多様な学び方を生かして「一人ひとりが最適に学ぶことのできる」教室へ <新連載>個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のための指導の手引き 第1回
国立大学法人北海道教育大学 未来の学び協創研究センター UDLラボの新連載第1回では、多様な学び⽅を⽣かして児童が⾃分で調整することで、⼀⼈ひとりが最適に学ぶ授業デザインの具体を「学びのユニバーサルデザイン(Universal Design for Learnig, UDL)」の枠組みから提案いたします。(UDLについて の詳しい説明は、こちらの記事をご覧ください。)
なお本記事では、UDLでの言葉の使われ方を引用して、様々な学び方や教材の選択肢を「オプション」、児童の学習がうまく進まない時にある授業デザインの側にある障壁のことを「バリア」と表記して説明します。
キーワード:個別最適のための選択肢(オプション)、自己調整、個別最適による動機づけ
学び方のアンケート結果から
前任校であるX⼩学校の3年⽣の担任をした時に、次のようなアンケートをとりました(表1)。すると、⽇常の授業でよく指⽰していた「ノートを書くこと」は、得意と答えた児童と、苦⼿だと回答した児童が半分ずついました。
また、どの児童も好んでいると思っていた「タブレットを使って勉強すること」も1人の児童は苦手だと回答しました。この結果からも、児童の得意・不得意は多様であり、融通の利かない全員一律な学習方法では、学べない・学びにくい児童が出てくるということがわかったのです。この結果は、本記事で取り上げるクラスのみならず、おそらくどの教室でも起こりうることなのではないでしょうか。
得意なこと | 苦手なこと | |
---|---|---|
ノートを書くこと | 9 | 10 |
自分の考えをまとめること | 10 | 7 |
友だちとお話しながら学ぶこと | 14 | 2 |
一人でじっくり考えること | 9 | 8 |
みんなの前で発表すること | 8 | 9 |
漢字を書くこと | 9 | 7 |
計算をすること | 12 | 5 |
絵をかくこと | 13 | 5 |
ものを使って勉強すること | 13 | 5 |
タブレットを使って勉強すること | 17 | 1 |
1.インプットやアウトプット、学習への参加の方法を多様にすることで多様な学び方を生かす
①情報をインプットする場面で
上記のアンケート結果や児童の学びの様子を見ていて、最初に考えたことは情報をインプットしたり、アウトプットしたりする方法を多様にする=学び方の選択肢(オプション)を事前に用意するということでした。
はじめに、情報をインプットする場面の例として、国語の授業で、単元の初めに物語文や説明文を一読するという時間について取り上げます。これまでの授業では初見の文章に対して一人一文ずつ音読させ、さらに意味理解できるようにその文章を読んだ感想を書く、ということをしていました。
しかしながら、この方法では内容を理解するどころか、音読のスピードについていけなかったり、音読する順番が回ってくるという緊張で頭がいっぱいになってしまったりする児童がいます。そこで、表2のようにオプションをつけました。
すると一人ひとりが、自分が理解できそうだと思った方法を選択し、自分の感想を書くところまで辿り着くことができました。
ゴール | 当初の指導法 | バリアは何か | オプションとして |
---|---|---|---|
初見の文章を読んで理解する。 | 一人一文ずつ音読させ、さらに意味理解できるようにその文章を読んだ感想を書く。 |
こうして自分に合った方法で情報が理解できるという経験を積むと、他の教科の学びでも変化が見られるようになりました。例えば、社会科で玉ねぎ農家さんについて学習をした時のことです。児童から出た問いを解決するべく、教科書、資料集、動画資料、おすすめのwebサイトなどをオプションとして提供しました。
この時は教師から提示した情報だけでなく「もっといいサイトを見つけました!」と自分で探し出した情報をクラスに共有する児童も現れたのです。その情報も教室の新たなオプションとなり、児童の理解の助けとなりました。こうして、十分に情報をインプットできた児童は、自分たちでオプションを提案することにも意欲的になったのです。
②アウトプットに関するオプションの例
次に、アウトプットに関するオプションについて算数「小数」の事例を挙げて説明します。表3のように、バリアを特定しオプションを選択できるようにしました。
ゴール | 当初の指導法 | バリアは何か | オプションとして |
---|---|---|---|
小数の計算の仕方について理解したことを友達に説明する。 | 教科書は一度閉じて、個人で考える時間をとり、ノートに考えを書かせる。 |
児童は、表現する方法だけでなく、ノート、プリント、タブレットなど自分が表出しやすいツールを選択して取り組み始めました(図1、2)。さらには、複数の方法で表現できるようになりたいという児童も現れて、「コンプリートセット」の愛称で様々な表現方法を関連づけて説明する力をつけていく姿が見られました。
③学習への参加方法を多様にする
最後に、学習への参加方法を多様にすることについて説明します。上述したオプションに加えて、表4のように参加方法を選択可能にしました。参加方法が無意味に指定されることがバリアとなることもあるからです。
当初の指導法 | バリアは何か | オプションとして |
---|---|---|
個人で考える時間・ペアで話し合う時間・グループでまとめる時間、など教師が時間を区切って、授業を展開する。 |
選択肢を多様にすることで、他者と学ばなくなるのではないかという不安もあったものの、児童からは「みんなの前に出るのが緊張していたけど、3年生になって緊張が減りました。」「友だちと協力するのがすごく苦手だったけど、今は友だちや先生と協力することが増えた。」などという感想が聞かれ、他者と関わる学び方が苦手と感じていた児童も成長を実感したり、他者と安心して学べるという実感をもったりしたことがわかりました。
このように、事前にバリアを予測して、オプションがあったり、児童自身がオプションを提案できたりする授業デザインにすることで、多様な学び方を生かして児童が自分で調整しながら最適に学ぶ教室に近づきます。
2.用意した選択肢を選べない児童がいたらどうする?
