みなさん、こんにちは。
今回は私と「アクティブラーニング」との出会いについてお話します。
2014年12月に中央教育審議会は大学教育・高等学校教育・高大接続のいわゆる「三位一体」の改革を答申しました。そして、いわゆる「アクティブ・ラーニング」が、国の政策として注目される直接のきっかけとなりました。そのころ、他校の先生と酒を酌み交わしながら会話したときの私の言葉です。
「どうせまた文科省のきまぐれで、元に戻るに違いない。」
「第一『ゆとり教育』のときがそうだった。結局、大学入試が変わらなかったから、現場は混乱するだけで、なんにも変らなかったじゃないですか!」
私の話を聞いていた、その先生は「いや、今度の答申は内容的に見てかなり踏み込んだ表現をしているし、文科省は本気です。すごいですよ」
と、おっしゃったのですが、私は全く聞き耳を持ちませんでした。週5日制の導入と時を同じくした「ゆとり教育」の時代の混乱に、さまざまなトラウマがあったからだと思います。
それが、なぜわずか1年と数か月の間に、私がアクティブラーニング(以下ALと略します)型授業にどっぷりとはまり込んでしまったのか!
そのきっかけを作ってくださった、3人の恩人をご紹介したいと思います。
1.酒井淳平さんのこと
10数年来の友人で、この「教育つれづれ日誌」執筆者でもある、立命館宇治中・高等学校の酒井淳平先生(数学)から、文部科学省の研究指定をうけて、自身のキャリア教育(CSL=キャリア・サービス・ラーニング)の研究授業をするから見に来ませんか、というお誘いを受けたのは、2014年の夏でした。
「キャリア教育の授業を、ワールドカフェ方式でやります。」
「ワールドカフェ?なんのこっちゃ。このごろはカタカナばかり。ファシリテーターやら、ジェネリックスキルやら、コンピデンシーベースやら・・・。何が何だかわからん!日本人なら日本語でやるべきじゃないのか?」
いろんな思いがよぎったのですが、同時に進路指導主事として7年、そろそろ自分のキャリア教育に限界も感じていました。地方私学の生徒の多様化や学習成績の低層化に接して、これを打開するために何かヒントはないのだろうか?
2014年11月7日に、私は京都・宇治に向かいました。しかし、新幹線が京都駅に着くまで、ずっと悶々としていました。
研究授業は、酒井先生が体験されたサモアでの暮らしを題材に、いまのサモアに必要なこと、いかなる仕事が必要かを考えたうえで、人はなぜ働くのかという問いに対し、みんなで考えるグループ学習でした。生徒たちがいきいきと、たくさんの見学者を気にすることもなく、お互いに意見を交わし深め合い、そして自分なりの職業観を完成させていました。「自分はなぜ働くのか?人はなぜ働くのか?どんな働き方をしたいのか?」酒井先生の問いに対して、生徒たちは主体的に答え、黙々とワークシートを埋めていきます。私は、目からウロコが落ちました。
と同時に、これ(キャリア教育)ならできるかもしれない。自分でもやってみようと思ったのです。
CSLがPBL(Project Based Larning)の先がけの1つの例として、生徒が街の中へ出て行き、町おこしその他の社会活動に活躍していることは、酒井先生の投稿でみなさまよくご存じだと思います。本校もそうすべきだと考えましたが、その前にまずは授業をやってみようと思いました。
帰校してから酒井先生に頼んで、さきに「Career guidance」誌でも紹介されていた「なぜ学ぶのか」授業キットを一通り送っていただき、まずはそれをまねする形で、2015年の3月に1年生のキャリア教育でやってみました。アンケートの結果「友達と学びあうことで、思いもしなかった気づきがあった」とする感想がほとんどで、講義形式よりも生徒の活動を入れた授業の方がキャリア教育には向いていると実感しました。
2.溝上広樹さんのこと
