2014.02.06
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6年生を送る会

石川県金沢市立三谷小学校 教諭 泊 和寿

1.6年生を送る会

 

私達の地域では、卒業式の少し前に学校行事として「6年生を送る会」を行っている。

どの学校も行っている。

そして、力が入っていた。

しかし、昔と現在とでは若干、内容も取り組み方も結果も異なっている。

内容は若干だが、全く別の物に変化している場合もある。

これは、若い先生方へ、語り残しておかねばならない事だと思う。

「6年生を送る会」過去と現在を振り返ってみたい。

 

2.20年ほど前の「6年生を送る会」

 

とにかく、どの学年も全力で準備を行っていた。

先生も子供も、本気であった。

当日、体育館には、これまで感じたことのないような、緊張感と熱意がこもっていた。

どの学年を見ても凄い!

感謝と6年生への思いが、ひしひしと伝わってきた。

会のラストは、決まって、爽やかな感動が会場を包んだ。

子供の顔は、明日への意欲に溢れ、瞳が輝いていた。

 

在校生は、一致団結して6年生を送り出したことを喜び合い、絆を深めていた。

特に5年生は、やりきった自信と感謝と来年への意欲に溢れていた。

凛々しい言動で学校生活を送るようになった。

在校生は、変身した。

 

6年生は感動の涙を流し、中学校への決意を固めていた。

在校生に感謝の気持ちを込めて、「さすがは6年生!!」という、魂のこもった、在校生全員が尊敬するような出し物をして見せてくれた。

在校生も先生方も、あの子には感心したと、唸った。

 

在校生担当の先生方は、熱血指導で様々なドラマを作りながら、子ども全員を輝かせていた。

常に、子供と一緒に、泣いたり笑ったりしながら会の成功に力を注いだ。

そして、先生方の出し物をして、自らが、

「6年生を送るのには、こうするのだ。」

と、手本を示した。

 

6年生は、これまで指導してくれた先生方が、自分達のために真心を込めて歌い上げたり演じたりする姿に、驚き、心打たれた。

あとわずか、この先生方と共に小学校生活最高の締めくくりをするのだと、喜びと感謝と決意に震えた。

 

在校生は、真摯に演ずる自分達の担任の先生の姿に信頼を深くし、さらなる成長を誓った。

 

そこには、自らの生き様をもって子供を育てる、人間教師の姿があった。

教員である前に、大切な、人間であることを思い出させてくれた。

私は、今でも、交通事故でお亡くなりになった先生が、

「あいつらは、いつも怒られてばっかりで、しょうもないこともいっぱいやったけど、ほんとによく成長したんや。最後に、皆で心を一つにした歌を聞かせてやろうや。」

と、笑顔で他の先生方に語っておいでたことが忘れられない。

歌が苦手で気がむかない先生もいただろうが、

「○○せんせ、1題目を2回歌った?」

「ありゃー、ごめん、ごめん。」

なんて、言いながら和気藹々と放課後練習をしたものだ。

 

会が終わった後、6年生の担任の先生方は、感謝の気持ちをいっぱいにして、全職員に深々と頭を下げて感謝の言葉を述べていた。

6年生を送る会を運営した5年生と担任の先生方には、良い会を運営したならば、たっぷりと賛辞とねぎらいの言葉がかけられた。

 

どの学年も一つや二つの事件やドラマは起こったが、会の翌日には複数の親から、子供が見違えるように成長したと、以前は、たくさんのお便りをいただいた。

 

理想と信念に燃えて、温かくも時に厳しい指導で、グングン子供を育てていく先輩の姿は眩しかった。

手本にして、負けないように頑張った。

 

先輩方は、私の目標であり、良きライバルになってくださった。

私のやる気を大切にし、対等の一人間として語りながら、私を育てて下さった。

人間の中で、人間と共に、人間を信じて生きてきた先輩方は、率直ではあったが、厳しいというより温かさを感じた。

子供たちの中には、

「くそばばぁ!」

なんて、暴れたり、事件を起こしたりする子もいたが、

最後は深い心の絆で結ばれていた。

 

