2018.12.19
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美術教育を考える(1) ~授業実践リポート~(表現・前編)

文化庁の機能強化にあたり、図画工作・美術科をはじめとする芸術科目に関する基準の設定も文化庁に移管されることとなりました。(日本経済新聞 2018 年 2 月 16 日)。美術教育と芸術文化とを一体的に考えていくことは今後ますます重要になってくると思われます。当企画では「美術教育と文化の関係」をテーマとして、美術教育の基本的な考え方や実践例をわかりやすく伝え、より多くの教育関係者に、美術教育の意義を理解していただくために、研究や実践に携わる3名の先生による記事を連載します。

第一回は、秋田県大仙市立西仙北中学校 田中真二朗教諭に、美術教育(表現領域)について解説いただきます。

美術って、どんな授業なの??

美術の授業と聞いて思い出すことは何でしょうか?自分の上履きや、風景画、自画像を描いたり、バターナイフの制作などなど。人によって様々な思い出があると思います。今回は美術教育(中学校)についての現状とりわけ「表現」の領域についてご紹介します。

これまでの美術科の課題と新学習指導要領が目指すもの

これまで美術科では,「創造活動の喜びを味わい,美術を愛好する心情を育てるとともに,感性や美術の創造活動の基礎的な能力を育てること」,「美術文化の理解を深め,豊かな情操を養うこと」などから目標を示してきました。しかし,中学校を卒業したときにどのような資質・能力が身に付き,何ができるようになるのかが具体的な姿としてわかりにくい側面もあった、と学習指導要領で振り返っています。

このような課題を受け、新学習指導要領では、「生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、美術文化について実感的な理解を深め、生活や社会と豊かに関わり態度を育成すること等について は、さらなる充実が求められるところである。」という改善点を挙げました。

学習指導要領解説 美術編 教科の目標と学年の目標及び内容構成等の関連(一部抜粋)

新学習指導要領の構造はみなさんご存知だと思うのでここでは割愛しますが、各教科の特質に応じてその教科の見方・考え方が示されました。美術においては「造形的な見方・考え方」です。これは、美術科の特質に応じた物事を捉える視点や考え方として、表現及び鑑賞の活動を通して、よさや美しさなどの価値や心情を感じ取る感性や、想像力を働かせ、対象や事象を造形的な視点で捉え、自分としての意味や価値をつくりだすことです。

この見方・考え方を使って、生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を高めていくことになります。生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力とは、造形的な視点を豊かにもち、生活や社会の中の形や色彩などの造形の要素に着目し、それらによるコミュニケーションを通して、一人一人の生徒が自分との関わりの中で美術や美術文化を捉え、生活や社会と豊かに関わることができるようにするための資質・能力のことです。

学習指導要領の「よりよく生きる」という言葉にもあるように、大きく捉えれば、美術を学び、造形的な見方・考え方を身に付け、より豊かに楽しく生きていこうではないか、ということだと思います。

最近では、東京藝術大学大学美術館にて次のようなイベントも開催されました。『幼稚園から大学まで美術教育の流れを体感する展覧会― 全国美術・教育リサーチプロジェクト2018 ―「美術の授業ってなんだろう?」

美術ってどんなことを学ぶの?

美術は、題材設定や指導計画など、子供の実態に応じて教師に委ねられている割合が大きい教科です。もちろん学習指導要領で定めた目標のもとに行わなければなりません。大きく分けて、「A表現」と「B鑑賞」の二つの分野を学びます。図のように、「A表現」の領域には「(1)発想や構想に関する資質・能力」と「(2)技能に関する資質・能力」の二つの項目があり、その中でも「(ア)感じ取ったことや考えたことを基にした発想」は絵や彫刻などで表現をし、「(イ)目的や機能などを考えた発想や構想」はデザインや工芸での表現となります。それぞれで「つくる」活動と「えがく」活動をしなければなりません。デザインと一言で言いましたが、表にもある通り三つの指導事項があるのです。例えば、「(イ)伝達を考えた発想や構想の力」を高めるために、教師Aはポスターで、教師Bはメッセージカードで、教師Cはパッケージデザインで、というように教師によって授業内容は変わってくるのです。

