2016.03.29
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【先生たちの復興支援】さいたま市立海老沼小学校 教諭 菊池健一さん(第4回) 「自分の体験を作文にまとめる・・・そして、3月11日へ」

今回は、4回にわたってご紹介してきた、さいたま市立海老沼小学校 教諭 菊池健一さんの授業実践、その最終回です。

毎年3月には、東日本大震災を題材にした授業に取り組んでいます。震災のことを風化させず、次の世代に伝えていくことが私たち教師にも求められることだと考えています。今年度は国語科を核として、その他の教科等との連携を図り、東日本大震災を取り上げた学習を行いました。今回のレポートでは、児童が5年前の3月11日の自分や家族のことについて作文にまとめる学習を行ったことを報告したいと思います。

児童はこれまでに、東日本大震災を取り上げた新聞記事をスクラップして感想をまとめたり、被災地を取材した新聞記者から被災された方の話を聞いたりしてきました。また、自分や自分の家族が大震災のあった3月11日にどこでどんな行動をしていたか、そしてどんな気持ちだったかということを調べる活動も行ってきました。それらの活動を通して、児童は東日本大震災が過去の自分とは遠い地域の他人事ではなく、自分事として捉えられるようになってきました。

東日本大震災を自分事として捉えられるようになった児童は、国語の学習として、自分や家族が震災の時にどうしていたかということを作文に書く活動を行いました。これまで自分で当時のことを思い出したり、家族などに取材をして調べたりしたことを生かして、一番伝えたいと思うことを作文にしました。

取材メモや構成メモを活用して3月11日についての作文を書く児童

「わたしはその時『こわい』『はやくママに会いたい』と心の中で叫んでいました。」

「これまでで一番大きな地震だったので、お買い物をしないですぐに車に乗ってお兄ちゃんをむかえにいきました。すごくドキドキしていました。『みんな大丈夫かな』と思いました。」

「いきなり舞台にいた先生がびっくりする顔をした。それで、てんじょうからつるしてあったぼうをおさえていた。私は『どうしたんだろう?』と思った。そう思ったとたんに地面が大きくゆれた。」

など、子ども達の作文には3月11日の時の行動や様子、そして想いがリアルに表現されていました。きっと児童は、これからも東日本大震災について関心を持ち、積極的に震災を取り上げた記事やニュースに接するようになるのではないかと感じています。

予定していた学習が終わり、5年目の3月11日を迎えました。この日には児童と共に、東日本大震災を取り上げた新聞記事を読む活動を行いました。新聞各紙にはそれぞれ被災地を取り上げた記事がたくさん掲載されていました。被災地が少しずつ復興してきている様子を、夜の空から撮影した明かりのついている町の写真で伝えていたり、被災された方が人を守る仕事に就きたいと考え救命士になったという記事が取り上げられていたりしました。児童は自分が関心のある記事を食い入るように読んでいました。

新聞をスクラップする児童

どの児童のスクラップノートにも、被災地の方を思いやる感想と、今生きている自分がもっと自分や家族を大切に生きていかなければならないということが書かれていました。今回の学習を通して、児童が自分自身の生き方について考えるよい機会になったと考えています。これからも、強く、そして自分や家族を大切にしながら生きていってほしいと願っています。

児童のスクラップノート

これまで、4回にわたり東日本大震災を取り上げた実践を報告してまいりました。東日本大震災から5年が過ぎ、学校の中で震災について学ぶ機会が減っていると感じています。これから小学校に入学してくる児童は震災を知らない子ども達です。しかし、東日本大震災を通じて児童が学ぶべきことがたくさんあるように感じます。既存の学習を生かしながら、これからも東日本大震災を題材に授業を行っていきたいと考えています。

文・写真:菊池健一

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