2022.12.05
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児童たちが話したくなる算数の授業とは(後編) 自分たちの何かを変えるために算数を使う

東京学芸大学附属大泉小学校の研究発表会で、5学年D領域「測定値の平均」の授業を行った神保勇児教諭。後編では、児童たちが話したくなる算数の授業づくりのポイントなどについてインタビューした。また、授業後に行われた協議会の模様もリポートする。

 

インタビュー

算数を学ぶのではなく、「算数で何かを解決するため」に学んでほしい

――2020年に施行された新学習指導要領では、数学的な見方、考え方がより重視されるようになりましたね。学習指導要領の改訂後、意識していることはありますか。

神保 算数を学ぶのではなく、「算数で何かを解決するため」に学ぶというところを大事にしたいと考えています。そのためにも、目的意識を持ったうえで、手を使って操作してもらうことを意識しています。今日の授業でいえば、少人数のクラスということもあり、児童たちにコップを使って水の操作をしてもらいました。これをやるとたしかに時間がかかるので、一般学級ではなかなか難しいかもしれません。ですが作業を伴わないと、自分ごととして捉えるのが難しく、「全体÷個数=平均」という計算式を覚えて終わり、となりかねません。

ただ、児童の数が多く、全員に作業してもらうのが時間的に厳しい場合は、教師が操作して見せたり、誰か一人を当てて前で操作してもらうなどの工夫が必要かもしれません。視覚的な情報があるのとないのでは、児童の理解も変わってくると思います。

――「データの活用」領域においては、どんなことを意識していますか。

神保 走り幅跳びや50メートル走の記録など、児童自身のデータを扱うのは大事だと思います。教科書の例題は数値もよくできているし、展開もわかりやすいですが、身近なデータのほうが自分ごととして捉えやすいでしょう。

このとき児童に意識してもらいたいのが、「自分たちの何かを変えるために統計を使う」ことです。おそらく多くの児童は「50メートルを○秒で走れるよ」と言うときに、最高記録のタイムを言うのではないでしょうか。しかし50メートル走のタイムを縮めたいなら、最大値だけでなく、平均値にも目を向ける必要があるかもしれません。また、度数分布とってデータの傾向を把握できれば、「大会でもこのくらいの力が出せるだろう」などといった予測も立てられるでしょう。このように、統計を使って日常の問題を解決できるような力を育むことも、統計教育の重要な要素だと思います。

算数の授業とは「数を使ってしゃべる時間」

東京学芸大学附属大泉小学校 神保勇児教諭

――神保教諭はファシリテーションに関する著書を出していますね。ファシリテーションに興味をもったきっかけはありますか。

神保 初任の頃、算数の授業で誰もしゃべらず、「答えだけを言って、終わり」という状況に困った経験があります。児童のノートを見ると自分の考えが割と書いてあったので、考えがあるのに言えなかったり、ただ自分の考えを言うだけで、お互いの意見がつながっていかない。そういう状況を改善する必要性を感じました。その手法としてファシリテーションに興味を抱き、今日に至ります。

――授業のなかでファシリテーションの技術をどのように生かしていますか。

神保 まず児童たちに主体的に話してもらうため、私のほうから「これでいいよね」という聞き方はできるだけせず、「〇〇さんはこう言っているけれど、皆はどう?」などと児童たちに問いかけるようにしています。そこでうなずいている児童がいたら、「いまうなずいていたけれど、どうして?」とさらに聞きます。このとき、多くの児童は「〇〇さんと同じです」で済まそうとします。ですがそこで終わらせず、「あなたの言葉で言ってごらん」と促し、自分の言葉で話してもらうことが大事です。実際、解決への道筋が同じでも言い回しは微妙に違っていたりするので、そこに引っかかる児童から疑問が生まれたりと、新たな展開へとつながっていくこともあります。

授業のつながりをつくることも、ファシリテーターの重要な役割です。その意味では、児童を当てる順番は大事かもしれません。今日の授業でいえば、まずコップの課題に取り組んだ3人の児童に発表してもらった後、ブロックの課題に取り組んだ児童に発表してもらうようにしました。水は水で話を完結させた後、ブロックも同じようにできるかを考えたほうが、話がつながりやすいからです。実際、授業の最後に「コップもブロックも(全体を個数で割って1つ分や一人あたりの量を出すという意味で)やっていることは同じだね」といった意見が児童から出てきたので、つながりをつくるという点においては上手くいったのかなと思っています。

