学びの自己調整に欠かすことのできない学習の"GOAL"と"WHY" 個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のための指導の手引き 第2回
筆者は授業の冒頭に子どもたちと必ず確認するものがあります。それが学習の「GOAL」です。学びのユニバーサルデザイン(UDL)の実践において重要な要素の一つが、学習の"GOAL"の設定と共有です。国立大学法人北海道教育大学 未来の学び協創研究センター UDLラボの連載第2回では、UDLにおけるGOALとはどのようなものなのか。その重要性について、例を挙げながら検討します。
1.”Make first”を合言葉に、まずはGOALを設定し共有する
「個別最適・協働的な学びの一体的な充実」を実現するためには、GOALを設定することが重要です。川俣(2020)は、「個別最適・協働的な学びの一体的な充実」との親和性が高い枠組みであるUDL実践のプロセスを、以下のように示しています。
- 学習者のGOAL(目的)とWHYを明確にする。
- 学びを阻む「カリキュラムの障害」を探し出す。
- 学びの選択肢である「オプション」を学習前に用意する。
- GOALとWHYに基づいて学習者がオプションを主体的に選択し、自分で調整しながら学んでいく自分の学びを舵取りすることができる学びのエキスパートへの成長
以前視察に訪れたアメリカの個別最適・協働的な学びについて先進的に取り組む学校の先生方がGOALについて「Make first」という言葉を教えてくれました。つまり、GOALは何よりも先に設定し、学習者と共有することが重要だということです。
下にGOALの例を示します。
2.WHYの共有
また、GOALと共に子どもたちと共有するのが、学習の”WHY”です。なぜこの学習をするのか、ということです。私は、図5・6のように学習のWHYを設定しています。
GOALによって、学級の全ての児童の学習への価値が高まるとは限りません。WHYの共有によって、より多くの子どもが学習への価値を感じられるようにしていきます。子どもそれぞれ学習に対する価値を感じるポイントは異なるため、WHYも複数のものを提示します。
私は
①「学びがどのように生活につながるか」
②「学びがどのように将来の自分につながるか」
③「これからの学びにどのように役立つか」
という3つの視点でWHYを設定し、共有しています。
①については、提示するだけでなく、子どもたちとやり取りをしながら生活との結び付きを感じられるようにします。例えば、算数科「平均」の学習では、「平均という言葉を聞いたことがあるかな?」と問いかけました。子どもたちは、「平均点」「平均身長」「体力テストで握力が平均〜と言っていたね」などと答えていました。このように実生活とのつながりをイメージさせた上で、「今回の学習をすると、平均がどのようなものかが分かるし、実際に自分たちで平均を求めることができるようになるよ。」とWHYについて共有しました。
②については、例えば国語科の「提案」をする学習で、「実際に働き始めると人に提案することがたくさんある」ことなどを、私たち大人の経験から話します。
③については、教科毎の学年間の系統性などが参考になります。「今この学習をしっかりとすると、次の学年の〜という学習をするときにとても役に立つよ」などと共有します。また、単元の最後に「今回どんな力が身に付いたかな?」と振り返ります。そのとき子どもたちから出た言葉を生かして、次の単元のWHYを共有することも可能です。
このように、複数の視点から子どもたちが「なぜ学ぶか」という価値を見出せるようにWHYを設定します。
3.GOALをイメージできるから「学びの舵取り」ができる
本校の5年生児童に「学習に役立っているものは何か」とアンケートを取ったところ、全員が「役に立っている」と回答したのが「GOAL」でした(図7)。子どもたちが回答した理由の一部を紹介します。
- どんなことがGOALなのかわかると、そのGOALまでにやることがわかりやすいから。
- (こういうことができるようになれば良いのか)と、どこを頑張れば良いのかが分かっているから、自分で学習計画が立てられる。
- GOALに向かって頑張って学習しているからやる気につながっていると思う。
学習する上で、「今どこに向かって学習をしているのか」が分かることにより、「GOALに向かうためにどのように学べばよいのか」と考え、計画を立てたり、学習に粘り強く取り組んだりできる環境になっていることが、このアンケートから分かります。
子どもたちが、「動機づけ」られ、かつ「学習方略を自発的に使おうとする」状態を「認知的関与」が高い状態といいます(Phyllis他, 2009;Fredricks他,2004)。認知的関与の高まりにとってまず必要とされているのが、「学習者が進んで学習課題に取り組むような魅力的な学習課題」です(Hickey他, 2001;Mistler他,2000)。また、Phyllis他(2009)は、認知的関与の質の向上は、「理解や技能の内実につながる」と指摘しています。
つまり、GOALがどの程度子どもたちと共有され、「価値」を感じながら学習しやすい環境になっているかという点が、子どもたちの学習効果に大きく影響するということです。GOALがあるからこそ、子どもたちはオプションを積極的に使い、試行錯誤しながら学ぶ力を伸ばしていくことができるのです。
