2022.08.05
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『長崎の郵便配達』田園調布学園中高生ディスカッション

長崎で郵便配達中に被爆した男性と英国人ジャーナリストの交流を、娘であり女優のイザベル・タウンゼンドの視点でたどるドキュメンタリー映画『長崎の郵便配達』。東京都世田谷区にある田園調布学園中等部・高等部で行われた特別授業では、映画を鑑賞した生徒たちと川瀬美香監督がディスカッションで、熱い意見を交換しました。映画に込めた監督のメッセージや、平和学習から得た生徒たちの学びなどを伝えます。

『長崎の郵便配達』田園調布学園中高生ディスカッション

■日時:7月22日(金) 
■会場:田園調布学園中等部・高等部 (東京都世田谷区)
■参加生徒:中等部1年生〜高等部2年生(16名)
■登壇者:川瀬美香監督

ドキュメンタリー映画『長崎の郵便配達』

©︎坂本肖美

『長崎の郵便配達』は、ちょっと不思議な視点の映画だ。2018年の長崎。女優のイザベル・タウンゼンドがやってくる。
彼女の目的は、彼女の父親で『ローマの休日』のモデルになったと言われているピーター・タウンゼンドが執筆したノンフィクション小説『THE POSTMAN OF NAGASAKI』とボイスメモを頼りに、郵便配達中に16歳で被曝した谷口稜曄(スミテル)氏に話も聞きながら、父ピーターと谷口氏の思いを紐解いていくというもの。
その上で長崎に落とされた原子爆弾の恐ろしさがくっきりと浮かびあがってくるという仕組みだ。

今回、田園調布学園が取り組んだのは、このドキュメンタリー映画を観て感銘を受け、有志で参加を決めた中等部1年生〜高等部2年生までの生徒16名が、メガホンを取った川瀬美香監督とディスカッションをするというもの。それこそ映画の感想から、核問題、さらにはロシアによるウクライナ侵攻まで、いろいろな問題を語り合うユニークな交流会となった。
先に映画を観た生徒たち16名は、それぞれまず観た感想などを記入したワークシートを提出。そのワークシートを読み込んだ川瀬監督から質問していくような形で交流会は始まった。

緊張しつつも積極的に意見を述べる生徒たち

「映画を観た後にこうやって作られた方とお話ができるのは、とても貴重な体験です。ぜひ良い時間を過ごしてください。高校2年生はこの後に実際に長崎に行きますので、そこに繋げていけるような機会にしてください」と山田智之先生に促されながら始まった交流会は、最初は正直、生徒たちの緊張もあってややギコちなかった。しかし、そこは1997年から続けている九州の学習体験旅行のなかで長崎を訪れ、被爆体験のお話を聞き、「原爆の図」を鑑賞して、原爆の恐ろしさと命の大切さについて学ぶなど、平和に関する学習に力を入れる「田園調布学園」の生徒たち。緊張の中でも積極的にまずは感想が述べられていった。

「平和とは、勝手に作られるものではなく、自分たちでイチから築き上げるものだと思います。平和な世の中になるためにはどうすれば良いのかを、一人ひとりが考えていくことが大切なのではないかと、この映画を通して感じることができました」という答えや、中等部1年生の生徒からは「戦争は何年に起きたとか、いわゆる知識でしか知らなかったんですが、本作を観て、例えば被曝された谷口稜曄さんの背中の皮膚がただれて真っ赤になっているような写真を見て、改めて戦争って怖いと感じました。それまで普通に郵便配達していただけなのに、普通に生活を送っていただけなのに、その幸せを壊してしまう原爆や戦争というものはダメだと思う。日本人の中にも(戦争に行って)戦っていた人もいますが、全員が別に行きたくて行っているわけではないはず。人を殺すのは怖いことだし、ダメなことを強制的にやらされていた人も多いわけで。被害者だけでなく加害者も辛い思いをするから、戦争はいけないと思いました。平和な世の中にするには、どのようなアクションを起こすべきなのか。それぞれが考えないといけないと思います。映画を見ていろいろと考えてほしいと思いました」と切実に意見を交えつつの感想が語られた。