6年生を送る会は、教師の私にとって、特別の意味をもつ行事になった。

 

このような6年生を送る会を、全ての学校でできていたとは思わないが・・・。

「もっといい会をしていたよ。」

と、言う人もいるだろう。

とにかく、値打ちのある素晴らしい行事だ。

学校中が、親を巻き込んで、共に成長できる、凄い可能性をもつ行事だ。

どうやったら、そうなるかも知っている。

だけど、現在、実現するのは難しい。

今の私にできることは、聞きたいとは思わなくても、そんな6年生を送る会の姿を発信して、聞いてもらう事。

現在の環境で、できる限りの努力をすること。

 

 

3.変化した6年生を送る会

 

これを語ると、私が誰かを非難しているように誤解したり、意図を捏造して吹聴したりする人がいるが、ご自分の歪んだ価値観で私を悪者にせず、正視眼で読んで欲しい。

 

学校5日制がスタートした頃、授業時数は減ったが、これまでと同じ内容と質を維持することを求められたため、学校現場は大変なことになった。

「授業時数確保・行事精選」の名の下に、焚書坑儒の如く、手当たり次第に学校行事が廃止されたり時間削減されたために骨抜きになったりして、子供を育てられない行事に変化していったのである。

私の知る限り、「写生会」、「音楽会」、「学芸会」、「文化祭」、「合唱コンクール」、「書初め大会」などがターゲットになり、長年、学校と地域が育ててきた行事が次々に消えて行った。

日本の教育現場における文化大革命であった。

長年、積み上げて練り上げてきた各校の文化(行事を含む様々な事柄)が、数年のうちに消滅または変化していった。

「6年生を送る会」は、大きな教育効果を発揮していたこともあって、多くの学校で廃止にはならなかったが、時間が半減したり、練習時間がもったいないと授業で習ったことをそのまま発表するだけの内容に差し替えられたりした学校もあった。

運動会以外を廃止にしようとしている学校もあると聞いて、私は耳を疑ったものだ。

 

子供は、授業でも育つが、特別活動、学校行事を通して育てることが肝心である。

教科授業で育てられる事には、人間を育てるという目的において限界がある。

学校5日制による文化大革命は、日本の教育界が血と汗で何十年も練り上げた学校文化を破壊した。

「春の遠足」「写生会」「合宿」「歌声集会」「水泳大会」「音楽会」「文化祭」等々、

当時、たくさんの行事が廃止された。

熱意をもって子供を育て上げてきた善良な先生方は、

「とりあえず無くしてみよう。」

と、

「昨年通りで行きましょう。」

の殺し文句で、寛容さを強いられ、学校は行事で子供を育て上げる機能が大幅に低下した。

「6年生を送る会」やいくつかの行事は生き残った。

が、「6年生を送る会」の目的は、形式化してしまった。

それぞれの学校では、痛い思いをした先生方のおかげで、やっと残すことができた行事もあった。

現在は、崩れた価値ある教育遺産を、積み直している段階と見て間違いない。

 

現在も、当時のノウハウは残ってはいる。

が、当時ほどの充実感と達成感が味わえる6年生を送る会にはとんと出会えない。

7年ほど前に、2年間かけて準備して、全部好きにやらせてもらった6年生を送る会は、凄かった。

翌年は、1年生から5年生までが、

「あんな6年生になりたい!」

と尊敬して、共に学校づくりに励む結果となった。

学校として、素晴らしい教育効果をあげた。

 

会が目的を見失っていなかった当時の姿を知る先生方は、少なくなってしまった。

6年生を送る会は、ほとんどの学校で残ったが、制限がつき、目的感は失われていった。

 

値打ちのある文化というものは、そんなに簡単に定着するものではない。

文化を破壊すると、人心は荒む。

権威権力者は、よくよく肝に銘じておくと良い。

6年生を送る会の質は、伝統工芸人間国宝型から大量生産型にスライドしてしまった。

例外を除いて、未だ、過去を越えていない現状は少なくない。

 

4.文化の変容と若手教員の使命

 

昔は良かったと言っているのではない。

今は駄目だと愚痴っているのでもない。

今も昔も双方に良い所はある。

では、なぜこんな話をするのか?