4.実践例
学びのイメージを共有する”I can〜”でGOALを設定する
実際にどのようにGOALを子どもたちと共有していけばよいのか。筆者の実践に基づき示していきます。
ここまでお読みになって、従来の「めあて」や「課題」とはどう違うの?と疑問をもった方もいるかもしれません。GOALは、子どもたちが「自らの学びの姿をイメージできる」ように共有するという点で、従来のかたちよりもより明確に踏み込んで共有しています。
以下は、私が5年生算数科の授業で実際に子どもたちと共有したGOALです。
三角形の内角の和が何度になるかを、証拠をもとにして相手に伝えることができる。
私がこれまで示していたのは、以下のような課題でした。
三角形の内角の和は何度になるか考えよう。
いかがでしょうか。GOALは子どもたちが「自身の学びの姿」をイメージできるように設定されていることが分かると思います。先の子どもたちの言葉を借りれば「こういうことができるようになれば良いのか」が分かる環境を、第一にGOALの共有によってつくります。
GOALを設定する際のポイントとなるのが、I can~=「私(児童生徒)は、〜ができる」のかたちでつくるということです。個別最適・協働的な学びを実現するための枠組みとして注目を集めている、学びのユニバーサルデザイン(UDL)を実践しているアメリカの学校では、GOALは”I can〜”のかたちで設定、共有されます。つまり、主語が学習者なのです。
先ほどの例で言えば、課題は「三角形の内角の和は何度になるか考えよう。」は、「私は〜ができる」の形になっていないことが分かります。つまり、「何ができるようになるかを明確にイメージできるかたちになっていない」ということです。I can〜のかたちを意識してGOALを設定することで、「最終的な学びのアクションが明確な目標になっているか?」を判断することが可能となります。
「GOALに到達するとは、どのようなことができることなのか」をイメージできるかどうかが、子どもたちの学びの舵取りに大きく影響します。GOALが共有された時点で子どもたちは、「最後に相手に伝えるという活動が待っている」ことが分かります。さらに、
- まずは証拠を見つけなければならない。
- 相手に伝えるためには説明の仕方を考えないといけない。
- 相手に伝えるために何かにまとめるという方法もある。
というように、GOALにたどり着くために必要なことは何か、ということも同時に考え始めます。また、
- ノートにまとめようか。
- 口頭で相手に説明してみようか。
- 端末を使って図を作成して相手に共有しようか。
ということも試行錯誤し始めます。つまり、オプションを活用してどのようにGOALに向かおうとするかを思考し始めるということです(写真1・2・3)。
5.GOALの共有によって教師の関わりも変わる
筆者はこれまで、学びを試行錯誤する子どもたちに関わる際、「このオプションを使ってみたらどうかな?」「〜してみたらどう?」と直接学び方に介入していました。しかし、GOALの共有を意識するようになってから、図8のように関わり方も変化していきました。
主体的に学ぶことができる児童生徒の育成のためには、「教師の適切な介入」が重要です。GOALの明確化により、教師の介入もまた、GOALやGOALへの道筋を意識した関わりへと変化していきます。子どもたちの「学びの舵取り」のための最適な関わりが可能になっていくのです。
参考文献
- Hickey, D. T., Moore, A. L., & Pellegrino, J. W. (2001). The motivational and academic consequences of elementary mathematics environments: Do constructivist innovations and reforms make a difference?. American Educational Research Journal, 38(3), 611-652.
- Fredricks, J. A., Blumenfeld, P. C., & Paris, A. H. (2004). School engagement: Potential of the concept, state of the evidence. Review of educational research, 74(1), 59-109.
- 川俣智路. (2020). 学習支援から学習者の発達支援へ: UDL を支える足場的支援 (Scaffolding). 指導と評価, 66(2), 9-11.
- Phyllis C. Blumenfeld, Toni M. Kempler, and Joseph S. Krajcik(2009).学習への動機づけと認知的関与を高めるための学習環境のデザイン, Sawyer, R. K., 森敏昭, & 秋田喜代美. (2009). 学習科学ハンドブック.培風館(380-391)
髙原 隼希(たかはら じゅんき)
北海道旭川市立東五条小学校 教諭
1985年北海道函館市生まれ。北海道教育大学函館校卒業。北海道教育大学教職大学院修了(教職修士)。
公立小学校勤務16年目。UDL(学びのユニバーサルデザイン)による学習支援や、子どもたち一人一人の表現に寄り添った学級経営を中心に実践、研究を進めている。