2015.05.04
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自閉症スペクトラム障害の特性に応じた器楽指導の一例

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年 吉田 博子

障害特性への配慮

自閉症スペクトラム障害(以下、ASDと言います)には特徴的な障害特性がありますが、その中でも、音楽の授業で特に配慮するべきこととして、感覚過敏の問題が挙げられます。この過敏は、脳の器質的な特徴から生じ、「見たこと」「聞いたこと」「触れたこと」など、体験から得た情報を処理することに難しさがあります。これらは、生まれもった特性であるので、「訓練」や「慣れ」や「努力」でなんとか克服させようとすることは、当事者にとって相当な負担を強いられるものです。

感覚過敏の中でも、音に関する過敏は、特に配慮をするべきです。健常者に置き換えて考えてみると、例えば黒板を爪で引っ掻く音や、耳元で鳴らされる破裂音が苦手な方が多いのではないかと思います。その音を連続して聞かされるということは、苦手な方にとっては不快感を通り越して、拷問のような仕打ちではないでしょうか。健常者よりもASDの方のほうが音に過敏があるのですから、やはり『苦手な音』に関して、それを強いるのではなく、回避できるように十分な配慮されるべきです。拷問は決して教育にはなり得ません。過敏のある児童・生徒が安心して授業に参加できるようにするためには、どのような音に配慮する必要があるのか、予めリサーチしておくことがとても大切です。

個人によって音の感じ方は全く異なります。私がこれまで関わったASDの方の例をあげると、ハンドベルや鉄琴などの金属的な音、アンプから発せられる電子的な音、体育の授業などで使用されるような笛や運動会で使用されるピストルの音、和太鼓のような体に響くような重低音といった、『特定の音質』が苦手という方がいます。他にも、空調から出る音、蛍光灯の音などといった、一般的にはあまり気にならないような音でも、どうにも気になってしまうという方もいます。『音の性質』だけではなく、『音量が大きいこと』が苦手な方もいます。また、私たちの生活はたくさんの音に囲まれていますが、その中から『今聞くべき音だけを聞き分けること』の難しさがある方もいます。例えば、人混みなど大勢の人の会話が飛び交う中で、自分に関することだけを聞き取るということが苦手といったケースですが、これも情報の処理や取捨選択の難しさから自分に必要な聴覚情報を取り出すことが難しい特性に起因します。

こういった特性をもった児童・生徒が、音楽の授業に参加するということは、とても大変なことなのではないかと思うのです。しかし、一斉授業の中で、これもダメ、あれもダメとなってしまうと、学習活動の内容も極限されてしまう恐れがあります。そこで、どうしても参加することが難しい学習内容があったとき、児童・生徒に「どうにかして参加させようとする方法」を講じるのではなく、ある場面では「ここの部分は無理しなくてもいいんだよ」と言葉かけできる教師のゆとりある心構えも必要になることもあるかもしれません。それは、決して授業を放棄することではなく、配慮をすることなのだと思います。そして、対象児にも『困難を回避する術を身につける機会』となるのではないでしょうか。

一方で、ASDの特性として、視覚的な情報処理は優位だという特性もあります。児童・生徒にわかりやすく達成感をもてるような視覚支援教材の一例について紹介させていただきます。

 

 特性に応じた教材

ASDの方は視覚情報に強いという特性があります。言葉で聞いて考える力よりも、目で見て判断する力が強いのです。その強みを生かして課題や活動を見てわかりやすく表示するととても効果的であり、「障害特性を活用した指導の手だて」として有効なものだと考えます。今回は、音階カードを紹介させていただきます。音を色に置き換えて、色のマッチングで鍵盤楽器を演奏できるような楽譜を作成しました。

ドは赤、レは橙、ミは黄色、ファは緑、ソは水色、ラは青、シは紫。音階カードの色や音の長さを、マッチングして演奏をすることができます。この色については、他の楽器を使用するにあたっても応用が利くように、市販されている楽器と同色に揃えました。さらに、高音域には上線、低音域には下線、♯(半音上)には○、♭(半音下)には△…など、見てすぐにわかるような表示を施しました。この教材は、ASDの児童・生徒にとっての学びやすさを考えて作成しましたが、実際これを使って授業をしてみると、障害種別に関わらず、わかりやすいものになったのではないかと思います。

