生・高校生・大学生と全年代の体育・スポーツ・部活動指導してきた経験から、子どもの神経に着目したスポーツパフォーマンス向上を図る研究を行う。

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