2026.06.09
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跳び箱運動で恐怖心と向き合うー「自分で選ぶ」挑戦の教育的意義

​目の前にそびえる、硬い木の箱。
勢いよく走って踏み切る瞬間のプレッシャー。
器械運動の中でも、跳び箱は特に子どもたちの間で「得意・苦手」がはっきりと分かれる種目です。
その理由は、技術的な難しさの手前に、「怖い」という感情の壁が大きく立ちはだかるからです。

愛知県東郷町立春木中学校 教諭 阪野 一輝

「これならできそう」から始める

「全員一律で〇段からスタート」というような従来の指導は、苦手な子にとっては恐怖を押し付けられる時間でしかなく、思考も体も萎縮させてしまいます。
自分で恐怖心をコントロールし、「これならいける」という納得感を持って挑まなければ、学びは始まりません。

​ある授業でのことです。
跳び箱がどうしても跳べず、「跳び箱なんて大嫌い」と心を閉ざしている子がいました。
その子は、体育館に用意された一番低い段の前に立っても、「怖い……」とつぶやいたまま、一歩も前に進むことができませんでした。

​無理に跳ばせることは絶対にしない。
それが私の決断でした。
代わりに提示したのは、その子の「これならできそう」という感覚に寄り添った、いくつかのスモールステップです。
​まずは跳び箱を使わず、床の上でのかえる跳びや、手をもっと前に出す「大きなかえる跳び」から始めました。
自分の体重を手で支える感覚に慣れてくると、次は折りたたんだマットをまたぎながらのかえる跳びへ。

次に、マットを跳び箱の一段に変え、かえる跳び。
さらに跳び箱の上に座った状態での「ゆりかご(手を着く感覚づくり)」や、跳び箱の上から安全に着地する練習を重ねていきました。

​「これなら怖くない」
「これならできる」

​その子は、自分で選んだ小さな階段を、自分のペースで、一つひとつ確実に上っていきました。
やらされる練習ではなく、自分の恐怖心の温度を確かめながら、自ら進む練習を選び取るプロセス。
それ自体が、立派な自己調整です。

失敗しても、自分で戻る

そして授業の終盤、その子はかつて「絶対に跳べない」と思い込んでいた4段の跳び箱に挑戦することを決めました。
気づけば、周りの子どもたちが自然と集まり、静かにその姿を見守っていました。

しかし、最初の一本。
勢いよく踏み切ったものの、跳び箱にまたがった状態で止まってしまい、失敗。
いつもならここで心が折れてしまってもおかしくない場面です。

けれど、その子の目には、まだ力がありました。
諦めることなく、すぐに「もう一度、押し出して降りる練習をさせて」と、先ほどのスモールステップに戻ったのです。
さらに、かえる跳びで手の着き方をもう一度確認。
何が原因で、どう修正すればいいのかを、必死に分析していました。

その姿を見た周りの子どもたちも、ただ見守るだけではなくなりました。一緒に並んで練習を始めたり、「もっと前の方に手をつくといいよ!」「惜しい!」と、具体的なアドバイスや温かい声をかけ始めたりしたのです。 

「跳べた!」がクラス全体の喜びに

何度も、何度も挑戦を繰り返しました。そして、ついにその時が訪れます。
しっかりと手で跳び箱をプッシュし、その子の体はふわりと宙を舞いました。
マットの上に見事な着地を決めた瞬間。

​「跳べた!」

​その瞬間に見せた、弾けるようなうれしそうな笑顔を、私は今でも忘れることができません。
次の瞬間、体育館中に大歓声が響き渡りました。

周りの子どもたちが、まるで自分が跳べたかのように飛び跳ねて喜び、拍手を送っていたのです。
その子の挑戦を中心に、クラス全員の心が完全に1つになった瞬間でした。

自分で選んだからこそ得られる学び

教師が安全なレールを敷いて無理に跳ばせた1回と、子どもが自分の恐怖心と向き合い、ステップを選び、失敗しても仲間と共に修正し続けてつかみ取った1回。
そこにある教育的価値は、大きな差があります。
​自ら選択し、壁を乗り越えた経験は、子どもたちの心に「自分はできる」という確かな自信の種をまいてくれるのです。

​次回は、子どもたちがこうした自分に合った課題をさらに深め、分析・改善し続けるための「場の設定」の工夫についてお届けします。

阪野 一輝(ばんの かずき)

愛知県東郷町立春木中学校 教諭


公立学校教諭。大学院にて運動生理学を専攻。これまで約10年間、小学校を中心に、体育における「自己調整学習」の実践研究や、子どもたちが主体的に運営する学級経営に注力している。授業や学級経営を通じ、子どもたち一人ひとりの心に「自律の種」をまく実践を大切にしている。

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