そして、この教材を使用するに当たり、単に色のマッチングによる演奏技術を獲得する目的ではなく、音や楽器を介したコミュニケーションの機会を設定することを意識しました。

 

コミュニケーション

音楽を指導するにあたって最も大切にしたいのは、「音や楽器を介したコミュニケーション」です。コミュニケーションにおいては『機会』と『質』の保障をされなければなりません。ASDの方は障害特性上、コミュニケーションに関することが苦手とされていますが、このコミュニケーション能力も、やはり様々なやり取りを経験せずには育ちにくいものです。音楽の授業で児童・生徒と関わる時に、彼らの挑戦やがんばりを称賛したり、より良くなる方法を伝えたりする『やり取り』の機会をもちながら、彼らの自発的な表現を引き出すことが大切です。その『やり取り』のチャンスをいかに多く設定できるか、またそのチャンスをいかにうまく生かせるかが、授業作りの重要なポイントとなります。

音階カードを使った器楽指導においても、ただ機械的に演奏のスキルを向上させていくのではなく、個々の生徒の課題を的確に把握し、一人ひとりに合ったスモールステップの指導を実施し、そして、その都度できたことを必ず称賛することが大切です。児童・生徒が楽しみながら学習に取り組むことにより、自信をもって意欲的に課題に取り組めるようになり、結果その発達を促せるのだと考えます。

 

 指導の実際

音階カードを使用した器楽指導において、私が考える大まかなステップを紹介させていただきます。

(1)    教師がポインティングした鍵盤を見ながら演奏できる。

(2)    教師がポインティングした音階カードを見ながら演奏できる。

(3)    教師が部分的にポインティングした音階カードを見ながら演奏できる。

(4)    教師のポインティングを受けずに音階カードを見ながら一人で演奏できる。

(5)    教師の伴奏を聴きながら演奏できる。

(6)    伴奏に合わせて一定のテンポで演奏できる。

(7)    少人数の友だちと合わせて演奏できる。

(8)    集団の中で演奏できる。

(9)    音楽的な表現を意識しながら演奏できる。

 

これに加えて、4拍子・3拍子、高音域・低音域、シャープ・フラット、付点・シンコペーション・アーフタクト、音の強弱・音楽的抑揚など、応用的な内容の課題が加わります。

新しい題材を扱う時、一番はじめは音階カードを使用せず、一音ずつ鍵盤を指でたどって弾き、どんな音楽かを演奏しながら確認します。その後、音階カードを一音一音確認しながら演奏する楽曲を練習をします。指導するにあたり、特に③の「部分的に…」というのには重要な点です。子どもが間違えそうなところや自信をもてなさそうなところを、子どもにとって最適なタイミングで手がかりを示します。課題が達成でき、子どもに自信がついてきてから少しずつ支援を減らしていくことも大事です。

この課題に取り組んでいた時、一緒に授業に協力していただいた先生から「自閉症のお子さんにはここまで細かく見ながら指導しなければだめなのですか?」と質問を受けたことがありました。それは障害特性に関わらず、そうするべきだとは思いますが、振り返るとASDの児童・生徒にはこれらのステップの組み方は特に有効な支援だったように思います。

 

題材の選択 

これまで私が実施した中から、選曲例を挙げると、課題に応じて以下のような曲がありました。

4拍子:『きらきら星』『歓びの歌』、『春の小川』

3拍子:『海』『エーデルワイス』『かっこう』

四分音符と八分音符の違い:『春が来た』『もみじ』

臨時記号:『星に願いを』

シンコペーション:『茶色の小びん』『威風堂々』

曲想:『春』『さくらさくら』

これらは、私が中学部の生徒の音楽授業を担当した時の実践です。題材については、幼稚すぎず、できるだけ生活に身近な選曲をするように心がけました。

参考までに、一斉授業の中でASDの児童・生徒は、初めから正しい方法で失敗しないように教えるとスキルを習得しやすい傾向にありました。一方で、知的障害のある児童・生徒は、例え間違ってしまったとしても、それを修正しながら繰り返し練習すると確実にスキルを習得していく傾向にあり、指導の手立てが面白いほど異なりました。これも、特性による手立ての違いではないかと実感しています。