またこんな感想も出た。
「イザベルさんはフランス人であるのに、長崎の原爆について知ろうとしている。そのことがとてもうれしく感じました。原爆についての話は、日本人が感じたこと、考えたことをメインに、日本人の視点で紹介されているものがほとんどです。海外の方がこの原爆をどのように思っているのかということを、知る機会はあまりなかったので、とても興味深いと感じました」

国の違うイザベルさんと組み、原爆を世界に伝える監督のチャレンジングな思い

そんな意見にひとつひとつ「ありがとう」と言葉を返していく川瀬監督。逆に監督からも様々な質問が飛ぶ。例えば前出の「海外の方が原爆についてどのように思っているかを知った」という生徒に対しては「外国の方が出ていたのが新鮮だったの?」と逆質問を。

「はい。海外の人がどう考えているのか知る機会がなかったので。新鮮でした」と物怖じせずにしっかりと生徒から答えが。すると今度は監督から「イザベルは実はフランス語と英語ができるんです。で、英語がせっかくできるなら英語で話したいということになった。それは英語を使ったほうが、世界中の方にお知らせすることができるという判断でした」と製作の裏話などが飛び出したりも。

「私もイザベルという国が違う人と長編の映画を作るのは挑戦でもありました。また日本国外の人にこういう内容が伝わるのか……というのも非常にチャレンジングでした」と監督自身の思いも語られていった。

また監督も非常にユニーク。「ステキなものを見させていただきました」とサラッと感想を述べた生徒に「ステキってなんだろうねー」と突っ込んだり、「もし私が被爆者つまり被害者の立場だったら、自分を傷つけた人を許すというのはとても難しいと思います。(敵国の人が)今更来たって……って拒絶してしまいそう。そうせずにインタビューを受けた谷口さんは……えーと、なんていうんだろう。ちょっと待って」と緊張で言葉を繋げなくなった生徒に「ちょっと待つ」と声をかけて笑いとともに緊張をほぐしたりも。

「(加害者の側の立場の方と被害者の側の立場の方が)対話するってすごいことだと思うんです。どっちかが関わりあおうとしなかったら対話は成立しないものだから。私もそれをやらなきゃいけないし、それをしたピーター・タウンゼンドさんと谷口さんはカッコいいなと思いました」と、前出の生徒は最終的に言葉を繋げたが、「カッコいいよね。私もそう思います」と監督も大きくうなずいた。こうして時間をかけて一人ひとり生徒と向き合っていく。

ウクライナ侵攻や核兵器の問題にも広がっていくディスカッション

事前に提出されていたワークシートには、今回のウクライナ侵攻に繋げて書いた人も多かったようで、最終的に話はそちらの方向にも広がっていった。

「ウクライナで子どもを含む民間人が殺されているというニュースを見て、何をやっているんだろう、と呆然としましたし、許せないと感じました。一刻も早く戦うことをやめて、話し合いで解決してほしい」

「歴史の勉強を学ぶ理由は、そういう過去の過ちを学んでいくからだと先生から聞きましたが、私もそれはその通りだと思いましたし、それをもう一度考えてほしいと思いました。戦争はマズいということをわかっておきながら、核を所有する大国が戦争を始めてしまっていることってすごいことだと思うんです」など、またまた生徒たちの様々な思いが交錯していく。そんな中で「学生もだけど大人たちも動かないと」という意見が出た時に、監督が動いた。

「義務教育で戦争に対していろいろ学んできた大人たちが多いのに、何をしているんだってことですよね。では大人たちは何をしたらいいんだと思います? どうなってほしいですか?」と監督が意見を挟んだのだ。

すると、
「ひとりひとり様々な人生があるし、そういうことを考えられない人もいると思う。子どもだって行動に移せないわけではないと思う。ただ今の生活を守らなきゃいけないわけで、そのためにはどうしたらいいのか、難しい」

「選挙権のある大人に限らず、今はいろんな人がネットなどで発信する機会があるし、こういう映画を見て考え直そうという機会がある。それを大切にしていくべきでは。少しでも意見を持つことで、人の意識が変わることで平和な社会は作られるのでは。だから些細なことから変えていくのが大事ではないかと思います」
などと意見が。監督も思わず「素晴らしい意見!」と拍手をした。