1年生では45時間、2・3年生ではそれぞれ35時間しかない中で指導計画を立てていきます。3年間で115時間。週に1回の大切な時間です。

美術は一体どんな授業をしているの? その1

題材設定や指導計画を委ねられた美術教師は、今どんな授業をしているのでしょうか。子供の実態、地域性、時代性も考慮して題材設定を考え、指導計画に関しては3年間(もっと言えば小学校の学びも理解しながら9年間)を俯瞰した指導計画を考えていく必要があります。今回は主に「表現」について、絵や彫刻、デザインや工芸の授業のうち2つの授業を紹介したいと思います。思春期の中学生ですので、自分のことを見つめる、自分の思いを表現していく機会が非常に重要になってきます。

絵や彫刻の授業 (つくる活動)

学年・教科:中学校二年 美術
単元:「新たな一歩を踏み出す靴」全11時間
目標:自己の思いや願いを基に主題を生み出し、材料や用具の特性を生かしながら構想を練り、意図に応じて自分の表現方法を追求して創造的に表すことができる。
指導者:田中 真二朗 教諭
使用教材・教具:紙(コピー用紙、画用紙、ボール紙、ケント紙、和紙など)、ハサミ、カッター、のり、ホチキス、絵の具

生徒の「行為」を取り上げ紹介するパネル

これは、自己の思いや願いを表す題材です。中学生の時期は、自分の思いを表に出すことを敬遠する傾向があります。しかし、表に出すことで他者とつながるきっかけとなり、さらに自分を客観的な視点で見ることができると考えています。日頃から感じている悩みや欲求、志や夢などを作品に込めて表すことで自分を価値付けすることにつながると思います。また、教師側は中学生の今を知ることになるのです。

機能性を追究する靴づくりはデザインの分野になりますので、今回は自分の思いや願いなどを表す靴づくりにしていこうと考えました。また、3年生に進級し、新たな一歩を踏み出してもらいたいという教師側の思いもありました。

生徒作品「優柔不断な自分が消える靴」

導入では、コピー用紙を一枚渡し、「どんなことができるかやってみよう」と投げかけます。生徒の活動を見ていると、切る、こする、結ぶ、穴を開ける、ねじる、編むなど様々な行為を試し、どんなことができるのか楽しみながら試行錯誤を続けていました。考えて試す、試してから考える、出来上がったものを見てさらに試す。「一枚の紙からこんなにもたくさんのことができるのか!」と驚きの声が上がります。これまでなかった考え方や、行為に触れることで多くの生徒が「紙」の可能性について考えました。「もっとこんな風にしてみよう」「これとこれを合わせら・・・?」などさらなる発想を広げるきっかけにもなっていました。

いよいよ、なりたい自分になるための靴を発想していくことになるのですが、この授業で生み出したテクスチャーをヒントに発想する生徒も多くいました。中学生のリアルな気持ちや願望、コンプレックスから発想し、どんな形でどんな方法で表すか構想をし、生徒の「行為」を取り上げ紹介するパネル実際に制作していきます。図の作品は、題名の通り、優柔不断な自分を変えようという気持ちが表されています。白黒はっきりしない自分を金色のラインによって流されやすい自分にさよならするという意味が込められています。作品を制作することを通して自分を受け入れ、次のステップを踏み出そうという姿勢につながったと思います。

今回、導入に遊びのようなことを取り入れて制作に入りました。一枚の紙から、自分のアイデアによって新たなものをつくりだす面白さを感じていたようです。あるものをそのまま使うのではなく、自分なりに試して、失敗をして、それでも諦めずに自分のイメージに近づけていく過程には、多くの学びがあります。多様な視点や行為から一つのものをリクリエーションする面白さに気づいたと思います。

自己表現をさせながら、同時に身につけさせたい力を上手く育むための工夫を教師が考える。どう学ぶか、ということを特に考えています。この授業では、「紙は何かを書くためのもの」という考えを一度壊し、自分の考えや行為によって紙という素材を再考するきっかけにもなったと思います。これからの社会にも必要となる能力なのではないかと思っています。

(後編につづく)

田中 真二朗(たなか しんじろう)

秋田県大仙市立西仙北中学校 教諭
教員10年目。美術を学ぶことを通して、様々な人やもの、コトとつながる面白さや可能性を感じながら日々授業をしている。

企画:内田洋行教育総合研究所 主任研究員 平野智紀
文・写真:秋田県大仙市立西仙北中学校 教諭 田中真二朗

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