 

時代と共に、学校の文化も変容していくものだ。

インターネットや電子黒板の登場のおかげで、20年前に比べて授業の在り方が随分変容している。

文化は、時代と共に変容していくものだ。

しかし、教育活動の目的はどうであろう。

根本は、変化してはならない。

人類が長年の叡智をもって獲得してきた大切な価値は、刹那的・退廃的・合理的な理論で変容させたり、捨ててはならない。

教育には、不変であらねばならないものがある。

 

継承していく者には、不変であるべき価値を守る使命がある。

私は、数多くの先輩方が、汗と涙で切り開き、後世の教員や子どものために積み上げてきてくださった大切な価値の守り人でありたい。

 

これから教育界を担う、若い先生方にお願いがある。

 

今の、教育現場は、大変なことも多いし、必ずしも理想的な環境ではない場合もある。

それは、世の常である。

昔もそうだったし、そんな中、私達は、力はないが、子どもの事を考えて、知恵を絞って、汗をかいて、泣いて、辛い思いもして、現在の教育環境の基礎を作ってきた。

私は、先輩方の恩を忘れない。

巣立っていく子どもを忘れない。

それが、生きる力になっている。

 

大切な価値の守り人になってほしい。

 

5.今年の6年生を送る会

 

今年も、6年生を送る会の準備を進めている。

心のこもった会に、達成感のある会に、成長してほしい。

最後に、6年生を送る会を一生懸命に準備している、5年生の「あゆみ」を紹介したい。

 

【A児】

「ROK準備」            ※ ROKは「6年生を送る会」のこと

今日も本格的に準備に取りかかりました。

でも、まだ材料を決めるところです。

数も細かく決めました。

さらに、ステージを見て、もっと深く考えました。

その結果、全部、数も材料も決まり、担当のY先生にお願いをするというところで、3時近くになりました。

また、集まらなくてはいけないという事態になってしまったので、とても悔しいです。

ROK準備、2週間前には完成しておきたいです。

 

【B児】

「6年生を送る会準備」

私は、かざり係で、今日はどうかざるかを決め、具体的に何が何個いるかを決めました。

ステージを実際にどれくらいか見に行くと、思っていたより大きく、高かったので、それに合うように、ちゃんと大きく、見やすく、丁寧に作りたいです。

6年生に、今の5年生は6年生になるのにふさわしいと思ってほしいです。

 

【C児】

「雨のちサクラ咲け」

5年生の出し物の歌は、「雨のち晴レルヤ」です。

私は、最初、「エール」が良いと思っていました。

でも、「雨のち晴レルヤ」も素敵な歌で、元気が出そうなメロディーです。

5の2は、今、成長してきています。

始めは、ほとんどの人が消極的で、「雨」のような状態でしたが、5年生の終わりごろには、すてきなサクラが咲くようなクラスにしたいです。

5の2は、「雨のちサクラ咲け」です。

 

【D児】

「台本作り」

今日、5・6限目に、台本作りをした。

私は、台本作り担当で、けっこう大変で、保健Pのかしわっ子集会のもあるので、あまり集まれなかったけれど、今回の5・6限目で台本もけっこう進めることができたので良かった。

これからも頑張りたいです。

 

 

7.最後に

 

子供の心に、「6年生を送る会」の目的感がしみ込んだとき、

子供は、未知のレベルへの成長へ向けて動き出す。

 

私のメッセージと、「あゆみ」の思いは、全国の若い先生方の心に届いただろうか。

届いたならば、自身の信念をもって、価値あるものの守り人となって、

語って、語って、語り継いでいただきたい。

泊 和寿(とまり かずひさ)

石川県金沢市立三谷小学校 教諭
私は、子どもたちが目を輝かせて生き生きと学ぶ姿が大好きです。子どもが本気になって学ぶと、グワッと教師を越えていきます。今年も、そんな感動をめざしたいと思います。

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