2021.10.22
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

勝利至上主義?子どもの運動の多様性

順位付けや勝敗は、果たして勝利至上主義なのでしょうか。
勝利は悪いことなのでしょうか?
私の経験談から提言したいと思います。

旭川大学短期大学部 准教授 赤堀 達也

私の体育の過去

私は現在、小中高の保健体育の教員免許を持ち、短大や大学で体育の授業を受け持っていますが、小中高時代の体育の成績はあまり良くありませんでした。特に小学生時代は5段階中の3、たまに良くて4だったことを覚えています。

私の小学生時代は学校対抗で体操大会や球技大会が行われ、そのどちらにも学校代表として大会に出場していました。嫌々ではありましたが他学区で行われていた体操教室に通っていたので、学内の他の人よりは体操の技ができ、多分小学校で一番できたと思います(ただ体操教室の中では一番下手で落ちこぼれでした…)。

学校対抗の球技大会の種目はバスケットボールでしたが、母校にはバスケットボールのスポーツ少年団がなく、サッカースポーツ少年団に所属している人が活躍する感じでした。私もそのサッカースポーツ少年団に入団していたのでバスケットボールのメンバーに選ばれました(ただサッカースポーツ少年団の中では一番下手でした…)。それでも体育の成績は平凡で、先生にはこれと言って声をかけてもらうこともなかったので、体操教室やサッカースポーツ少年団で一番下手だったこともあり、自分は「体育が苦手」だと思っていました。

多分、時代が時代ということもあると思うのですが、走ることや体力テストの成績が良い人が「運動が得意」と言っていいというような風潮で良い成績となっていました。50mも持久走も真ん中くらいで遅かったです。そして体力テストのような陸上系の単一動作に近いものは、そもそもあまり意味が分からなく得点は良くなかったです。
この「意味が分からない」とはやる意味が分からないことと、やっている動作があっているかわからないという両方の意味です。
名前があいうえお順で必ず1番だったため何の種目でも1番に行っていたこと、体操をやっていたせいからか速く強く行うとかよりはキレイに行うことからです。またサッカーをやっていたせいからか1対1で相手と競うイメージはできるものの、記録で競うイメージがしにくい傾向にあったことも影響していると思います。

そして何より筋力がなかったので、単一動作を速く強く行うことは苦手で、複合的な動作を連携させる動作の方ができるタイプでした。いわゆる筋力型ではなく神経型でした。中学の部活動でもサッカー部に所属していましたが、走ることや体力テストのような種目では相変わらず点が取れないため、仲間が顧問に進言してくれたにもかかわらず、ずっと2軍でした。

もう一つ思い当たることが…

学校対抗の体操大会に向けて練習をしているときに、私は規定の演技の練習ではなく、規定の演技よりも難しい技の練習をしていました。規定の技はできるので…でもそれが遊んでいると取られたのかも?
できるようになることが楽しかったので、確かに遊んでいたのかもしれませんね。

体育の成績は過去のことになったが…

ただそのような苦い経験があったためか、運動に対して深く考えるようになり、自分のような境遇の子どもを何とかしたいと思うようになりました。そして運動が苦手と思いながらも大学は保健体育の教員養成へと進み、海外や日本リーグなど様々なところで勉強させていただき、バスケットボールの部活動指導者として全国で勝つことができました。そして運動能力が決して高くない選手でもパフォーマンスを向上させることができる運動理論を構築するまでに至りました。

私の場合は周りの人に恵まれたため、指導者として良い思いをすることができました。しかしほとんどの人はそうではないでしょう。実のところ体育教員となり、四十代半ばでバク転もできますが(四十肩のため休養中)、自分で行う運動は嫌だし苦手だと思い込んでいるし、どちらかというと運動はしたくないと思っています。

どんな子どもも認められる場面を作ること

「順位をつける・勝敗をつける=勝利至上主義」的な考えがあります。そのため順位付けや勝敗がよくない、負けることが運動嫌いを作ってしまうとの意見がありますが、私はそうではないと思います。
負けることではなく「認められないこと」が苦手意識を生んでしまうのです。体育の成績うんぬんよりも、あまり?ほとんど?なにも?声をかけられなかったことの方が記憶に残っています。勝敗や順位付けがあっていいです。ただそれが一つとか限られたものでなく、多岐にわたって土俵を用意することが大事であり、教員の役目だと思っています。そのような多様性を認めることができる体育が求められていくでしょう。
つまり教員のアイデア勝負の要素も多分に求められます。とは言っても熱くなると忘れがちなので、目標は順位や勝利、目的は人格形成を忘れずに体育やスポーツ指導を行っていきたいものです。

赤堀 達也(あかほり たつや)

旭川大学短期大学部 准教授・元パーソナルストレッチトレーナー・バスケットボールコーチ
幼児体育指導、小学校のスポーツ少年団指導、中学校の部活動指導、高校の体育指導、大学の体育指導及び部活動指導と、全年代の子どものスポーツ及び体育指導の経験を生かし、子どもの運動能力の向上を図る研究を行う。

同じテーマの執筆者
  • 江尻 寛正

    倉敷市立連島南小学校 教諭

  • 高橋 英路

    前 山形県立米沢工業高等学校 定時制教諭
    山形県立米沢東高等学校 教諭

  • 高橋 朋子

    近畿大学 語学教育センター 准教授

  • 川村幸久

    大阪市立堀江小学校 主幹教諭
    (大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年)

  • 赤羽根 和恵

    東京福祉大学 国際交流センター 特任講師

  • 常名 剛司

    静岡大学教育学部附属浜松小学校 教諭

  • 藤井 三和子

    兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭

  • 川島 隆

    浜松学院大学短期大学部 幼児教育科 特任講師

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop