2019.03.13
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美術教育を考える(6) ~新学習指導要領を見据えた学習指導の改善~(まとめ・後編)

美術教育と芸術文化とを一体的に考えるという観点から、当企画では「美術教育と文化の関係」をテーマとして、基本的な考え方や実践例をわかりやすく伝え、より多くの教育関係者に、美術教育の意義を理解していただくために、研究や実践に携わる3名の先生による連載記事を掲載します。
最終回(後編)は、これまでのまとめを兼ねて、兵庫教育大学の福本謹一名誉教授に解説をいただきます。

「対話的な学び」における視覚的対話と対話型鑑賞

美術教育では長い間「自己表現」が目指されてきました。美術を通して自己表現することは、自己アイデンティティーを確立する上でも非常に大切です。ただ自分だけの思考の傾向や表現力だけでは、想像力や発想を広げることには限界があります。そこで、友達の発想、表現工夫、見方などを参考にすることでより自分の表現を拡張することが可能になります。そのためには、表現過程で他者の考えを視覚的に鑑賞して自分の表現に生かす相互鑑賞、また鑑賞学習では言語的な交流を軸にした対話型鑑賞などの対話的な学びが有効になります。
表現学習におけるこの視覚的対話を促す相互鑑賞の有効性について、簡単に説明したいと思います。

図3

表現学習では、表現する楽しさを味わわせ、創造することへの興味と表現への自信を育てる学習過程(学習方法)を工夫することが大切なのは言うまでもありません。視覚的な相互鑑賞を組み込むことで、子供たち同士の工夫や気づきを視覚的に共有可能にするものです。発想が苦手な子どもでも考えるヒントを得ることができますし、模倣するだけでなく、自分のこだわり(競争意識に基づく自我意識の高まり)による表現の差別化の追及につながりやすくなります。この相互鑑賞を有効にするためには、発想・構想の機会を繰り返す造形的な問題解決学習を組み込んだ試行錯誤過程が重要です。小さなプロセスを段階的に組み込むことは、やり直す機会を保障すること、すなわち失敗を許容することにつながります。このことは、表現への苦手意識を克服し、自分なりにアイデアを生み出す力があることを実感できるようになります。この体験が蓄積して、創造することの価値を実感的に理解することにつながると思います。図3ではこの学習過程の教育的価値を図式化してみました。

鑑賞学習では、対話型鑑賞が「対話的な学び」を進める上では有効な例だと思います。ただ図画工作科での鑑賞学習は専科の先生方は別として、学級担任の先生方が苦手に感じる領域ですし、その場合には、積極的に国語との連携を図りながら進めてもらうことがいいと思います。例えば、光村図書出版の6年生の教科書には、「この絵、わたしはこう見る」といった学習単元が掲載されています。国語の場合には絵を読み取ったこと、感じたことを伝える文章を書くことが学習課題となりますが、絵を見て、感じたことを自由に話し合うこと(第一次)や自分の見方を伝えるための効果的な文章表現の工夫を考えること(第二次)、そして互いに文章を読み合って絵の見方や表現のよさを伝え合うこと(第三次)となっていますので、内容的には対話型鑑賞を組み込んだものとなっています。

対話型鑑賞では、知識は一方的に与えられるのではなく、対話を通して共有化され新たに構成されていくものだという考え方に立っている部分もあります。そのため、美術史などの見方とは違った子供ならではの見方が生まれてくることもあり、そうした見方を尊重しながら自他の考えを享受していくことが大切です。教師側にある程度の知識が求められることは否めませんが、その知識を供与するのが対話型鑑賞のねらいではありません。あくまで子供の主体的な鑑賞を対話を通して進め、見方を交流することが重要です。

図4

以前、ベラスケスの描いたラス・メニーナスという作品を対象として8人の先生方に鑑賞学習をそれぞれ提案していただいたことがあります[5]。図4は、そのウェッブ版のものです。その延長で対話型鑑賞をある中学校でやってもらいました。自由に話が進む内に、教師の「この絵には何人の人がいるのかな?その理由も考えて」という投げかけで中央の人物(国王夫妻)が絵に描かれたものなのか鏡に映っているのかによって、9人あるいは11人と美術史の定説に沿った答えが返されるのが多くを占める中で、ある生徒が「14、5人いるよ」と言いました。彼は「壁に掛かった絵にも人が描かれている」と主張したのです。他の生徒たちから「あれは絵に描かれた人物だ」と指摘され否定される中で、彼は、「そういうけど、他の人物も結局は絵に変わりない」と固執したのです。教師は、「興味深い視点だね。そういう見方もできるね」と共感しながら、ひとしきり討議をモデレートした後に、「キャンバスにはどんな絵が描かれているのかな?」と視点を変えて生徒間の議論を深めていきました。「画中画」という知識があればさらに面白い対話ができたかもしれませんが、想定外の異質な考えも許容しながら多様な見方を通して対話による学びが進行したのです。