しかし、ALを普通教科で使うことには、まだためらいがありました。はたして教科書が終わるのか、受験に対応できる基礎学力がつくのか、不安でしたし、これまでのセンター試験や2次試験対策で培ってきた詰込み型の教育を捨てることにも不安があったのだと思います。2015年の4月から、中学3年生の社会(公民)を受け持ち、たまたま東京書籍の教科書がそれに適したつくりになっていましたので、AL型で授業を始めました。しかし、グループ学習を始めてもうまく場を回すことができなかったり、主体的に参加する生徒とそうでない生徒がいる、など指摘されているような悩みも持ち始めました。
そんな時期に、熊本県立苓明高等学校の溝上広樹先生(生物)とSNSでつながりました。
溝上さんは私の地元である熊本を拠点に、「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」という学校の壁を越えた教員同士の研さんの場を組織されていて、「6月に熊本で小林昭文先生の勉強会をやるので来ませんか?」というお誘いを受けました。ちょうど『アクティブラーニング入門』(産業能率大学出版部)が出た頃です。小林先生の勉強会はとても有意義で素晴らしかったのですが、これまでの20世紀型教育は「監獄モデル」であったこと、教師は教壇を降りて学び手の一人になるべき、と言われて驚天動地!、椅子からひっくり返りそうになりました。古いパラダイムのもとで20年以上も教師生活をしていた私にとっては、PDCAサイクルがPTSDサイクルに見えたほどの衝撃でした。
けれども、私が感心したのは、溝上さんをはじめとするこの会の安心・安全の場づくり、私のような初心者でも迎え入れる大らかさ、です。また、生物学の研究者としても知られる溝上さんですが、会の終了後も出口に立って、参加者が書いたリフレクションシートを一人ひとり自分の手で回収し、目を見て深々とお辞儀されていました。この姿勢の素晴らしさ!参加者は否が応でも、次回の例会にも参加しようという気になります。私はそこにチーム作りの神髄を見た気がしました。
天草で行われた、溝上さんの研究授業を拝見すると、看図アプローチ、ジグソー法、ポスタ―セッション、KP法など、実にさまざまな手法を使って、生徒たちの自主的・主体的な学びにスイッチを入れておられました。しかもそれが、これみよがしでなく、自然と50分の授業デザインの中に展開されているのには驚きました。綿密な授業デザインこそが、学びの場を生きたものにするのだと確信しました。
私の中学公民のAL型授業は、そのころからみるみるうちに変化が出てきました。何も言わなくても生徒たちはグループを作り、活発に意見を交わし、リフレクションにも実に多くのことを書きます。ディベートも盛り上がり、探究活動もするようになりました。生徒も私も「慣れた」こともあるでしょう。しかし、授業の前提として安全安心の場づくり、チームづくりが徐々に浸透したことは大きかったと思います。
3.皆川雅樹さんのこと
とはいえ、自分の専門教科である高校日本史のAL化には、最後まで逡巡していました。受験教科としての日本史として、圧倒的な採択率を誇るある教科書を使っていますが、400ページ以上もあります。覚える内容が多い日本史。しかも、専門教科であるゆえ、ただでさえ話がふくらみがちな日本史をAL化できるのか?ずっと疑問でした。
そんなとき、高校日本史でAL型授業を実践されている専修大学附属高等学校(当時)の皆川雅樹先生(日本史)の存在を知りました。皆川さんは日宋貿易や国風文化を研究する、れっきとした歴史学研究者です。歴史学には学問としての深い考え方があります。その歴史学的アプローチと、受験に必要な歴史用語の定着とをALによっていかに実現されているのか、私はどうしてもご意見を聞きたくなりました。
そこで2015年の8月に、杉並の専大附属に思い切って皆川さんを訪ねました。夏休み中ということもあり、授業を拝見することはできなかったのですが、たまたま所属の日本史担当の先生方全員で、2学期の授業計画を立てられていました。私はその会議を見学させてもらったのですが、ホワイトボードには、「10:00チェックイン、17:00チェックアウト」と記され、そのあいだに細かな予定が書き込まれています。9月に鎌倉時代後期から始め、12月までに江戸時代の田沼政治までを終えることを前提に、綿密な授業計画を練られていました。
