英語で自分の意見を発信できる人材を育てる(後編) ネイティブとも堂々と渡り合える力を育成
前編では、さいたま市立浦和高校で2024年6月26日に行われた英語のディベート授業をリポートした。後編では授業者のバクロス サラ教諭、瀬戸山 敏教諭に加えて、英語科のディベート授業を最初に開発した浜野 清澄教諭と、「英語コミュニケーションⅡ」や別のクラスのディベート授業を担当する柿本 佳世子教諭にも参加いただき、世界に目を向けさせるテーマ設定や生徒たちの英語力の変化、英語ディベート授業に挑戦したいという他校の先生へのアドバイスなどを伺った。
世界の人たちと対等に議論できるように
社会問題やその切り口の理解を促すテーマを選定
——本日のディベートでは「Compulsory Voting(義務投票制度)」という難しいテーマを扱っていました。このようなテーマはどのように設定しているのでしょうか。
浜野清澄教諭(以下、浜野) 生徒に考えてほしい世界的な社会問題を、原子力利用のような伝統的なものから現代的なテーマまで、2年生で10テーマ、3年生の1学期で9テーマ取り上げています。3年生では、最近「代理母出産(Surrogacy)」を取り上げ、危険を伴う職業を選択する自由や、仕事とはどうあるべきかについても考えてもらいました。
以前、インターアクト部の生徒らのディベート世界大会へ同行したとき、世界の子どもたちが社会問題について、当たり前のように議論している姿を目の当たりにしました。私にとって、それは非常にショックな出来事でした。「Compulsory Voting(義務投票制度)」や「Sale of Human Organs(臓器売買)」などの難しいテーマで、日本人の高校生が世界に出たとき、彼らのようにアカデミックな議論ができるのか。当時の経験から、現在はあえて難しい社会問題をテーマに取り上げるようにしています。
——難しいテーマであっても、生徒たちが取り組みやすいような工夫を行っていますか。
浜野 テーマに関する知識はあっても、その知識をアウトプットするには訓練が必要です。そこでスタート段階では、肯定と否定の各立場の意見の理由を3つずつ、ヒントとして日本語の資料を配布しています。それは求める議論のレベルを示す意味も含まれています。それがなければ、どうしても稚拙な議論になりかねませんので。
バクロス サラ教諭(以下、バクロス) ただし、そうした日本語の資料もあくまでもヒントであり、そのまま使わないようにと、生徒たちに伝えています。日本語の資料を英語にするだけでは、翻訳の授業になってしまいますから。資料はあくまでも議論をイメージするものであり、自分たちで調べることが重要です。
また、本日の授業のように事前の準備がない場合は、日本語のヒント資料のほかに英語の最新データ資料も与えています。しかし、ヒントとは別の理由を自分たちなりに考えて、根拠も調べる生徒も増えていますね。それはとても嬉しいことです。
浜野 バクロス先生が最新のデータを付け加えてくれているように、英語科の先生方のさまざまなアイデアや工夫があって、今の形の授業になっています。子どもたちが世界に出たとき、同世代と同じ土俵に立って議論をしてほしい。ディベート授業は、そのための手助けですね。
——生徒たちに特に伝えていることはありますか。
柿本佳世子教諭(以下、柿本) いろんな教養や知識がなければ、英語は読むことも、話すこともできないと伝えています。どんなテーマでも自分には関係ないと思うのではなく、まずは知識として知ることが重要です。日本語で知識を持つことで英語も読みやすく、話しやすくなるはずです。また、生徒たちの直近の目標である大学入試でも、ディベート授業で取り上げたテーマが出題されるかもしれません。それらのテーマを英単語として覚えておくのではなく、ノートに自分の言葉で整理するなど、知識として理解しておくように指導しています。
瀬戸山敏教諭(以下、瀬戸山) 教養や知識の面では、英字新聞などで話題のトピックを生徒たちに読んでもらうこともありますね。たとえば日本での出来事が、世界ではどのように報道されているのか。そうした国際社会との関わりを実感してもらえるような工夫を行っています。また、英字新聞を読むことのもう一つのねらいは、生徒たち自身が英字新聞レベルの英文を読むことができると認識する点にあります。社会人が読むような英語の情報を、知らない単語を調べる程度で読めてしまう。それを実感してほしいという側面もあります。