――児童を当てる順番は臨機応変に考えているんですか。

神保 大抵の場合は児童のノートを見ながら考えています。たとえば、正解不正解がある問題については、答えが間違っている児童から先に当てるようにしています。正解している児童から当ててしまうと、不正解の児童が発表しづらくなるからです。また、式や答えなどを簡潔に書いている児童を最初に当て、考え方を詳しく書いている児童を後に当てると、話が深まっていきやすいのでおすすめです。

なお、この方法をとるなら、各自のノートを根拠にした発表にする必要があります。そのため私の授業では、デジタルホワイトボードの機能をもつJamboardに書き込みをしてもらい、発表の際にはモニターに写してもらうようにしています。

――最後に、学びの場.comの読者である先生方に向けて、メッセージをお願いします。

神保 私は算数の授業とは「数を使ってしゃべる時間」だと思っています。なので、たとえば児童たちから「個数で割る」という言葉が出たら、「その個数って何のこと?」とか「出てきた答えは何を表しているの?」といった聞き方をして、児童に説明してもらうことを重視しています。

これを1年も続けていると、そのうち児童たちのほうから「なぜ割るの?」などと質問してくるようになります。もし児童たちがなかなかしゃべらないので困っているという先生がいらっしゃれば、参考にしていただければ幸いです。

また、私が連載を受け持っている「教室つれづれ日誌」では、先生方が日頃ご指導されている算数の授業についてのお悩みごとや困っていることを募集しています。ぜひお気軽にお問合せください。

協議会

後日行われた協議会では、授業を参観していた先生方から「ならすことと、全体÷個数が同じということが児童の中で結びついていたのか」という疑問が呈された。

この疑問に対し、神保教諭は以下のように回答。

「当初の予定では最初に土をならす場面を見せることで、ならす方向に持っていっていこうとしていました。ですが授業では4人とも全部を足して割るという方向に行ってしまい、操作でならすという流れにはもっていけませんでした。計算が先行してしまったがために、操作してならした量と、全体÷個数の値が同じだという気づきを得にくい流れになってしまった点は、もったいなかったと思っています。

また、児童がもし『操作してならした量と、全体÷個数の値は違うんじゃないか』と疑問をもった場合、説明が難しく、実際に操作してみせるしかいまのところ手立てがありません。今後のこともふまえ、別の手立てを考えていく必要がありそうです」

一方、神保教諭の授業を評価する以下のような声が寄せられた。

「ビーカーに全部の水をまとめて入れた場面で、『え、混ぜるの?』と言っていた児童がいた。計算では足していたが、実際の場面と結びついていなかったのだろう。後に『こういうことか』と納得する瞬間があって良かった」

「(ビーカーに全部の水をまとめて入れた後、個数で割ることについて児童が説明した場面について)それまでの場面でも平均÷個数で計算していたが、実際の場面と結びついたことで、『だから割るんだ』と式の意味が深まる瞬間があった。授業の最初より最後のほうが式の意味が理解できたのだと感じた」


記者の目

日本数学会が大学生を対象に行った調査によると、平均の意味を問う問題の正答率は76%であった(日本数学会『大学生数学基本調査』に関する報告書」より)。平均の計算はできても意味を正しく理解していない層がかなりいるということだ。私自身「平均=ならす」という概念がなく、今回の授業で初めて学んだ。
児童たちにとっても「ならす」はなじみが薄いのか、授業中に児童の口から「ならす」という言葉が出てくることはなかった。だが、ビーカーに全部の水をまとめて入れるなどの体験を通して、頭の中の計算と実際の操作がつながったはずだ。神保教諭がインタビュー中に語ったように、自分の手で操作することで「意味」への理解は格段に深まっていくのだと感じた。

神保 勇児(じんぼ ゆうじ)

1981年宮崎県生まれ。大阪府公立小学校を経て、東京学芸大学附属大泉小学校に勤務。啓林館の教科書『わくわく算数』編集委員。著書に『学び合いコーディネートスキル60 子どもが進んで動き出す』(明治図書出版)、『算数ファシリテーション入門 子供がなぜか話したくなる』(東洋館出版社)など。現在、ファシリテーションに関心をもち、児童の合意形成を大切にした授業を目指し、実践を重ねている。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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