「映画を作った甲斐があります。私は平和というのは、皆さん一人ひとりの間に潜んでいるものではないかと思います。ちょっとずつの会話や日常にある幸せを諦めなければ、戦争のない世界に近づくのではないでしょうか」と応え、ディスカッションはどんどん熱を帯びていく。そうなのだ。答えを出すことが必要なのではない。ディスカッションをすることで「考える」ことが大切なのだ。

©️The Postman from Nagasaki Film Partners

他にも「どうして日本は核兵器禁止条約に批准してくれないんだろうと思います。国家間の立場とか全部ナシにしても、日本だけは最後まで『核兵器はダメだよ』って言い続けないといけないんじゃないかと強く思いました」という意見が生徒から出たりも。

またある生徒からは、この映画を見て小学5年生の妹に伝えたいと思ったという話が飛び出した。
「実際に本作を観た後、妹に『過去に原爆が投下された2つの都市はどこか知っているか』と聞いてみたんです。でも妹は2つとも知らなかった。原爆投下の直前に谷口さんが挨拶した小学生たちは全員亡くなりました。おそらく妹と同じくらいの年の子たちです。だからこそ、今、妹が過ごしている時間がかけがえのないものであることを知ってほしいと思いました」

こういった様々な思いを吐露しながら、時間がきてディスカッションは終了。監督からも「今日は大変貴重な意見と皆さんの思いを知ることができました。この映画を真剣に観てきてくれてありがとう。この経験は絶対に忘れません!」と強い口調で感想が述べられた。確かにこのディスカッションという形での交流会は、時間的には1時間弱のことだが、生徒たちの生涯にほんの少しでも戦争と平和を刻みつけることができる有効な授業になったと確信できた。

特別授業のねらい

今回、このイベントを牽引した山田先生に、実際にこういう機会を設けることで、生徒たちにどういう変化があるかを聞いてみた。というのも以前もこのページでレポートをさせていただいたが、『MINAMATA ミナマタ』でも映画を見た後に、映画のベースとなった写真集「MINAMATA」を夫のユージン・スミスと作りあげた妻のアイリーン・美緒子・スミス氏とネットを通じて交流するイベントを田園調布学園では行っていたからだ。

「関心は非常に高くなりますね。自分の中での体験の熟成度は違います。やはり授業ではある程度拡散してしまうところがありますが、まとまってドンと心の中に体験として入ってきますから。自分の中で動き出すキッカケにもなりますし、とてもいい刺激をいただいていると思います。田園調布学園ではできるだけ自分で考えて動いていくための機会を多く作りたいと思っているので。こういう機会があるだけで、違うと思いますからね」

また2年続いてこういう機会を得たことでそれをどう生徒たちが繋げていくか、良いチャンスになっているとも語ってくれた。

映画『長崎の郵便配達』

監督・撮影:川瀬美香 構成・編集:大重裕二 音楽:明星/Akeboshi

エグゼクティブ・プロデューサー:柄澤哲夫 プロデューサー:イザベル・タウンゼンド、高田明男、坂本光正 プロダクション・アシスタント:坂本肖美

企画制作:ART TRUE FILM 製作:長崎の郵便配達製作パートナーズ

出演:イザベル・タウンゼンド、谷口稜曄、ピーター・タウンゼンド

longride.jp/nagasaki-postman

2021年/日本/日本語・英語・仏語/97分/4K/カラー/2.0ch/日本語字幕:小川政弘 フランス語翻訳:松本卓也

配給:ロングライド  ©️The Postman from Nagasaki Film Partners  
8月5日(金)シネスイッチ銀座ほか全国公開

記者の目

こういう機会が新たな生徒の学びたい姿勢を推すキッカケになることもある。実際、緊張はしていたものの、しっかりと借りてきた言葉ではなく、自分の言葉で自分の思いを話し合いの中に託してくれた生徒たち。一人ひとりの心の成長に何かを促してくれたと感じとれた。

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