跳び箱運動で恐怖心と向き合うー「自分で選ぶ」挑戦の教育的意義
その理由は、技術的な難しさの手前に、「怖い」という感情の壁が大きく立ちはだかるからです。
愛知県東郷町立春木中学校 教諭 阪野 一輝
「これならできそう」から始める
「全員一律で〇段からスタート」というような従来の指導は、苦手な子にとっては恐怖を押し付けられる時間でしかなく、思考も体も萎縮させてしまいます。
自分で恐怖心をコントロールし、「これならいける」という納得感を持って挑まなければ、学びは始まりません。
ある授業でのことです。
跳び箱がどうしても跳べず、「跳び箱なんて大嫌い」と心を閉ざしている子がいました。
その子は、体育館に用意された一番低い段の前に立っても、「怖い……」とつぶやいたまま、一歩も前に進むことができませんでした。
無理に跳ばせることは絶対にしない。
それが私の決断でした。
代わりに提示したのは、その子の「これならできそう」という感覚に寄り添った、いくつかのスモールステップです。
まずは跳び箱を使わず、床の上でのかえる跳びや、手をもっと前に出す「大きなかえる跳び」から始めました。
自分の体重を手で支える感覚に慣れてくると、次は折りたたんだマットをまたぎながらのかえる跳びへ。
次に、マットを跳び箱の一段に変え、かえる跳び。
さらに跳び箱の上に座った状態での「ゆりかご(手を着く感覚づくり)」や、跳び箱の上から安全に着地する練習を重ねていきました。
「これなら怖くない」
「これならできる」
その子は、自分で選んだ小さな階段を、自分のペースで、一つひとつ確実に上っていきました。
やらされる練習ではなく、自分の恐怖心の温度を確かめながら、自ら進む練習を選び取るプロセス。
それ自体が、立派な自己調整です。
失敗しても、自分で戻る
そして授業の終盤、その子はかつて「絶対に跳べない」と思い込んでいた4段の跳び箱に挑戦することを決めました。
気づけば、周りの子どもたちが自然と集まり、静かにその姿を見守っていました。
しかし、最初の一本。
勢いよく踏み切ったものの、跳び箱にまたがった状態で止まってしまい、失敗。
いつもならここで心が折れてしまってもおかしくない場面です。
けれど、その子の目には、まだ力がありました。
諦めることなく、すぐに「もう一度、押し出して降りる練習をさせて」と、先ほどのスモールステップに戻ったのです。
さらに、かえる跳びで手の着き方をもう一度確認。
何が原因で、どう修正すればいいのかを、必死に分析していました。
その姿を見た周りの子どもたちも、ただ見守るだけではなくなりました。一緒に並んで練習を始めたり、「もっと前の方に手をつくといいよ!」「惜しい!」と、具体的なアドバイスや温かい声をかけ始めたりしたのです。
「跳べた!」がクラス全体の喜びに
何度も、何度も挑戦を繰り返しました。そして、ついにその時が訪れます。
しっかりと手で跳び箱をプッシュし、その子の体はふわりと宙を舞いました。
マットの上に見事な着地を決めた瞬間。
「跳べた!」
その瞬間に見せた、弾けるようなうれしそうな笑顔を、私は今でも忘れることができません。
次の瞬間、体育館中に大歓声が響き渡りました。
周りの子どもたちが、まるで自分が跳べたかのように飛び跳ねて喜び、拍手を送っていたのです。
その子の挑戦を中心に、クラス全員の心が完全に1つになった瞬間でした。
自分で選んだからこそ得られる学び
教師が安全なレールを敷いて無理に跳ばせた1回と、子どもが自分の恐怖心と向き合い、ステップを選び、失敗しても仲間と共に修正し続けてつかみ取った1回。
そこにある教育的価値は、大きな差があります。
自ら選択し、壁を乗り越えた経験は、子どもたちの心に「自分はできる」という確かな自信の種をまいてくれるのです。
次回は、子どもたちがこうした自分に合った課題をさらに深め、分析・改善し続けるための「場の設定」の工夫についてお届けします。

阪野 一輝(ばんの かずき)
愛知県東郷町立春木中学校 教諭
公立学校教諭。大学院にて運動生理学を専攻。これまで約10年間、小学校を中心に、体育における「自己調整学習」の実践研究や、子どもたちが主体的に運営する学級経営に注力している。授業や学級経営を通じ、子どもたち一人ひとりの心に「自律の種」をまく実践を大切にしている。
同じテーマの執筆者
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)
この記事に関連するおススメ記事
「教育エッセイ」の最新記事













アグネスの教育アドバイス
映画と教育
震災を忘れない










この記事をクリップ
クリップした記事
ご意見・ご要望