子供たちの思いや想像力を最大化する投げかけの工夫や授業設計で深い学びを実現する

繰り返すようですが、新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業改善が求められています。「深い学び」は教科の特質に応じた「見方・考え方」を働かせ、知識を相互に関連付けたり、問題を見つけ解決策を考えたりすることとなっています。教師の側からすれば、子供のそうした学びを最大化して想像する力や主題化する力を育成する方略を持たなくてはなりません。

手元にずっと以前に小学校の1年生が朝の時間を利用してサインペンで描いた「サンタさんは今」という小さな生活の絵があります。右上には、覚えたての漢数字で十二月十四日と記されています。サンタさんが子供たちに届ける贈り物をそりに積み込む様子が描かれています。空からは雪が降ってきて、左隅には雪が積もった様子も描かれています。教師は、「サンタさんは今何をしているかな」と学級全体に投げかけることで、きっと子供たちは想像力を働かせてくれるだろうと期待したに違いありません。ただこの学級の子供たちが描いたモチーフは、サンタクロース、お星さま、もみの木、そり、雪、贈り物、トナカイの7種類に限られていました。描き方に個人差はあるものの似たような絵になったのです。この原因は、きっと12月14日という時期にあります。街中にはすでにクリスマスの電飾があふれています。同じような場面が出てきても仕方ありません。もし、これを7月の夏休み前に投げかけていたらどうでしょう。ある子はサンタさんが家族総出でプレゼントを用意している場面を描くかもしれません。別の子は南の島の海岸に寝そべってバカンスを楽しんでいる裸のサンタさんを想像するかもしれません。「サンタさんは今何をしているかな」という投げかけは、想像する力を育む期待が隠れています。でもタイミングを誤ると決して資質・能力をより引き出す有効な手立てにはなりません。

感性や想像力を育む機会は、学校教育の中で図画工作科や美術科の時間しかないといっても過言ではありません。新学習指導要領が資質・能力の育成を軸に教育課程が編成されることを期待されているのであれば、なおさらこうした学習指導や授業設計へのち密な見直し努力が求められているのではないでしょうか。

美術教育で文化創造をめざす

図5

長くなってしまいましたが、最後に美術教育における文化創造について少し触れておきたいと思います。

伝統・文化学習を美術教育でも扱っていくことはこれからも重視されると思います。東京都教育委員会が平成17年度の重点事業として取り組んだ「日本の伝統・文化理解教育推進事業」では、「国際社会に生きる日本人の育成」を目的として、都立高校の学校設定教科・科目「日本の伝統・文化」カリキュラムを策定して、図5のような具体的な教材集もまとめていました[6]。その中では、伝統・文化をただ継承する方向だけではなく、「新たな文化の単元」として生徒の視点で、生活との関わりを考え、文化を創造する意識を高める取り組みについても提案されていました。こうした取り組みは図画工作科や美術科でも重要な視点です[7]

昨年10月に美術教育を含む芸術教育の所管が文科省から文化庁に移行したことは周知の通りです。学校教育における美術教科と専門家養成が一体的に扱われるという状況になったことで,大きな期待がある一方, ある意味「美術を通した教育」の側面が薄れ,「美術のための教育」に変容するのではないかという危惧もあります。しかし、芸術の教育に関連する担当課が文化庁の芸術文化担当の参事官に移動するものの、図画工作科、美術科については従来通り中央教育審議会での検討が継続されることになるので心配はないと思います。ともかく、既存の大人の価値観や文化様態をシミュレートするだけでなく, 子供独自の眼差しで芸術教育を問い直し, 文化創造に接続することを期待したいものです。

SNS上では、芸術の専門家だけでなく、多様な人々の手による画像や動画が浮遊し、これからの美術教育のあり様を問う状況が生まれつつあります。こうした表現を支えるアプリやソフトが日々登場しており、誰でもプロフェッショナル・ライクな作品を可能とするようになっています。でも教育が問う資質・能力はそこでは問われません。コンピテンシー・ベイスト(資質・能力に根差す)のカリキュラム改革はグローバルな動きとなっています。新学習指導要領の目指す資質・能力を中核とする社会に開かれた教育課程の意味合いを確実に意識した学習指導の改善努力が求められています。学校現場で美術教育に関わっておられる先生方の教育的想像力や熱意に期待しています。

参考資料

企画:内田洋行教育総合研究所 主任研究員 平野智紀
文・写真:兵庫教育大学名誉教授 福本謹一

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