浜野 ディベート授業でさまざまなテーマを考える中で、いろんな社会問題やその切り口を理解してほしいと思っています。生徒たちも18歳になれば選挙権を持ちます。正しく物事を判断して、政治的にどれが正しいのかという選択もしていかなければならない。いろんな話題や問題について議論して身に付けたバランス感覚を、新しいテーマに出会ったときにも同じだと気づいて活用してほしいですね。
——生徒から、このテーマで議論したいという提案もありますか。
バクロス 期末テスト後に、昨年だと「高校生に昼寝タイムは必要か」や「結婚に必要なのは、愛か、お金か」など、生徒たちが楽しんで取り組めるテーマでディベートすることもありますね。
段階を踏んでディベートスキルを育成
——生徒たちのディベートのスキルを上げていくための工夫を教えてください。
瀬戸山 ディベートのフォーマットをもとに、ステップを踏んでいくことを意識しています。主張文で使用される「AREA」を活用して、「自分の立場を主張する(Assertion)」「理由を述べる(Reason)」「具体例を挙げる(Example)」「もう一度主張する(Assertion)」の流れを、ディベート授業のない1年生のときから取り組んでいます。そうすると、2年生になってディベート授業を実施しても、1年次に培ったスキルがあるため、スムーズにディベートを行うことができます。
浜野 ディベートスキルで言うと、先日、アメリカの姉妹校から10人ほどの高校生が来日して、彼らと3年生がディベートを行うことになりました。留学生たちもアメリカの高校で2年間ほどディベート授業を受けており、ディベートには自信があったようです。しかし、結果はうちの生徒の勝利。ディベートスキルを含めて、英語ネイティブに対しても、自身をもって自分の意見を言うことができる生徒が増えていると実感しました。嬉しい出来事でしたね。
——日本人の中には、相手を傷つけないために自分の意見を言わない人も多くいます。その点、市立浦和高校の生徒たちはいかがでしょうか。
浜野 相手と反対の意見を言うことは、1年生の頃からディベートの準備で慣れているはずです。とはいえ、ディベートは競技性のあるゲームであり、賛成か反対かは強制的に指定されます。そのため、競技者は自分の意見を言っているようで、実は言っていないのです。そういう意味では、思考訓練として「自分の意見を言う」ことを演じているので、誰にでも取り組みやすい競技だと思います。そして、この思考訓練が、将来、本当の自分の意見を伝えるということへつながっていくと考えています。
ディベート授業導入の効果
4技能をバランスよく育成
——ディベート授業を始めたのはいつ頃からですか。
浜野 2018年から始めて、当初は2年生のみのディベート授業でした。それ以前からディベートにつながるような、主張の文章の作り方や質問・反論の仕方などを授業で扱っていたので、ディベートの方法だけを学ぶのではもったいないと思い、2年生から週1回ディベート授業を取り入れることになりました。
また、文部科学省が「大学入学共通テスト」に英語の4技能試験を取り入れることを検討していた時期でもあり、その対策としてディベート授業を始めたという経緯もあります。その後、「話す」試験はなくなってしまったのですが、ディベート授業は継続することにしました。
——ディベート授業の導入から6年が経ちましたが、授業の組み立て方などに変化はありましたか。
バクロス 当初は3人グループにして、1時間の授業で1人が肯定側・否定側・ジャッジの3つの立場を取り組めるように回していました。しかし、それでは生徒も大変な様子でしたので、現在の4人グループに変更して、1人がジャッジと肯定側、または否定側のいずれかの立場になって回すようにしました。
また、当初は授業の半分を準備に、残りの半分をディベートにする、インプロンプト形式に近いディベートを行っていました。しかし、生徒たちの様子を見ていると上手くディベートを進められていないように感じ、以降は1時間の準備を含めたプレパレーション形式のディベートも行うようにしました。
——現在は、3年生も1学期までディベート授業を行っています。その理由を教えてください。
瀬戸山 英語科の先生の中でも「せっかくだからもう少しやったほうがいい」という意見があったためです。3年生になった途端にやめてしまうと、2年生のときにできていたことが3年生の2学期頃には言えない・書けない状態になってしまうことが分かりました。それはもったいないことですよね。そのため、今年から3年生の1学期までディベート授業を実施することにしました。
