2025.05.23

「気持ちよさ」から「面白さ」へー快適さを超える授業を目指して

先日、漫画編集者の方と対談する機会がありました。
漫画編集者と教師は一見、全く異なる職種ですが、授業作りにおいて転用できる考え方がありました。

千代田区立九段中等教育学校　廣瀨紘太郎

はじめに―漫画編集者との対話から

先日、出版社で編集者の方と対談する機会がありました。そこで、その編集者の方は、作品を「気持ちいい作品」と「面白い作品」の二軸で捉え、戦略を立てているとお話しされていました。
前者はヒーローものに代表され、読者が無条件に自己を肯定されることで快感を得られるタイプです。後者はその対極に位置し、読後に価値観が揺さぶられ、世界の見え方が変わる体験をもたらすと説明されていました。

「気持ちいい授業」とは―手段が目的化した学び

先ほどの「気持ちいい作品」を授業に当てはめて考えると、「気持ちいい授業」とは、言い換えれば「手段が目的化してしまった授業」だと考えます。
たとえば、クイズアプリの派手な演出やアニメーション、スライドの動きに頼って生徒を引きつける授業、あるいはインターネットから拾った情報をそのまま貼り付けて発表させるだけのプレゼンテーションなどが該当します。確かに教室は盛り上がり、生徒は画面にかじりつきますが、その「楽しさ」の奥に学びの核心が見えなければ、結局は快適さだけを追いかける「気持ちいい授業」にとどまってしまいます。
昨今、教育界では「個別最適な学び」がキーワードになっています。しかし、その「最適」がいつの間に「快適」にすり替わってしまえば、学習は表層をなぞるだけで終わります。情報機器やアクティビティは、あくまで学びを深めるための「手段」にすぎないことを忘れてはなりません。

「面白い授業」とは―深い学びを生む異質な問い

「快適さ」にとどまる授業の対極にあるのが、「面白い授業」です。ここでいう面白さとは、「明確な目的のもとで知識と技能が有機的に結び付き、生徒の思考が揺さぶられながら深化していくこと」を指します。すなわち、私たちが目指す「深い学び」そのものと言えるでしょう。
生徒の興味・関心に寄り添うことは出発点として重要ですが、それだけでは「快適さ」と同じ轍を踏む可能性があります。むしろ、一見「異質」に映る題材や問いをあえて盛り込み、「なぜこれを学ぶのか」「学びの先にどのような資質・能力が育つのか」を生徒とともに掘り下げることで、教室は探究の場へと変わります。
鍵となるのは、授業者と生徒が共有する「納得感のある目的設定」です。目的が定まれば、デジタルツールやアクティビティは効果的な手段として活き、生徒は快適さを超えて「面白い」学びの渦中で自らの認識を刷新していきます。

「気持ちよさ」と「面白さ」の調律―安心から挑戦へ

授業は「気持ちよさ」と「面白さ」を対立させるのではなく、両者を調和させる営みです。導入ではクイズや映像で心理的ハードルを下げ、生徒を学びの輪へ招き入れます。その後、問いを掘り下げ、異質な視点を交差させて思考を揺さぶれば、授業は「面白い」領域へ移行します。
極端にどちらかを目指すのではなく、連続性を意識することで安心と挑戦が共存する学習空間が生まれ、「学ぶことは面白い」という意識が芽生えます。そしてそれが、次の学びを自走させる原動力になると思います。

廣瀨紘太郎（ひろせこうたろう）

千代田区立九段中等教育学校

「活動あって学びあり」をモットーに、日々研究を重ねています。特に国語科教育では、アダプテーション（翻案）の手法を取り入れた授業を実践し、生徒の深い学びを目指しています。
教科の枠を超えて、多様な視点からものごとを捉え、表面的なことだけでなく、その背後にある本質に迫ることを大切にしながらよりよい教育のあり方を皆さんとともに探究していきたいです。