 

 指導とその評価

まだ教師になりたての頃、私は授業の終わりに「今日の音楽の授業、楽しかった人~?」と尋ねていた時期がありました。子どもたちは勢いよく「はーい!」と賑わってくれて、お恥ずかしながらなんだかそれで満足してしまっていたような時でした。後になって考えると、生徒にとって「楽しい」ということを一体どう評価すればよかったでしょうか。表情?関心?態度?もちろん、見た様子である程度の状態は想像できたとしても、それは評価として必ずしも客観性や正確性があるとはいえないと思います。

音楽教科で児童・生徒の成長を評価するにあたって、たとえば「楽器がどのように弾けるようになった」「どのように歌えるようになった」といったスキルに関わることは、目に見えるような変化ですので、比較的評価しやすい内容です。かといって、音楽教科では「○○ができるようになった」とスキルに偏った評価をするべきではないとも考えます。

前回の投稿でも少しこの話題にふれましたが、情操の発達については、児童・生徒の内面の変化に着目する必要があります。スキル獲得という結果だけを評価をするのではなく、学ぶ過程で得てきた意欲や課題への能動的な関わりなどを詳細に観察して評価していくことが肝心です。

学習に取り組み、それを楽しいと感じればもっと挑戦してみたくなる、上達するとさらにやってみたくなる、できたことを称賛されることにより教師や友達との関わりが広がる…そういった結果として、スキルが身に付くというのが理想的な過程なのではないかと考えます。児童・生徒が授業の中で、「心地よい」、「楽しい」と思うような経験を積み重ねることで、感覚の活性化を試み、自発的な表現活動を促し、さらに演奏技術が身に付く、これらはそれぞれを切り離すことはできず、相互に発達していくものです。

ASDの児童・生徒への指導の過程では、その障害特性から、新しい課題ややり方を柔軟に受容したり、指示を的確に理解したり、学んだことを別の場面で生かしたりすることが難しい場合があります。しかし、学習過程で児童・生徒の良い部分を認め、できたことを褒めるということを根気強く継続していくと、次第に児童・生徒の自信が芽生え、安心して活動に取り組めるようになることが多いと実感しています。

課題を教えるとき、「楽しさの先に、何を課題として、何を指導するか」を常に明確にもっていたいものです。「指導方法」や「指導内容」ありきではなく、まず障害特性と個々の実態をしっかり理解し、児童・生徒にどんな支援をしたらより学びやすくなるのか、そしてどのようなことを学んだら、この先の生活がより充実した豊かなものになるのか、そんなことを考えながらこれからも教育活動に取り組んでいきたいと思っています。

できたことを教師に称賛されて子どもが自信をつけられるようになったり、ご家族にも褒めていただけたり、学校で練習した曲を別の場面で聴いて「あっ!この曲知っている!」と思い出してもらえるなど、学校での学習が実生活の中にも生きるとしたら、それはとても素晴らしいことだと思います。

 

参考文献

『音楽療法の手引き』松井紀和(牧野出版)1980年

『音楽療法の実際』松井紀和(牧野出版)1995年

『発達のつまずきから読み解く支援アプローチ』川上康則(学苑社)2010年

『新時代の知的障害特別支援学校の音楽指導』全国特別支援学校知的障害校長会(ジアース教育新社)2015年

『特別支援教育のとっておき授業レシピ』筑波大学附属大塚特別支援学校(学研)2015年

吉田 博子(よしだ ひろこ)

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年
知的障害特別支援学校の中学部で自閉症学級を担当しています。子ともたちのニーズに寄り添う支援について、実践紹介を交えながら皆様と共有させていただければ幸いです。

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