2020.07.01
海へ~われら天竜川探険隊~(1)
テレビ番組の制作の仕事をしていた私が小学校の教師になったのは、長野県伊那市立伊那小学校の総合学習を密着取材し、BSフジで1時間のドキュメンタリー番組を制作したことがきっかけでした。そこで出会った教育をご紹介します。
尼崎市公立小学校主幹教諭 山川 和宏
伊那小学校の総合学習
2002年6月、長野県伊那市立伊那小学校を取材で訪れた私は、そこで行われている総合学習を中心とした教育に衝撃を受けました。チャイムがない、時間割がない、通知票がない、教科書を使わない・・・。そして何より、子どもたちがいきいきと学んでいる。
伊那小学校ではそれぞれの学級が、それぞれの総合学習のテーマを持ち、そのテーマに密接に関連して教科学習が進められていました。
たくさんの学級の中から、縁あって3年忠組を取材することになった私は、何度も東京と伊那を往復し、1年をかけて取材を続けました。
天竜川探険
3年忠組が取り組んでいた総合学習のテーマは、「天竜川探険」。諏訪湖から太平洋まで流れる天竜川213kmを歩いて探険しようという、壮大な計画でした。南アルプスの山間で暮らす子どもたちの中には、実際に海を見たことがない子が少なくありませんでした。探険は、一気に213kmを歩ききるのではなく、1日歩いたら、JR飯田線に乗って学校に引き返し、また次の機会にその続きを歩くという繰り返しで、海を目指すというものでした。
ここで問題になったのは、電車賃です。何度も電車に乗らないといけないため、総額60万円もかかるというのです。問題が起こると、学級で話し合い活動が行われます。そこで子どもたちが出した答えは、「自分たちの探険なのだから、お家の人にお金を出してもらうのではなく、自分たちで費用を集める」というものでした。
その日から、子どもたちは「お金集め」に取り組みました。近くのお家を回ってアルミ缶を集めてお金に換える子、クリスマスのリースを作って売り歩く子、学校で育てた野菜を売る子・・・。みんなそれぞれの方法で、お金を集めるのです。大きなポリ袋いっぱいのアルミ缶を何袋も抱えて登校する姿を何度も見かけて、子どもたちのたくましさを感じました。
担任の先生(子どもたちからは“マルちゃん”と呼ばれていました)が、「お金集めが学習になるなんて思わなかったけれども、子どもたち一人一人がその方法を考えて実行したことで、お金集めを学びにしていってくれた」と話していたことが印象的でした。地域の人々の理解と協力も欠かせなかったことでしょう。
そして遂に、天竜川探険に必要なお金を集めきったのです。
ここで問題になったのは、電車賃です。何度も電車に乗らないといけないため、総額60万円もかかるというのです。問題が起こると、学級で話し合い活動が行われます。そこで子どもたちが出した答えは、「自分たちの探険なのだから、お家の人にお金を出してもらうのではなく、自分たちで費用を集める」というものでした。
その日から、子どもたちは「お金集め」に取り組みました。近くのお家を回ってアルミ缶を集めてお金に換える子、クリスマスのリースを作って売り歩く子、学校で育てた野菜を売る子・・・。みんなそれぞれの方法で、お金を集めるのです。大きなポリ袋いっぱいのアルミ缶を何袋も抱えて登校する姿を何度も見かけて、子どもたちのたくましさを感じました。
担任の先生(子どもたちからは“マルちゃん”と呼ばれていました)が、「お金集めが学習になるなんて思わなかったけれども、子どもたち一人一人がその方法を考えて実行したことで、お金集めを学びにしていってくれた」と話していたことが印象的でした。地域の人々の理解と協力も欠かせなかったことでしょう。
そして遂に、天竜川探険に必要なお金を集めきったのです。
いざ、海へ
さて。そんな天竜川探険も、JR飯田線が佐久間駅を境にして天竜川から離れていってしまうため、佐久間駅から先の探険の仕方が問題になりました。
繰り返しますが、問題が発生すると学級でとことん話し合います。時には、何日も続くことがあります。この時もそうでした。
そして、話し合いの結果、「残りの探険は、1泊2日で一気に海を目指す」という結論でまとまろうとしていました。しかし、Mさんという一人の女の子がその意見に反対しました。他のみんなが賛成する中、たった一人で反対意見を言うのは勇気がいったことでしょう。それでも、頑なに泊りがけの探険に反対を続けたのです。他に手段もない中で反対を続けるMさんの姿に、「Mさんは、みんなで海に行けなくてもいいと思っているのかな?」と不満に感じる子も少なくありませんでした。
