2019.03.13
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美術教育を考える(5) ~新学習指導要領を見据えた学習指導の改善~(まとめ・前編)

美術教育と芸術文化とを一体的に考えるという観点から、当企画では「美術教育と文化の関係」をテーマとして、基本的な考え方や実践例をわかりやすく伝え、より多くの教育関係者に、美術教育の意義を理解していただくために、研究や実践に携わる3名の先生による連載記事を掲載します。
最終回(前編)は、これまでのまとめを兼ねて、兵庫教育大学の福本謹一名誉教授に解説をいただきます。

「美術」の学びって?

「学び」という言葉をよく見てみると、子供の「子」を囲んで「ツ」マラナイなという気持ちを「ワ」クワクに変えるのが「学」で、そのあとに「び」が続いていますね。「び」は、美術の「美」でもあり、びじゅつの省略形かなと思ったりもします。つまり「学び」=美術教育そのもの?こんなことを言うと国語の先生に怒られそうですが、かつては「芸術教育論」ではなく、「教育芸術論」という考え方もありました。シュタイナーは、「知性は芸術において真の生へと呼びさまされる。活動欲が自由の中で芸術的に素材を征服するとき、責任感が実る。教育者や教師の芸術的感覚は学校の中へ心をもたらす。芸術的感覚は真剣さの中に楽しさを生み、よろこびの中に明確な性格を作り出す」[1]と言って芸術的感覚を教師が備えることの重要性を唱えましたし、19世紀の終り頃ドイツで新教育運動という教育の改革機運が生まれた際に、芸術的精神を教育の中核原理に据えることを訴えた教育芸術論というものも登場しました[2]

ともかく、「学び」をどう子供のものにしていくのかは、美術教育に限らずとても大切です。1970年代にアメリカの鑑賞教育の本で「Joyous Vision」[3]というのがありました。訳すと「見ることの楽しさ」「ワクワクする視覚」とでもなると思いますが、この言葉が大好きです。学びと楽しさを一体的なものとして「Joyous Learning」と言いたいものです。学習は英語でLearningと動詞形になっているところもミソ。学びの「過程」を楽しむことを示唆していますよね。すなわち、Joyous Learningは子供の主体的な学習の探求過程で生まれる喜びではないでしょうか。ついでに、学びの楽しさと言えば、エデュテインメントという言葉もあります。教育Educationと娯楽Entertainmentをくっつけた造語ですが、活動を楽しんでいるうちに自然に教育的なねらいが達成されるような学習過程やそのツールを意味しています。アメリカのフロリダには、ディズニーワールドのそばにエプコットというウォルト・ディズニーが造ったエデュテインメント施設があります。ライドに乗ったり、360度の映像を楽しむうちに農業について考えたり、世界の国々の文化に触れたりすることができます。学びの楽しさこそが、「主体的・対話的で深い学び」につながると言っても過言ではありません。

前置きが長くなりましたが、美術教育の本質は学びと楽しさが一体化していることにあるのではないかと思います。日頃からどの教科の学習においても「楽しさ」をキーワードにしたいものです。
この企画は「美術教育と文化」となっていますが、今回は、前回までのお二人の先生方の授業実践等を踏まえながら、新学習指導要領を踏まえた図画工作科、美術科の方向性や課題を通して美術教育の学習指導について考えてみたいと思います。

新学習指導要領の求めるもの

図1

新しい学習指導要領の改訂が目指すところは、ご存知のように(1)社会に開かれた教育課程の実現、(2)育成を目指す資質・能力を三つの柱で整理、(3)主体的・対話的で深い学びの視点からの学習過程の改善です。

資質能力の三つの柱は、(1)知識及び技能、(2)思考力、判断力、表現力等、(3)学びに向かう力、人間性等ですが、大切なのは、これが習得→活用→探求のように一方向の学習過程を指しているのではなく、三つの資質・能力が双方向に働き合いながら循環的に形成されるものであるということです。この図式が三角形で示されていることには、そういう意図があります。子供たちが材料や造形的課題解決に取り組む中で「あっ、なるほどそうか」と実感的に概念的知識として理解することもあるでしょうし、「なかなかいいじゃん、もっとやってみよう」と学習意欲が増幅して、苦手意識を克服し造形の思考力が深まることもあるはずです。図1(筆者作成)では, 美術教育における資質・能力の三つの柱と指導事項の関係を図式化したものです。評価を含む学習指導の方向性については、中央教育審議会の教育課程部会が平成31年1月にまとめた「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」を参照してください。

