2008.12.11
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体育と特別支援教育の融合

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

先日、都内のある小学校で、通常学級における特別支援教育についての公開授業・研究協議会が行われました。「聞くことが苦手な子どもたちへの手だて」という研究テーマです。こう聞くと、おそらくほとんどの人は、「授業で用いる言葉をわかりやすい言葉に言い換えよう」とか、「言語指示だけで済ますのではなく、黒板に書いて示したり、絵や写真を併用したりして伝わりやすくしよう」といった手だてで授業を進めるのだろう、と思うに違いありません。ところが、公開された授業はなんと、1年生の体育!

体育を研究対象として選択した背景には、聞く姿勢がすぐに崩れる、先生の話の途中でついしゃべり出してしまう、言葉を上手にコントロールすることができないなどの学級の現状があると分析されていました。身体感覚が育っていないことが「聞くつまずき」の最大要因だとする視点に、非常に共感を覚えました。

私は、子どもたちの姿勢の崩れが「低緊張」という身体症状に由来するものであることを、さまざまな場でお伝えしています。もはや社会現象とでも言うべき喫緊の課題である、と強く主張しています。前回のつれづれ日誌で、学校現場においては全校あげて体育に真剣に取り組むことが大切だと述べましたが、これは単に競技スポーツの振興を訴えたかったわけではありません。「姿勢やバランスを維持し続ける運動の要素が含まれていること」、「相手に合わせて力を発揮し続けるような運動の要素が含まれていること」などが大切になると思います。

こうした子どもたちの身体感覚の未発達な現状を、就学前の教育機関である幼稚園や保育園の関係者も看過・放置しているわけではありません。全国国公立幼稚園長会は今年(2008年)、家庭で取り組める親子の運動あそびをリーフレットにし、全家庭に配布しました(「親子で楽しくパワーアップ」というタイトルです。インターネットでも掲載されていますので、興味のある方は、http://www.kokkoyo.comにてご確認ください)。このリーフレットに掲載されている運動は、すべて昔ながらの親子あそびですが、「姿勢やバランスの維持」、「相手に合わせた力の発揮」などの要素がしっかりと盛り込まれています。

このリーフレットにも掲載されていますが、1973年の5歳児と、2002年の5歳児を比較すると、体支持持続時間はなんと約1/2にまで落ち込んでいます。もはや、子どもたちは、35年前とは全く異質の発達を遂げていると言っても決して過言ではないと思います。小学校入学時点で自然に身についていなければならない身体感覚は、おそらく大人が“意図的に”育てなければならない、そんな世代に入ったのだと思います。

にもかかわらず、子どもが育つ環境はますます厳しくなっています。私が住むY市では、この2年の間に、公園にあった遊具の大半が撤去されました。事故が起きた場合の責任の所在を考えて・・・との意向が働いたことは想像に難くありません。

特別支援教育の制度が本格実施されて以来、通常学級でも頻繁に話題にされていることと思います。支援が必要な子をめぐる校内論議は確かに大切です。しかし、私は、特別支援教育とは、現代の子どもたち全般が抱える(しかも多くの大人から見過ごされている!)発達の課題に丁寧に向き合うことを目指しているのではないかとさえ思うのです。目の前の子どもを見つめ直すことに躊躇わないようにしたいものです。

「特別に施す教育」ではなく、「丁寧に向き合う教育」へ。この記事が、読者の皆さんのお役に立てることを願っています。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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