2024.11.02
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『アイミタガイ』 人の縁が生むさざ波のようなちょっとした出来事が素晴らしい奇蹟を生む

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、亡くなった親友にメッセージを送り続ける女性を中心に描く『アイミタガイ』をご紹介します。

本当に人は「ひとりでは生きていけない」!?

 

(C)2024『アイミタガイ』製作委員会

「人ってさ、ひとりでは生きていけないとはいうけれど、実際はひとりでも生きていけるよね」と言った方がいた。

彼女によれば、例えば魚を釣ったり、肉をおろしたり、野菜を作ったりなど、生きていく上でいろんな人の手を借りるから、実際はひとりで生きてはいない。けれどもそれ以外のこと、極端に言えば友達がいなかろうと、恋人がいなかろうと、親類縁者、親兄弟がいなかろうと、人間は生きていこうと思えば生きていける…というのである。寂しいかもしれないけれど、究極を言えばそうではないのか…と彼女は言うのだ。

それを聞いた時、漠然と「そういうものだろうか? なんか違う気がする」と思ったが、今回『アイミタガイ』という映画を観て、その漠然感が消えた。人はやはり人と関わらなければ真っ当な人生は送れないのだ。

親友を失って時間が止まってしまった女性が主人公

 

(C)2024『アイミタガイ』製作委員会

この映画の主人公は黒木華演じる梓という女性。彼女はウエディングプランナーという縁と縁を結ぶ仕事をしている。私生活では“いつも何かとタイミングが悪い”恋人の澄人(中村蒼)との結婚に踏み切れずに悩んでいたりもする。そんな梓のことを、ずーっと見守り続けてきてくれていたのが、学生時代からの親友・叶海(藤間爽子)だ。叶海は現在カメラマンとして頑張っている。目下の目標は海外での撮影。それを何よりの楽しみとしていた。

しかし、その海外で、叶海は不慮の事故で亡くなってしまう…。

急な親友の死を受け止めきれないでいる梓は、返事が返ってこないことを知りながらも、いつものようにメッセージに自分の思いをぶつけ始める。そして澄人も傷ついた梓をひたすら見守り続けることになる。

一方、叶海の死を受け止めきれないのは、叶海の両親、父親の優作(田口トモロヲ)や母親の朋子(西田尚美)らもそうであった。と、そんなところに聞いたこともない某児童養護施設から、娘あてのカードが届いた。なぜ児童養護施設からカードが!?  といぶかしがる優作と朋子。またなかなか手をつけられなかった遺品整理を始めると、叶海が残したスマホには溜まっていたメッセージの存在を知らせる新たな通知が入っていた。それは梓からのメッセージ。優作は「叶海の突然の死を知らずに連絡しているのでは?」と心配するが、朋子は死をわかった上で自分たちと同じように死を受け止められずに時間が止まっていると文面から察して、特に何もすることなく、亡き娘のスマホに届くメッセージを読み始める。

一方、仕事上でトラブルを抱えていた梓は叔母からある年老いた女性・こみち(草笛光子)を紹介される。そのこみちとの出会いが思わぬ自分の過去のトラウマをこじあけるキッカケにもなっていく…。

喪失から再生していく人達の姿を描く群像劇

  

(C)2024『アイミタガイ』製作委員会

つまりこれは誰もが一度は味わう壮絶な喪失感の中での再生の物語。梓を中心に、全員が様々な喪失感を味わっている。そういう哀しみの中でいかに人が立ち上がっていくかが描かれているわけだが、その中で丁寧に描かれていくのが“人と人との縁”というもの。

例えばアナタが誰か、お年を召した男性にバスの中で席を譲ったとしよう。もしかしたら譲らなければ、その男性はバスの中で転倒してケガをして病院に行く羽目になっていたかもしれない。でもあなたのおかげで無事にバスを降りた男性は、その先である女性を事故から助けることになる。その女性がもしアナタの母親だったとしたら!? 

そう、誰も知らないところで、メチャメチャ間接的ではあるけれど、結果的には知らないところで縁が巡り巡って、あなたのところに来るかもしれなかった不幸をはねのけている可能性があるのだ。人に様々に起こりえるふとした選択が、誰かの人生を救っているかもしれない、または誰かの人生を不幸に突き落としていることだってありえるということだ。

いらない人なんていない

 

(C)2024『アイミタガイ』製作委員会

『アイミタガイ』はそんなひとりが放つそれぞれの縁を、それぞれのマンパワーを優しく肯定しつつ、だからこそ誰もが生きていく上で重要な一部を背負っていることを優しく教えてくれる作品なのだ。そう、いらない人なんかは誰もいない。人との出会い、他者との言動で起きた小さなさざ波は、巡り巡って自分のもとに何かの波を届けてくれるものなのだ。誰もが誰かの人生に何かを反映させているものなのだ。ひきこもって暮らしていたって、その行為そのものが誰かに影響を及ぼしていくものなのだ。「関係ない」なんてあり得ないのである。

そういった人々の輪の中で私達は誰かを心配し誰かに心配され、誰かを愛し誰かに愛され、生きていかねばならない。だから最初に言った、「ひとりで生きていける」というのは全くもってナンセンス…であることを、この映画はそっと語りかけてくれる。

なおタイトルともなっているアイミタガイとは、漢字で書くと「相身互い」。人々が助けあう心を指しているという。

故・佐々部清監督が温めていた企画を実写映画化

原作は2013年に発表された中條ていの短編連作集で、悩みを抱えた見知らぬ人間同士がささいなキッカケで巡り合い、アイミタガイし、日々を変えていく様を綴ったものだ。ちなみに中條ていは2012年斎藤緑雨文化新人賞を受賞している。

実はこの小説の映画化は、『半落ち』(2004年)や『ツレがうつになりまして。』(2011年)などを監督した佐々部清の企画だった。しかし佐々部監督が、2020年に62歳で急逝し、その企画を引き継いだのが『彼女が好きなものは』やドラマ『こっち向いてよ向井くん』の草野翔吾監督だった。そういう意味ではこの作品自体も様々なご縁があると言わざるを得ない。もし佐々部監督が中心に動いていたら、演じる役者も全く違う顔ぶれになったろうと思うからだ。

またこの映画には学校内の「いじめ」という問題なども出てきたりする。なかなか前向きにはなれない内容だが、それも負けることなく前向きに頑張れば、素晴らしい“縁”を築く可能性があることがわかる。ついつい億劫になったり、傷つくのが嫌で引っ込み思案になりがちな人間関係。でもそれが何かを生むと信じて一歩を踏み出す勇気を持ちたい。

Movie Data

監督:草野翔吾

原作:中條てい

脚本:市井昌秀、佐々部清、草野翔吾

出演:黒木華、中村蒼、藤間爽子、安藤玉恵、近藤華、白鳥玉季、吉岡陸雄、松本利夫、升毅、西田尚美、田口トモロヲ、風吹ジュン、草笛光子ほか

配給:ショウゲート

2024年11月1日(金)より全国ロードショー

(C)2024『アイミタガイ』製作委員会
『アイミタガイ』公式WEBサイト

Story

ウエディングプランナーの梓のもとに届いたのは、親友の叶海が亡くなった知らせ。恋人の澄人との結婚に踏み出せずにいる梓は、生前の叶海と交わしていたトーク画面に変わらずにメッセージを送り続ける。同じ頃、叶海の両親のもとに届いたのは、とある養護児童施設からの娘宛のカード。一体、娘はそこで何をしていたのか。両親は娘の過去を探り始める。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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