図2

そして、これらの資質・能力は、教育課程を通じて最終的には(1)「生きて働く」知識及び技能の習得、(2)「未知の状況にも対応できる」思考力、判断力、表現力等の育成、(3)「学びを人生や社会に生かそうとする」学びに向かう力、人間性等の涵養につながることを期待しています。
同時にこれらの資質・能力を実現する授業を質的に高めるために「主体的・対話的で深い学び」による授業改善が求められているのです。
このような新学習指導要領の方向性を概念化すると図2のようになると思います。

図画工作科・美術科における「主体的・対話的で深い学び」を目指す授業改善

このことを美術科に引き付けて考えると、「主体的学び」では特に日常的気づきや主題の創出が鍵となります。「対話的な学び」では、相互鑑賞や対話型鑑賞が思い浮かびます。「深い学び」に関しては、試行錯誤による造形的課題解決を図ることの重要さが関わってきます。もちろん、こうした区分が大事なのではなく、これらの要素が相互に関わりあって一体的に豊かな学びを紡ぎだすことにつながることは言うまでもありません。

「主体的学び」における日常的気づきや主題を生み出すことの大切さ

「主体的学び」を支える学習者側の要素には、学習動機、学習方略、メタ認知などがあると言われていますが、学習動機を高めることは、簡単にいかないこともありますし、学習そのものや美術に対する学習性無力感、すなわち苦手意識を軽減する教師側の方略も求められます。

「主体的な学び」を誘発する上で日常的な気づきが大切であることを前回の鈴野江里先生の鑑賞活動が教えてくれています。「美しいもの集め」という日常に目を向けた収集活動を通して豊かな鑑賞学習として発展させる実践は、鑑賞の対象の問題(美術作品のように制度化されたものだけでなく、美が日常に遍在すること)に関わっていますし、「造形体験」だけに眼が行きがちなところを「美術とは何か」や「造形的な見方・考え方」を考える契機になったり、「奇想の陳列棚」(Cabinet of Curiosities)のような歴史的な蒐集行為との共通性を考えることにつながったりします。

日常へのまなざしを基に主体的な学びに接近させるにはこうした日ごろの目配せが大切です。以前ある中学校の授業を見させていいただいた時のことです。廊下を歩きながら、壁に額入りで掛かったゴッホの複製絵画を通り過ぎようとした際、「もう色褪せてそろそろ廃棄しないといけないんですがね」と担当の先生がおっしゃいました。確かに色褪せてしまった状況は、複製画としての価値を喪失しているように思えますが、色褪せているからこそ、「元の色彩はどうだったのだろうか」「あなたならどんな色使いをするかな」と鑑賞視点や色彩学習の契機にすることも可能です。

学びへの主体的な取り組みを強化するためには、学習指導要領で強調されている「主題を生み出すこと」の経験を積み重ねることも大切です。これは、図画工作科の「表したいことを見付ける」、美術科の「主題を生み出す(主題の創出)」、高校の芸術(美術)における「主題の生成」へと一貫して重視されています。以前別のところでも触れましたが[4]、風景を描くことにしても、風景にどう感動し、どのような思いをもったのか(主題)を中心にした表現工夫を追求することが求められています。

主題を生み出すことは、教師の提案する課題をそのまま受け止めるのではなく、子供個々がどう課題や対象と向き合ったかどうか、その質の深まりが問われるものであり、その掘り起こしには時間やそれなりの手立てが必要になります。風景の中に電車を描いた作品でも、「田園の遠景として電車を入れた」だけでは主題性とのかかわりは何もありません。ただ電車が走っていただけなのです。しかし、「自分の町の過疎化を強調したい」(主題)ために、「ワンマン電車をあえて田園の奥に小さく入れた」という工夫や、「廃線のような雰囲気を出したい(主題)」ので、「線路を描く際に遠近法を強調すると同時にくすんだ色で描く」という工夫、あるいは、「電車の通過した音の余韻を表現したい(主題)」ことから「踏切のカーブミラーを大きく描いてその中に電車を配して遠ざかるイメージを強調した」など、主題と表現工夫が絡み合ってこそ、表現の意味が認識されます。

