2026.01.19
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困っている子をみんなで支える ~「大人を見る目」に長けている子ども,そう育たざるをえなかった養育環境や愛着の背景を見据えて~ (4)

「この人は本気で自分を受けとめてくれるのか?」 
「愛情をそそいでくれる人なのか?」
大人を,こうした思いで見ざるをえない子がいる。恵まれない家庭環境のなか,食事や入浴,身の回りの整頓など当たり前の生活ができなかった子,ネグレクトや虐待を受けながら育ってきた子たちだ。
重ねた経験によって,大人の信頼性を敏感に見極める目をもつようになる。表面的なかかわりでは,なかなか心を開いてくれない。では,どんな指導や環境によって,この子たちの幸福な成長は保証されるのだろう。
過日参観した児童福祉施設では,子どもを丸ごと包み込む,生活をベースにした支援が進められていた。職員の方々の子どもに向かう姿が心に深く残った。教職を含め,対人援助職に求められるのは相手との信頼関係をつくること。その要諦がここにあると思った。

静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘

この子どもたちにとっての「家」

「〇〇学園」は,昭和のころに開設された児童心理治療施設だ。
車で向かうと,市街地から少し離れたところに,木々の緑を背景にした施設が見えた。

ここでは家庭環境や学校での交友関係,その他環境上の理由で社会生活への適応が困難になった子たちが暮らしている。この学園に入ったことで,初めて誕生日ケーキを食べることができた子もいたという。現在は小学校1年生から中学校3年生までの児童・生徒30数人が,寮生活をしながら隣接する小・中の分校に通っている。

子どもたちが分校にいる時間帯に,寮を見学させてもらった。
リビングや個室のフローリングには木材が使われ温もりを感じる。一人ひとりの居室がプライベート空間として確保され,どの部屋も南向きで明るい。中をのぞかせてもらうと,机・椅子・ベッドなどが置かれ思ったよりも広い。
- 土・日もここで過ごすのか -
家は大人にとってさえ生活の拠点。帰っていく場所であり心のよりどころだ。それがこの子たちには……
ー お正月はどんなふうに過ごすのだろう? ー
以前テレビドラマで見た児童福祉施設の様子が浮かんできた。

寮内の様子を説明してくれる児童指導員は,明るくにこやかな方だ。
「この部屋のAさん,以前よりもずいぶん整頓ができるようになって……」
語りに,Aさんの変化や成長への温かなまなざしを感じる。起床,食事,学習,余暇,入浴,就寝。子どもたちと寝食を共にし,身近な大人としてかかわっているのだろう。

浴室・トイレ・相談室なども見学した。リビングや食堂は掃除が行き届き,子どもの所有物がきれいに整頓されている。
ー コップの取っ手の向きまでそろっている! -
この環境が子どもの心の安定につながっているはずだ。でも指導員から,
「BさんとCさんの関係がよくなくて,ずっとなんですよ……」
という話も聞いた。子ども同士のいさかいは起こりやすいようだ。
この子たちは,これまでの過酷な養育のなかで脅かされる環境を生き抜いてきた。乳幼児期から不適切な養育を受けた子のなかには感情をコントロールする力が十分に育たず,ささいなことで激しく興奮する子もいるという。

「たたかいはこころの中でしよう」
ある部屋に貼られていた呼びかけだ。
「やられたらやり返す」「殴られないために嘘をつく」。そうせざるをえない環境を生きてきた子もいるのだ。欲求不満への耐性が弱かったり衝動的だったりもする。そうした子たちにかかわる指導員は,さまざまなストレスに日々さらされるはずだ。でも明るく快活で魅力的な感情表現をされていた。
「『安心して話ができる存在』と思ってもらえるように接しなければ……」
園の治療指導課長が何度も口にしていた言葉だ。それが指導員の姿と言葉に表れている。
「家とは,場所のことでなく関係性そのもの」と先日読んだ新聞にあった。この子たちにとってここは「家」なのだ。

そう動かざるをえない理由がある

併設する分校へ移動する。教室は通常の学校よりも小さい。特別教室ではテーブル(理科室の実験台など)の数も少ない。一人ひとりに寄り添ったかかわりを可能にするためだろう。
休み時間なので,花壇の近くで手に網を持つ子の姿が見えた。虫取りに熱中している。廊下を通ると,教室の戸を開け笑顔であいさつしてくれる子もいる。外からながめたら日常の学校生活を送る子と何も変わらない。でも…… 
教室や廊下の掲示に画びょうが一つも使われていない。理由を聞いてハッとした。自傷行為に使われるといけないからだという。

教師に少し注意されただけで「脅かされた」と感じてしまう子がいるという。何かあると「自分が悪いから」「自分が我慢すればいい」と,家庭にいた時と同じように思ってしまう子もいる。大人を頼れないのだ。自分を傷つけてしまう子もいる。

小・中学部の二人の先生と懇談した。
「ここへ来る前,自分は特別支援を担当していたのですが……」
でもこの園では,それまでに体験したことのない出来事に出会ってきたそうだ。
問題行動が発生したとき,
「そう動かざるをえない理由がある,と捉えないと……」
との言葉が印象に残った。
表出されたものの背景にある「見えない困り感」を察知しようとする。その子の言動が発達の特性によるのか,知的能力の課題によるものなのか,あるいは愛着障害やトラウマに起因するのか,など。

「入所時は,自己肯定感のとても低い子が多いのです」
との思いも語られた。
愛着形成が整っていれば,自分で不安を統制することができる。でもそうでないと,自分を守るために他者を攻撃したり,「自分にはどうせ無理」と捉えてしまったりしやすいのだ。

そうした子たちが,長い時間のかかわりのなかで変化していく姿を,先生方は目にするという。一人ひとりに細やかに気を配り,気になる表れは上司や同僚に相談する。その時々に自分の捉え方を見直していく。また寄り添って支援する手だてを,たくさん用意しておく。
愛着の欲求に応えてくれる大人とこうして出会い,内面の満たされる深いかかわりを経験することで,子どもは心を開き変化していくのだろう。

「子どもの心のエネルギーを黒字に」する支援

今回の参観の中で何度も耳にして,心に残った言葉だ。
これまで赤字だった精神的なエネルギーを充填する。ときに大人にも必要なことだろう。
園の学習部の先生方が大切にしていること,自立を促すポイントを,教頭が三つ示してくれた。
〇「やらなければならないこと」ではなく「できそうなこと」
〇「できないこと」ではなく「伸びそうなこと」
〇「私たち(周り)が困っていること」ではなく「本人が困っていること」

「遅くてもいいから自信を取り戻せるように」
「学校に戻ったら,新たな挑戦ができるように」
そうした願いを強くもち,子どもの伸びる力を信じ,先生方はまっすぐ子どもに向かっているのだと感じた。
ここに入所した子の在園期間は,平均で2年半くらいだそうだ。ここまで手塩にかけて育てた子どもたちが成長し園を巣立っていく姿を,職員の方々はどんな気持ちで見送るのだろう。

大村 高弘(おおむら たかひろ)

静岡大学大学院教育学研究科特任教授


これまで公立小・附属小・地教委に勤務し、現在は教職大学院の実務家教員をしています。
学校を離れてみると、改めて探究したいことがふくらんできます。また学生・院生とかかわる中で、教職の魅力・やり甲斐を見つめ直せてもいます。
『教育つれづれ日誌』を読んでくださる皆さんと一緒に、子どもを中心に位置づけたよい実践はどうつくられるか、考えていきたいと思います。

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