浜野 本校には普通科しかありません。ほかの学校の先生からは、外国語科でもないのに、よく3年生でディベート授業を取り入れましたね、と驚かれることもあります。それは大学受験を控える生徒たちの、問題集を解く時間を削るということになりますから。それでも私たち英語科の教師は、世界に出たときに同じ土俵で意見を言えるような生徒を育てたいという想いがあります。そして、それはディベートで培えると考えています。
とはいえ、模試の結果が下がってしまえば、ディベート授業の時間を増やしたことが原因だと言われかねません。そのため、外部模試の結果などを分析するようにしています。直近の結果では、前年度と今年度の模試の平均偏差値を比較したところ、少し上がっていました。それはディベートによって、生徒らの表現力が上がっていることが理由だと考えています。今後も4技能を測る英語試験などを活用して、ディベート授業の効果の分析は続けていきます。
英語で話す・書くことへの抵抗が無くなった
——読み書きを主に行う英語の授業でも、ディベート授業の効果は表れていますか。
柿本 ディベートによる効果は他の授業でも実感しています。英語のリーディングの授業では、ただ読む、書くだけではなく、話すことも取り入れています。その中で教科書本文に関連するトピックを挙げて、それに対する賛成意見、反対意見を考えて、生徒同士で意見交換することは当たり前のようにできています。英語でお互いに発表することに対するハードルがすごく低いですね。それはディベート授業で自信を付けた効果だと思います。
瀬戸山 入試問題演習の自分の意見を書く問題でも、生徒たちは解答欄をはみ出すほどびっしりと英文を書いてくるようになりました。ディベート授業によって、自然と書く分量やスピードが上がり、書くことに対する抵抗がなくなっているのですね。使うことで動きがよくなっていると感じます。
浜野 6年間の変化で考えれば、例えば内進生の3年生が洋書を使用した授業で、ALTからの質問にきちんと英語で答えるようになりましたね。日本語よりも、英語の方がちゃんと答えているのではないかと思うほど、質問に対してきちんと答えています。ずいぶんと英語を使うことへの抵抗がなくなっていると感じています。
バクロス 以前は、英語を話すことに自信がないように見えました。今は生徒たちも自信を持って、「とりあえず話してみよう」という前向きな気持ちで授業に取り組んでいるように感じます。ディベート以外の英語の授業でも、英語で上手に発言できるようになっていますね。それはディベート授業の成果でもあるのかなと思います。
浜野 こうした状況は、外国語科であればあり得ることかもしれません。しかし普通科の公立学校で生徒全員がディベート授業に取り組むことができ、そして成果も表れている。それは、私たち教師の自信にもつながっています。特に今3年生が取り組んでいるディベート授業は、論題やスピーチの内容を踏まえると、日本でもトップレベルのディベートになっている自信があります。おそらく、このレベルは大学のディベートやディスカッションでも通用し、留学でも現地でアドバンテージを取れるほどのディベート力だと思います。
——現在のトップレベルのディベート授業は、中学3年生ないしは高校1年生のときから、生徒たちが積み重ねてきた英語力があるからこそですね。
浜野 そうですね。いきなりトップレベルは難しいと思います。しかし、じっくりと丁寧に授業を展開していけば、どの生徒もトップレベルまでディベート力を上げられると思います。正直、無理かもしれないと思っていましたが、生徒は付いて来ました。生徒のポテンシャルはとても大きく、いくらでも広げることができます。無理だと思わずに彼らの可能性を信じてほしいです。
生徒たちのポテンシャルを信じて
世界へ羽ばたく日本の高校生を
——最後に、ディベート授業を取り入れたいと考える学校や先生方へ、アドバイスをお願いいたします。
バクロス ディベートの流れを、わかりやすいフォーマットで組むことが大切だと思います。やはりディベートは発表する順番や方法などが細かく決められていて、生徒たちも混乱しやすいと思います。私自身、はじめは説明が上手くできず、生徒たちから「今、何をする時間ですか」と混乱させてしまったことがあります。それを避けるためにも、わかりやすいフォーマットと全体の流れがわかる指示などがあればよいと思います。