デザイン活動においても同様です。何かを伝えるポスターのデザインを取り上げてみましょう。ポスターと言えば、交通安全ポスター、環境保全ポスターといったものに応募された経験もあるのではないでしょうか。その場合、最初からメッセージとなる文言も大きさも四つ切と決まっていたりします。この交通安全とか環境保全というのは、テーマの条件範囲内でどんな安全の訴えをしようかな、どんな環境保全をしようかなと自分なりに解釈することが大切ですよね。

例えば、ビニール袋やポリ袋、プラスチック廃棄物が海洋汚染につながっていることに対して自分たち一人ひとり何ができるのかを考えてみることが主題につながります。さらに言えば、デザイン学習としてポスター原画を作ることだけが大切なのではなく、その主題を伝える表現手段を考えることも重要です。

写真1

プラスチック廃棄物等が海洋汚染につながっていることに社会的な課題を見出して、それを多様な表現に結び付けたものの例はたくさんあります。写真1は、アメリカのカリフォルニア州にあるモントレー水族館に展示された、廃棄物を集めて海の生き物(ここではウミガメ)に見立てた立体造形です。(これは米国在住の日本人造形作家Sayaka Ganzさんの作品)このようにメッセージを自分なりに考え、独自の伝達方法を工夫することにつなげることが理想です。中学校美術科の時数を考えると難しい部分もありますが、一枚物のポスター原画をなぞってみることが大切なのではなく、そうした主題と表現方法の関連を考えた実践が大切です。

前々回の「美術教育を考える(1)」の田中真二朗先生の「新たな一歩を踏み出す靴」の実践では、さまざまな造形の発想動機を基に生徒一人ひとりが、夢や願望に近づくシンボルとしての靴を創造していく実践でも主題の創出のプロセスが非常に大事にされています。

図画工作科でも、デザイン的な課題で校内の部屋の案内板をつくる実践がありました。でも校内の図工室や家庭科室、校長室などは子供たちにとっては、既知の場所であり、わざわざ案内表示を考える価値は低いのではないでしょうか。外からのお客さんに対する案内表示であるなら部屋のサイン計画ではなく、案内の方法を考えることが重要になります。その場合も玄関に設置する案内図のデザインといったことだけでなく、新聞紙で足跡をたくさん切り抜いて図工室まで貼って案内することだってできますよね。しかも廊下の床だけでなく壁や天井を伝ったり、途中で鳥や恐竜の足跡などに変化したり、あるいは回り道をしたり。(新聞紙が何枚あっても足りませんね)途中でクイズを解きながら案内することだってあり得ます。案内する方法は大人の世界の「効果的」で「合理的」で「効率的」なデザインを基準にしなくても、子供たちが「楽しい」仕掛けや「心をくすぐる」案内の方法を考えることがあってもいいのではと思います。

参考資料
  • [1]新田義之編『ルドルフ・シュタイナー著作全集31教育と芸術』人智学出版社1986,、p.25
  • [2]荒巻 敦「授業における指導の芸術性-E.ウェーバーの教育芸術論を手がかりに」日本教育方法学会紀要「教育方法学研究」第22巻1996年pp.31-39
  • [3] Al Hurwitz,、 The Joyous Vision,、Prentice-Hall in Englewood Cliffs. 1977
  • [4]福本謹一「教育的想像力をもとにした学習評価と指導の改善に向けて」『中等教育資料』文部科学省,、 学事出版,、 MEXT65,、 No.914,、 2012,、 7,、 pp.38-43

福本 謹一(ふくもと きんいち)

兵庫教育大学 名誉教授
元国立大学法人兵庫教育大学教授、理事・副学長。中央教育審議会教育課程部会芸術ワーキンググループ主査、中学校学習指導要領美術改訂作業部会主査等を歴任。専門は美術教育学。InSEA(国際美術教育学会)世界大会、ユネスコ芸術教育世界会議での基調講演をはじめ国際的な共同研究活動も行っている。

企画:内田洋行教育総合研究所 主任研究員 平野智紀
文・写真:兵庫教育大学名誉教授 福本謹一

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