2026.04.11
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「一任」の向こう側から考える教員研修とやりたいこと

「やりたいことはありますか」と聞かれると、少し困ってしまうことがあります。
すぐに言葉にできる人もいれば、そうではない人もいます。
けれど今は、すぐに言葉にできない中にも、自分でも気づいていなかった思いがあったのかもしれないと感じています。

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事 羽渕 弘毅

「一任」に含まれていた思いを振り返る

担任希望や校務分掌について、希望を尋ねられることがあります。
教員だった頃の私は、そうした場面でいつも「一任」と書いていました。
学校全体のことを考えるなら、その方がよいと思っていましたし、どこかその姿勢を格好いいとも感じていました。

自分の希望を強く出すよりも、必要なところで役に立てばよい。
そう考えていたのだと思います。
今振り返ると、その思い自体に嘘はなかったと思います。
実際、学校という組織は、自分一人の希望だけでは回りません。
誰かが担い、支え、調整しながら成り立っている場所です。
だからこそ、「一任」という言葉には、組織への信頼や協力の気持ちも含まれていたと思います。

ただ、最近になって少し違う見方もするようになりました。
本当に、それだけだったのだろうか。
自分の軸で考えたとき、そこには自分で決めないことの楽さもあったのではないか。
そんなことを思うようになりました。
もし自分で希望したことなら、うまくいかなかったときも、それを引き受ける必要があります。
でも、自分で望んだわけではないと思えれば、「だって、自分で決めたわけではないから」と、どこかで言い訳することもできます。
​​​​​​​
もちろん、当時の自分がそんなふうに計算していたわけではありません。
けれど、結果として、自分の希望を言葉にしないことが、自分を守ることにもなっていたのかもしれません。
何をしたいかと聞かれたときに、すぐに言葉が出てくるとは限りません。
やりたいことがはっきりしている人ばかりではありませんし、そのとき置かれている状況によっても答えは変わります。
ただ、それでも、自分は何をしてみたいのか、自分は何に挑戦してみたいのかを考えること自体は、とても大切なのではないかと思います。

自分もプレイヤーだと感じられる研修へ

今の仕事をしていると、先生方の中にも、「特に希望はありません」「何でも大丈夫です」と言われる方が少なくないことに気づきます。
本当に柔軟に考えている場合もあるでしょうし、組織全体のことを考えた上での言葉でもあるのでしょう。
一方で、自分の希望を言葉にすることに慣れていないこともあるかもしれません。言っても変わらないと思っていたり、そもそも考える余裕がなかったりすることもあるのかもしれません。

もしそうだとしたら、これは個人の意識だけの問題ではないように思います。
希望がある人だけが言えばよいという話ではなく、自分の思いや挑戦してみたいことを少しずつ言葉にできるような仕組みや雰囲気が必要なのではないでしょうか。
そして、言葉にした希望が、すぐに全部かなうわけではなくても、「それ、いいですね」「こうすれば近づけるかもしれませんね」と受け止めてもらえる経験があることは、とても大きいと思います。
そう考えると、教員研修も同じなのかもしれません。

誰かの話を聞いて終わる研修ではなく、自分は何を考えているのか、自分は何をしてみたいのかを確かめられる研修。
受け身で参加するのではなく、自分もこの場のプレイヤーなのだと感じられる研修。
そんな場を、もっとつくっていきたいと思います。
研修では、ついよい実践や役立つ方法を伝えることに意識が向きがちです。
もちろん、それも大切です。
ただ、それだけでは、自分はどうしたいのか、自分は何を引き受けたいのかという問いが置き去りになることがあります。

方法を知ることと、自分が動き出したくなることは、必ずしも同じではありません。
だからこそ、少し立ち止まって、自分自身に問いを返す時間が必要だと思います。
そして、先生方自身が研修の中で、この場に自分も参加していると感じられるようになることは、授業づくりにもつながっていくと思います。
受け手として話を聞くのではなく、自分で考え、選び、言葉にしながら場に参加する経験をもつことで、子どもたちにも授業の中で主体的に学んでほしいという思いは、より強くなっていくのではないでしょうか。
先生が自ら学ぶことと、子どもが自ら学ぶことは、どこかでつながっている。
そんな感覚を、研修の場でも大切にしたいと思います。

すぐに答えが出なくても考え続ける

自分がやり遂げたいことは何か。
自分はどんな役割を担ってみたいのか。
そして、そのためにどんな一歩を踏み出してみたいのか。
そんなことを考える時間が、あってもよいのではないでしょうか。
希望を書くというのは、わがままを言うことではありません。
自分のことだけを考えることでもありません。
自分が何を願い、何を引き受け、どこで力を発揮してみたいのかを、自分の言葉で確かめることだと思います。

以前の私は、「一任」と書くことが大人っぽいことのように思っていました。
でも今は、自分の希望を考え、言葉にし、必要なら一歩踏み出してみることの方が、ずっと勇気のいることだと感じています。
ただ、すぐにやりたいことが見つからなくても、焦らなくていいと思います。
何をしたいのか、どこで力を発揮したいのかは、そんなに簡単に言葉になるものではありません。
​​​​​​​
今はまだうまく言えなくても、立ち止まりながら考えていく中で、少しずつ見えてくることもあるはずです。
自分は何をしたいのか。
自分は何に挑戦してみたいのか。
そんなことを、少しゆっくり考えてみる。
すぐに答えを出さなくてもいい。
そういう時間を持つことも、悪くないように思います。

羽渕 弘毅(はぶち こうき)

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事
専門は英語教育学、学習評価、ICT活用。高等学校や小学校での勤務経験を経て、現職。これまで文部科学省指定の英語教育強化地域拠点事業での公開授業や全国での実践・研究発表を行っている。働きながらの大学院生活(関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程前期)を終え、「これからの教育の在り方」を探求中。自称、教育界きってのオリックスファン。

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