2015.04.14
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戦時中の食生活を調べよう 【食と暮らし】[小6・社会科]

食育は家庭科や総合的な学習の時間だけが受け持つものではありません。理科、社会科などどの教科でもアイディア次第で楽しく展開できます。教材開発のノウハウや子ども達の興味・関心を高めながら、望ましい食生活習慣を育てていく授業作りのヒントを、武庫川女子大学・藤本勇二先生主宰、食で授業をつくる会「食育実践研究会」がご紹介します。第103回目の単元は「戦時中の食生活を調べよう」です。

6年の歴史学習の、戦争が人々の暮らしに与えた影響を学ぶ単元の中で、特に当時の食生活に焦点を当てて取り組みました。現代はコンビニやスーパーマーケットなどで、おいしくて安全で栄養価のある食べ物を簡単に手に入れることができます。しかし、戦時中の日本は食事情がとても貧しく、生きていくだけで精一杯でした。そんな時代を生き抜いてきた人々は、どのような食品をどのように工夫して食べていたのか? 子ども達が調べたり、話し合ったりしながら考えていった授業全9時間の中の、7時間目の授業を紹介します。

サツマイモのつるを食体験

授業の始めに、戦時中によく食べられていたサツマイモのつるを炒めた物を試食させ、当時の生活を想像する一助としました。サツマイモのつるは学校農園で子ども達が植えて育てたサツマイモを使いました。ほとんどの子ども達にとって初めての食体験であり、感想には以下のようなものがありました。
「この味はちょっと……」
「何これ。こんなのを食べていたの」
「おいしい。好きかも」
 苦手だという意見が多い中で、匂いや歯ごたえ、味などについて、子ども達は様々な考えを述べ合い、交流しました。

戦争当時の食糧事情を知る

戦時中の食生活を想像させるための手立てとして、戦時中の配給内容を取り上げました。1日当たりの精米配給量(1日当たり330g)をおにぎりにして提示しました。子ども達は、
「意外と多いなぁ」
「これだけだったら足りないよ」
 など、米の配給量に対して意見が半々に分かれました。その後に、戦時中の配給日記を資料として取り上げ、戦争が激しくなるにつれ精米の配給が遅れていったことや、精米に脱脂豆や麦などの雑穀が混入した物が配給されるようになったことなどを確認し、戦時中は配給品も徐々に遅配・欠配となっていき、当てにできないものになっていったということを確認しました。

戦争当時の人々の食べ物を調べる

戦時中の人々は、当てにできない配給品以外で飢えをしのぐために何を食べていたのか、子ども達は事前に家族や地域の人から聞いたり、本やインターネットを使って調べたりしていました。農村と都会など地域によってかなりの差があったと予想されるので、今回は田舎について考えるということも伝えておきました。子ども達の調べた内容は以下の通りです。
[家で栽培して手に入れる]
サツマイモ、ダイコン、スイカ、スイカの種、ミカン、ミカンの皮、カボチャ、カボチャの種、キャベツ、キャベツの芯、アワ、ヒエ
[捕まえる]
フナ、コイ、ウシガエル、カイコ、イナゴ
[採る]
ドングリ、カキ、タンポポ、ハコベ、ギシギシ
ハコベやギシギシの写真を見た子ども達からは
「あっ、なかなか抜けないやつだ」
「家にたくさん生えている」
 などの声が上がり、自分達の身近にある草などを食べていたという事実に驚いている様子でした。

ワークショップで食生活の工夫を考える

上記のような食べ物をどのように食べていたのか、人々の工夫に迫るために、まず、「火をあまり使えない」という生活状況や「冷蔵庫はないが、長持ちさせたい」「たくさん食べたい」という人々の願いを踏まえた上で考えていきました。考える材料として以下の6点の資料を提示しました。

■資料6点の内容

(1) ほしいい

(2)「贅沢は敵だ」のポスター(「魚は骨まで食べましょう」などの内容)

