困っている子をみんなで支える ~周囲に援助を要請する力を育てることが,子どもの自立につながる~(3)
集団の中で生きづらさを感じ自己肯定感が低くなってしまう子どもがいる。発達の特性や障害のある子が、そうした状況に陥らないようにすることは,特別支援教育のねらいの一つである。
そのためには,特性や障害に応じた指導や配慮に加え,人間関係を形成する力を育てる働きかけが重要。こうした専門的な力量を備えた教員が集まり,心理や医療の最新の知見を生かし実践を進めているのが特別支援学校だ。
先日参観したA特別支援学校(以下、A校)の具体的な指導や教育環境に学んだことを紹介したい。
静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘
感動体験を「見える化」する
静岡県のA校は知的障害のある子に12年間の一貫教育を施している。
周囲の里山が紅葉する中,敷地内外に樹木が豊かに繁り,心が落ち着く教育環境が整えられていた。
図工・美術室に入ると,中学部の子どもたちが作業学習を進めていた。
5人の生徒がそれぞれ大きな机に向かい,明るい黄色の小花(メランポジウム)を手にしている。
いろんな長さに切ったメランポジウムの茎を,手作りの花瓶に生けている子がいる。また花びらを一枚一枚取り,台紙に貼っている子もいた。細かな手作業で大変そうだ。
どの子も心地よさそうな表情で活動に浸り,時々近くの子や先生との会話が交わされる。先生方のかかわりはやわらかく,子ども一人ひとりのペースでゆっくり時間が流れていく。リラックスした体の様子から安心感も伝わってくる。
活動に使っているメランポジウムは,夏休み前に種をまき生徒がここまで栽培してきたものだ。秋の間も花は休みなく咲くので,切った花に作業を加え,校長先生をはじめ職員一人ひとりにプレゼントする活動が続いてきた。
生徒の机の周囲には大きな掲示用ボードが五つ置かれ,花のプレゼントをもらって喜ぶ職員の写真がたくさん貼られている。笑顔に触れたそのときの感動を,子どもたちは写真を通して共有できる。
時間とともに、この活動は忘れてしまうかもしれない。しかし、経験の想起が次の意欲にもつながるはずだ。知的障害の子どもの教育に「見える化」は大きな効果を発揮するのだろう。
「困っている」と言ったら……

ボードにカードを貼って見える化する
あるボードには「協力」「分担する」「手伝う」などの言語カードが貼られている。その周囲にある黄色の付箋紙は,「おもいものはいっしょにもつ」「いっしょにやろう!」など,授業中に発せられた言葉を、その都度、授業者が取り上げ加えたものだ。
ボードの上部に掲げられたタイトルは「みんなを笑顔にする力」。仲間とのつながりの様相も,こうして見える化しているのだろう。
授業終盤の振り返りの場面で,B子さんが明るい笑顔で発言した。
「『困っている』と言ったら,『やるよ』と言ってくれた!」
この出来事を授業者は重く受け止めたのがわかった。
「うれしかったね。それに,手伝ってくれた人も笑顔だったね」
新しい付箋紙に「こまっていることをつたえた」の言葉が書かれ,ボードに貼られた。
この場面が印象に深く残り,放課後のグループ協議で質問した。中学部の先生はこの意味を詳しく教えてくれた。
この子たちは困っていることがあっても,
・どう言ったらいいかわからない
・ドキドキしてしまう
・その結果黙ってしまう
そんな場面が日常生活でよく見られるそうだ。
また、周りの大人たちが先回りし,困らせないよう環境を整えてしまうことも多い。それは自立につながらないとのこと。
「困っていることを子ども自身が表出できることが大事」で,それを「援助要請」という言葉で表すことも知った。先生方はこの方法を,仲間とのかかわりの文脈に沿った自然な流れの中で、印象深く学ばせている。さすがだなと思う。こうして援助要請は子どもたちの生きて働く力になっていくだろう。
自立した人間とは
「本当に自立した人は,上手に人に頼ることができる」
と言われる。しかしそれは人に依存し切ることとは違うだろう。
「自分のことは自分で進める」
その意志と構えがあっての援助要請のはず。
A校では小学部1年の国語でその基盤づくりの場面を目にした。
BさんとCさんが取り組む課題は違っており,CさんとDさんには,ワークシート自体異なる物が用意されていた。子どもたちに個別最適な学びを保障し,自力で進める学習を促していたのだ。
発達の様相に合わせ援助要請の方法を身に付けさせることは,通常学級においても「安心して頼れる関係性」を築くことにつながるだろう。それは自立と協働の両面の力を育てるはず。

大村 高弘(おおむら たかひろ)
静岡大学大学院教育学研究科特任教授
これまで公立小・附属小・地教委に勤務し、現在は教職大学院の実務家教員をしています。
学校を離れてみると、改めて探究したいことがふくらんできます。また学生・院生とかかわる中で、教職の魅力・やり甲斐を見つめ直せてもいます。
『教育つれづれ日誌』を読んでくださる皆さんと一緒に、子どもを中心に位置づけたよい実践はどうつくられるか、考えていきたいと思います。
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