これまでの計画の集大成である海までの探険をどうするのか。“マルちゃん”は、全員一致の結論にこだわりました。そこで、反対を続けるMさんに寄り添い、その気持ちを手紙に書いてもらいました。そこには、「私は保健係でみんなの体のことを考えないといけないし、泊まることで万が一にも熱を出す人がいて一緒に海を見に行けなくなってしまったら、みんなの天竜川探険にならないから、泊りがけには反対です」と書かれていました。
その手紙を読んだ子どもたちは、「みんなで元気に海まで行くって約束するから、一緒に泊りがけで行こうよ」という気持ちを伝え、それにMさんも納得したことで、全員一致で泊りがけの探険をすることに決まったのです。
海までの1泊2日の探険は、大変な道のりでした。遅れてしまう子が続出し、迷子になってパトカーに助けられた子もいました。何より、取材していた私自身が足を引きずりながらついていくのがやっとの強行軍でした。それでも、潮の香りが漂うゴール目前、子どもたちは一斉に全速力で駆け出して、みんな笑顔で海までたどり着いたのです。まさに、3年忠組みんなの夢がかなった瞬間でした。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、学校教育は大きな変化が求められています。そんな時だからこそ、私は思うのです。
子どもたちの生活を丸ごと巻き込んで、家庭や地域と一体になって進める総合学習には、まだまだ大きな可能性があるのではないか。いや、こんな時代だからこそ、総合学習に可能性を見出すべきなのではないか、と。
ちなみに、Mさんは今、教師をしているそうです。伊那小学校の総合学習を体験したMさんがどんな教育を行っているのか。大変興味深いです。
繰り返しますが、問題が発生すると学級でとことん話し合います。時には、何日も続くことがあります。この時もそうでした。
そして、話し合いの結果、「残りの探険は、1泊2日で一気に海を目指す」という結論でまとまろうとしていました。しかし、Mさんという一人の女の子がその意見に反対しました。他のみんなが賛成する中、たった一人で反対意見を言うのは勇気がいったことでしょう。それでも、頑なに泊りがけの探険に反対を続けたのです。他に手段もない中で反対を続けるMさんの姿に、「Mさんは、みんなで海に行けなくてもいいと思っているのかな?」と不満に感じる子も少なくありませんでした。
これまでの計画の集大成である海までの探険をどうするのか。“マルちゃん”は、全員一致の結論にこだわりました。そこで、反対を続けるMさんに寄り添い、その気持ちを手紙に書いてもらいました。そこには、「私は保健係でみんなの体のことを考えないといけないし、泊まることで万が一にも熱を出す人がいて一緒に海を見に行けなくなってしまったら、みんなの天竜川探険にならないから、泊りがけには反対です」と書かれていました。
その手紙を読んだ子どもたちは、「みんなで元気に海まで行くって約束するから、一緒に泊りがけで行こうよ」という気持ちを伝え、それにMさんも納得したことで、全員一致で泊りがけの探険をすることに決まったのです。
海までの1泊2日の探険は、大変な道のりでした。遅れてしまう子が続出し、迷子になってパトカーに助けられた子もいました。何より、取材していた私自身が足を引きずりながらついていくのがやっとの強行軍でした。それでも、潮の香りが漂うゴール目前、子どもたちは一斉に全速力で駆け出して、みんな笑顔で海までたどり着いたのです。まさに、3年忠組みんなの夢がかなった瞬間でした。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、学校教育は大きな変化が求められています。そんな時だからこそ、私は思うのです。
子どもたちの生活を丸ごと巻き込んで、家庭や地域と一体になって進める総合学習には、まだまだ大きな可能性があるのではないか。いや、こんな時代だからこそ、総合学習に可能性を見出すべきなのではないか、と。
ちなみに、Mさんは今、教師をしているそうです。伊那小学校の総合学習を体験したMさんがどんな教育を行っているのか。大変興味深いです。
山川 和宏(やまかわ かずひろ)
尼崎市公立小学校主幹教諭
演劇ユニットふろんてぃあ主宰
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。
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札幌市立高等学校 教諭
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