(3) 鍋を皆で囲んで食事

(4) アワ、ヒエなどそのままでは食べることのできない食べ物がすいとんになっている

(5) 通常よりも多く水を使って炊飯

(6) 火が使えない場合の野菜の食事方法

戦時中の食事の工夫をホワイトボードに書き出す

戦時中の食事の工夫をホワイトボードに書き出す

これらの資料を基に、戦時中の人々がどのような工夫をして食事していたのかについて班で話し合わせ、各班に配布したホワイトボードに写真のように書き出させました。その後全体で意見交流をしました。なお、(1)のほしいいについては、作り方・食べ方の手順を説明しました。(2)~(6)の資料について子ども達からは以下のような考えが出されました。

■資料(2)について
「何も残さないってこと」
「皮も骨も食べるんだって」
「たくさん食べられるように工夫」

■資料(3)について
「火を使わないように大勢で集まって、一つの鍋で食べた」
「皆で食べると楽しいし、おいしく感じるから」

■資料(4)について
「色々混ぜている」
「栄養を蓄えるため」
「かさを増している」

■資料(5)について
「かさを増している」
「水を増やして量を増やす」

■資料(6)について
「米と一緒に炊く」
「団子にした」
「そのまま食べた」

最後に、当時の人々の工夫として、次のようにまとめました。

■当時の人々の工夫

資料(1)…… 乾燥させる(保存を利かす)
資料(2)…… 廃材利用
資料(3)…… 一度にたくさん作る(火をあまり使わない)
資料(4)…… 粉にして食べる(粉食)
資料(5)…… 水を多くして炊く(多く食べる)
資料(6)…… 生で食べる
「戦時中の人々は今では考えられないものも食べていたんだな」
「干して乾燥させたり、水でかさを増したり、色んな工夫があったんだな」
 などの感想がありました。

授業後の児童

授業を終えて、子ども達から
「戦争が終わったら食べ物はどうなったのかな」
「今日学校に来るときにギシギシを見つけたよ」
「実は家でよく芋のつるを食べています」
 などの記述が日記の中にありました。

翌週、芋のつるをよく食べているというご家庭からのご厚意でサツマイモのつるの煮付けを頂き、給食の時間に皆で食べました。
「おいしい」
「また食べたい」
 という感想が多かったです。今回の授業を通して、戦時中に食べられていたものが身近にあることや、今も食べられているということを知る良い機会になりました。

授業の展開例
  • 戦中の食糧事情について、地域の方にインタビューしてみましょう。
  • 戦後の経済発展と共に国民の食事はどのように変化していったか調べてみましょう。

小林 祥大(こばやし しょうた)

兵庫県たつの市立神岡小学校 教諭

高学年での実践を中心に教科と関連付けた食育の実践に取り組んでいる。兵庫県たつの市神岡町の地元食材を取り上げた教材を作成し、故郷を愛し、心豊かにたくましく生きる子を育む食育を目指して、地域の食材をテーマにした研究を積み重ねている。

藤本勇二(ふじもと ゆうじ)

武庫川女子大学教育学部 准教授。小学校教諭として地域の人に学ぶ食育を実践。文部科学省「食に関する指導の手引き」作成委員、「今後の学校における食育の在り方に関する有識者会議」委員。「食と農の応援団」団員。環境カウンセラー(環境省)。2010年4月より武庫川女子大学文学部教育学科専任講師。主な著書は『学びを深める 食育ハンドブック』(学研)、『ワークショップでつくる-食の授業アイデア集-』(全国学校給食協会)など。問題解決とワークショップをもとにした食育の実践研究に取り組む「食育実践研究会」代表。'12年4月より本コーナーにて実践事例を研究会のメンバーが順次提案する。

監修:藤本勇二/文:小林祥大/イラスト:あべゆきえみうらし~まる〈黒板〉

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