驚いたのは、「2学期を貫く授業テーマを1本たてよう!」「生徒たちが歴史を『自分ごと』にできるテーマを探そう!」と呼びかけられ、若い先生も積極的に発言して、ついに「お金(銭貨・貨幣)の歴史」というテーマを中心にくくられたことです。のちに「コースデザイン」という言葉を知ることになるのですが、私の学校で、教科の先生全員で授業計画を立てたことはなく、しかもテーマ(学期を貫く問いにつながる)を定めるという経験もなかったので、これもまた目からウロコでした。
私は皆川さんに伝えました。「皆川先生の卒業生のインタビュー記事を見ました。その中で『皆川先生のおかげで、高校時代に培われたものの見方や考え方が、大学に入ってから役に立っています』と語られていて、とても感動しました」と。ところが皆川さんはこう答えました。「私の理想はですね、卒業生たちから『あのころ日本史頑張ったよね。みんなで協力して調べていろんなこと学んだし、楽しかったね。ところで、先生(担当者)って誰だっけ?』と言われることです!」
あくまで学びの主体者は生徒なのだから、教師の印象が記憶として残らなくても、学びそのものが記憶されればそれでよい、ということでしょう。私がこれまで培ってきた教育観が、音を立てて崩れていく瞬間でした。
2015年9月から、私は高校日本史もAL型に転換しました。センター対策課外も一部ジグソー法を取り入れるなど、学び合いの場を作りました。学びの主体者は生徒であるという視点に徹した結果、授業はドラスティックに変化し、すこしずつ歴史的思考力を養える場になったと感じています。
むすびにかえて
私は、ALの世界にひっぱり出してくれた、この3人の若き先達者にとても感謝をしています。まさに、恩人です。また、この先生方のおかげで、全国のさまざまな先達者とつながり、ヒントをいただき、授業改善に役立たせていただきました。ありがたいことです。
この3人の恩人に共通するのは、類まれなアクティブラーナーである、ということにつきます。現状に満足せず、すこしでも高みに近づこうとする貪欲な学習意欲は、生徒たちにとっても、ついて行こう、ともに学んでみようというモチベーションにつながったことでしょう。
教室を社会とつなげ、真に学び続ける第二・第三のアクティブラーナーを育てるため、微力ではありますが、私も残りの教師人生を生徒と共に励む覚悟ができました。教師としてのマインドセットをリセットし直し、一から学んでいきたいと思っております。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回は「アクティブラーニングのジレンマ」について、お話する予定です。
◇ ◇ ◇
参考文献:小林昭文『アクティブラーニング入門』(産業能率大学出版部)2015.4
小林昭文・鈴木達哉・鈴木映司『現場ですぐに使えるアクティブラーニング実践』(産業能率大学出版部)2015.8
(酒井淳平さんの紹介)
「一歩踏み出すための学びー今が将来につながるためにー【前・後篇】」(東京大学/JCERI「未来を育てるマナビラボ」2016.4)
http://manabilab.jp/article/1609 http://manabilab.jp/article/1555
(溝上広樹さんの紹介)
「学び合い、挑戦し続ける教師たち」(リクルート『Career guidance』 Vol.410 2015.12)
http://souken.shingakunet.com/career_g/2015/12/2015_cg410_14.pdf
(皆川雅樹さんの紹介)
「アクティブラーニング型の授業は何をめざしているの」(日本環境教育フォーラム機関誌『地球のこども』2015.9・10)
前川 修一(まえかわ しゅういち)
明光学園中・高等学校 進路指導部長
インタラクティブな学びの場がどうしたら実現できるか、有効かを、日本史・中学公民のAL授業や進路指導を通じ考えています。平成28年度日本私学教育研究所委託研究員。
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