①学習のゴールやなぜ学ぶのかがわかっていない
事前にバリアを想定して選択肢を準備しても、学びが止まってしまう児童がいることもあります。本記事で取り上げている事例のクラスの児童も初めから選択肢を上手に活用できていたわけではありません。これには、いくつかの要因がありました。
1つ目は、学習のゴールやなぜ学ぶのかがわかっていない、または腑に落ちておらずやる気にならないというパターンです。ゴールが児童に伝わる言葉になっているか、児童にとって意味のある学習になっているかという視点で、もう一度考え直す必要があります。この年の4月〜6月までの実践においては、「〜するにはどうすればよいのだろうか。」などの疑問文の形や「〜しよう」といった行動目標の形で提示していました(写真1)。
この日は「0や1のわり算の意味を理解することができる」ことが本時の学習のゴールでしたが、「わり算で表そう」という文言では、児童がゴールをイメージしにくく、共有することが難しかったのです。そのため、ゴールに辿り着くことが目的ではなく、オプションを選んで取り組むこと自体が目的となってしまっていました。
そこで、7月以降は1単位時間においても明確にゴールが共有できるように「〜することができる」という形で提示するようにしました(写真2)。
すると、学習のゴールを達成するためにオプションを選択しようとする児童が増えました。また、なぜ学ぶのかについては教師から提示するだけでなく児童からも「この学習をするとどのようなよいことがありそうか」という視点で「なぜ学ぶのか」についての考えを提案してもらい、共有するようにしました。児童から出てくる「なぜ学ぶのか」という発想はとても豊かで、教師が提示したものよりも周りの児童からの共感を得ることが多かったです(図3)。
②選択肢として示されてる学び方がわからない
2つ目は、選択肢として示されてる学び方についてがわからなくて、選べないというパターンです。この場合、学び方についてのよさを伝える機会を設けたり、「これとこれ、両方やってみてよかった方を教えてね。」「こんな時は、こっちがおすすめだよ。」といった声かけをしたりして、教師からおすすめをしてみることで「やってみようかな」と学びが進むことがありました。また、うまく学べている児童に「どうして、その学び方を選んだの?」と尋ねてクラスに共有してもらったり、うまく学べていない児童に「友達の学び方を見てきてごらん。」とよいモデルを見ることを促したりすることも効果的でした。
オプションを選べずに学べていない児童を見つけると、「何とかしなくては」と教師が慌てて教えてしまいがちですが、そのような時こそ「自分の学びを舵とる」ことを学ぶチャンスであると捉えて伴走することが大切だということを児童の姿から教えてもらいました。
3.デジタル/アナログの両方をオプションに取り入れることのよさ
多様な学び⽅を⽣かす授業デザインに取り組む中で、特に印象的だったエピソードがあります。この年は、自分の考えなどを文章にすることが苦手と感じている児童が多かった実態を踏まえ、学習のゴールが変わらない形でワークシートやボイスメモ、プレゼンテーションソフトで文章を作る方法もオプションとして提示しました。
その選択肢を最終的に一番活用していたのは、文章を書くことに特に苦手意識を感じていて、なかなか集中できずにいたAさんという児童です。Aさんは、オプションを自分で選んで学んでいく中で、少しずつ文章に表すことに慣れていき、苦手だと言っていた「手書きで書いてまとめる」という方法も選択するようになっていきました(写真3)。
さらには、学期末の自分の成長したことを振り返る時間には、「まえより文がながくかけるようになった。」から始まり、記入欄の枠をはみ出すほどの分量で自分のできるようになったことを手書きで作文していたのです。ここまでの内容を読んでいただいた方の中には「選択肢を多様にすると、同じ方法ばかり選んで苦手なことに取り組まなくなるのではないか」と不安に思った方もいたのではないかと思います。しかし、Aさんの学びの様子がそれに当てはまらなかったことから見ても、デジタル・アナログそれぞれのよさを教室に取り入れることで、多様な学び方が生かされ、適切に努力できる環境を整えることができると言えるのではないでしょうか。
また、アウトプットの方法が多様になっても1人1台端末の環境を活用し、アナログの成果物はカメラで撮影したものを提出するなどの形をとることで、教師が児童の学びを確認することも容易になります。柔軟に両方のよさを取り入れるという教師自身の発想も「一人ひとりが最適に学ぶ」教室には必要なのです。
参考資料
國嶋 朝⽣(くにしま あさき)
北海道深川市⽴深川中学校 教諭
公立学校勤務10年目。特に、特別活動や学級経営の分野に興味をもって学んできました。児童生徒にとって居心地のよい学びやすい教室づくりを目指して、実践を続けています。