浜野 ディベート授業では3つほど気をつけるポイントがあります。1つは段階的に入れていくということ。いきなりディベートを実施することは無理なことです。本校でも高校1年生のときにディベートに必要なスキルを学び、ディベート授業は2年生から本格的に始めます。そうすると3年生になる頃には、毎週10分間の準備で即興的にディベートを行い、1学期だけでも9つのテーマをこなせるぐらいになります。それは2年間の蓄積があるからです。
もう1つは継続的にやることです。1学期はやったけど、2学期やらずに、また1年後の1学期にやることは無理だと思います。そうではなく、週に1回ずつ継続的にずっとやっていくということが大切です。
最後は即興性だと思います。やはり準備した原稿を読むということは、ディベートではなく、リーディングに近くなってしまいます。それでは考えたことを英語で出すという、頭の回路が作られません。ディベートを始めたばかりであれば、原稿をもとにディベートすることもよいと思いますが、最終的には原稿を読まない形にもっていくことが必要だと思います。それをシステマチックに、年単位で組んでいく必要があると思います。
英語が得意でない生徒のモチベーションアップにも
瀬戸山 バクロス先生や浜野先生がおっしゃったとおり、私たちが実践している授業では、段階を踏んだシステムを構築しています。この方法を取り入れることも、ディベート授業を取り入れる一つの方法だと思います。しかし、もしこの方法でも難しいと感じたら、学校に合わせて、その段階を作り直すことも重要だと思います。
以前に勤務していた学校でもディベートを実施したことがあります。その学校では情報処理科という学科があったのですが、彼らは特に英語が得意な生徒たちというわけではありませんでした。そのため、初めてのディベート授業は上手くいきませんでした。しかし、同じテーマで再度ディベートを行うと、非常に良いディベートが展開されたんです。
ディベートは勝ち負けのあるゲームです。やはり1回目に負けて悔しかった生徒もいて、次は勝ちたいと思い、2回目のディベートまでの間に設定した振り返りの時間の中で、勝つ方法を考えていたんですね。それが良いディベートにつながったのだと思います。その経験は、たとえ勝てなかったとしても、英語力が上がったという実感にもつながるはずです。
このように、もし授業を実施して上手くいかない場合は、同じテーマを繰り返すこと、反復性を加えることで、生徒たち自身で伸びようとする力が生まれてくると思います。最終的な結果が出るには時間がかかるかもしれませんが、ディベートのゲーム性をモチベーションに変えてみるのもの一つの手だと思います。
浜野 ぜひ、全国の学校でもディベート授業を取り入れてほしいですね。ディベートには勝ち負けがあり、ゲーム性があります。今までの英語教育にはそうしたゲーム性がなく、目的や楽しさがはっきり見えない部分がありました。その点、ディベート授業は生徒のモチベーションを作りやすく、もちろん教育効果もあると思います。小学校から英語を教科として学ぶようになり、全体のレベルもアップしてきています。学校によって、スピーチ時間を短くするとか、論題を簡単にするとか、準備時間を長くするとか、難易度設定も可能です。いろんな学校の先生方にディベートに取り組んでいただいて、世界へ羽ばたく日本の高校生を一緒に輩出していければ嬉しいです。
記者の目
ディベート授業を拝見して、生徒たちが楽しそうに取り組んでいる姿が印象的だった。ゲーム性のあるディベートの力を借りて、生徒たちのモチベーションをつくり、恥ずかしがることなく自分の意見を主張する。それは英語力の向上だけではなく、将来、意見を求められたときの準備としても、必要な訓練だろう。より多くの学校で、このディベート授業に取り組んでほしいと感じた。
関連情報
インターアクト部の基礎練習
初めに5~10分程度、英文の発音練習ソフト(CALLシステム)で、採点結果を見ながら、発音練習をし、その後ペアで様々なトレーニングをし、毎日1時間以上英語を話すそうです。その土台の上にディベート大会での入賞があります。
トレーニング例)
・1人が課題に合わせてスピーチをし、もう一人が相手の言ったことを要約して、意見を言ったり、反論したりする。
・単語の意味内容を英語でペアの相手に説明して、単語を当ててもらう。
・英語で絵の説明をし、相手にその答えを描いてもらう。
・写真を見てストーリーを作り、相手がその続きを考える。
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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