今回は、算数の学習上のつまずきについて取り上げます。というのも、算数という教科は小学校1年生の段階でもっとも個人差が表面化しやすい教科だからです。
国語の学習の前提として小学校入学前までに一定の言葉の概念(音韻、文法など)の成立が必要であるように、算数の学習も「数概念」の成立が前提となります。少し難しい言葉が並んでしまったので、ここからはできるだけ簡単に示します。
「数を表す」ときに、私たちはどのような方法を使うでしょうか。お正月ですので、家族ですごろくをしている場面を取り上げましょう。その家の次男坊(3歳前後とします)がサイコロをふって、出た目の数だけコマを進めようとしているところです。
サイコロで、3つのドットが一列に並んだ面が天井に向きました。「サンだ」と小1のお兄ちゃんが言います。弟は自分のコマをつかんで、「イチ、ニ、…」と数え始めました。すると、お父さんが話しかけます。「ちょっとまって、自分が今いたところから数えちゃだめだよ。次のマスから、1、2、3だよ」お父さんは、手の指を1本ずつ挙げて見せながら、最後に3本指を立てました。それを聞いて、お母さんは男の子の手をとり、一緒に数を唱えながら「ここから始めるのよ。イチ、ニ、サン。ここで終わり。」自分の番を待ち切れなかったお兄ちゃんが、もうサイコロを振りはじめました。
このエピソードの中に、「数を表す」ときのヒントが隠されています。数詞としての「サン」、見える数としての「●●●」や指三本、動作としての「3コマ進む」、そして数字としての「3」です。
これらを整理すると、以下のようになります。
・「サン」は聴覚的・言語的な数の表し方
・「●●●」や指三本は視覚的な数の表し方
・「3コマ進む」という動作は空間的・操作的な数の表し方
・「3」という数字は視覚的・言語的な数の表し方
数概念は、数詞-数字-具体物-操作の4つの表現形態がバランスよく結びついていることが重要になります。
ということは、逆説的にいえば、算数とは、視覚的な認知、聴覚的な認知、言語や運動などの総合的な能力を基盤とし、その上に成立する教科であると言えると思います。
加えて、文章題になると記憶の要素も大きく関係してきます。「男の子が5人います。あとから女の子が4人きました。あわせて何人になったでしょう」のような順思考の問題の場合は、演算子(+、-、×、÷)を導きやすく、出てきた順番に立式すればよいのですが、「リンゴを5個買って、380円支払いました。りんごは1ついくらでしょう」のように全体を読みこんでからでないと計算できないような逆思考の問題になると「記憶の操作」が必要になります。九九の暗唱にも聴覚的な長期記憶が必要ですし、公式などの暗記にも長期記憶は重要になります。
こうした能力的な基盤の偏りは、単なる問題の成否(できたか、できなかったか)だけでは判断できないところがあります。誤答だったときに、計算の手順が定着していないのか、問題文の読みの問題があるのか、筆算の桁ズレが起きていないか、など、誤答のパターンをつかむことが大切だと思います。
算数は、特別支援教育の実施以前から多くの学校で習熟度別の少人数指導が行われてきた教科の一つです。確かに少人数で丁寧な指導が、多くの算数が苦手な子どもたちを救ってきたことも事実です。しかしながら、小人数指導の形態を採用しさえすれば全て解決するということはありません。そこには、つまずきの背景を読み解く作業が不可欠だと思います。
ぜひ、どこでつまずいているのか、その子なりの解き方をじっくり見るということから始めてみてください。きっと指導のヒントが見つかると思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)
東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。
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