2026.09.13
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「選ぶ」って、難しい

「自分で選んでいいよ」と言われると、うれしいでしょうか。それとも、少し困るでしょうか。
大人になっても、選ぶことは簡単ではありません。進路や仕事のことはもちろん、日々の小さなことでも、誰かが「これがいい」と決めてくれたら、そのほうが楽だと思うことがあります。
それでも、人生には、自分で選ばなければならない場面がたくさんあります。最近では、AIに相談すれば、いくつかの選択肢を比べて「あなたにはこれがおすすめです」と示してくれるようにもなりました。
だからこそ、改めて選ぶということについて考えてみたいと思いました。選択肢を与えることと、自分で選べるようになることは、同じではないのかもしれません。
学校では、子どもたちが自分で選ぶ場面が増えています。では、私たちはそこで、子どもたちにどんな選ぶを経験してほしいのでしょうか。

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事 羽渕 弘毅

「選ぶ」って、難しい

「どちらにしますか?」
そう聞かれて、すぐに決められないことがあります。大人になっても、そうです。「自分で決めてください」と言われると、案外困ります。

誰かが「こちらがいいと思います」と言ってくれたら、そのほうが楽なこともあります。自分で決めなくていいからです。
似たようなことを、以前の記事でも書きました。よろしければ、こちらもご参照ください。
「一任」の向こう側から考える教員研修とやりたいこと

もしうまくいかなかったとしても、「自分で決めたわけではない」と思えるかもしれません。考えてみれば、自分で選ぶということには、それなりの負担があります。

だからこそ、子どもたちに「自分で選びなさい」と言うとき、私たちは選ぶということそのものについて、もう少し考えておく必要があるのではないでしょうか。

選ぶまでには、けっこう時間がかかる

「自分で選びなさい」と言うのは簡単です。我が家でも、自分の子どもたちに言うことがあります。
ただ、時間が経つと、「選びなさい」と言っていたはずなのに、親の見えない「こっちを選んでほしい」パワーが子どもに伝わってしまうことがあります。反省です。

でも、実際に何かを選ぶまでには、いくつもの過程があります。
まず、いろいろなことを知る。比べる。考える。迷う。そして、自分なりの答えをつくって、選ぶ。決めた後には、その結果を受け止めることもあります。
選ぶという一つの言葉の中に、これだけのことが含まれている。

特に私は、迷うということも大切なのではないかと思っています。
家庭だけではなく、学校で迷っている子どもを見ると、「早く決めよう」と言いたくなることがあります。でも、迷っているということは、それだけ何かを比べたり、自分なりに考えたりしている途中なのかもしれません。

「こっちがいいかな。でも、こっちもいいな」
そんな時間も、選ぶことの一部なのだと思います。

誰かに決めてもらえば、楽なのだけれど

進路を考えるときにも、同じようなことがあります。
「あなたはどうしたい?」
そう聞かれても、すぐに答えられるとは限りません。

自分が何をしたいのか分からないこともあるし、選択肢についてよく知らないこともある。いろいろ考えた結果、どちらを選んでもよいように思えて、決められないこともあります。

私自身も、本当にそうです。優柔不断で、なかなか選べません。これまでの進路についても、自信をもって自分で選んだと言えるものばかりではありません。

そんなとき、
「先生がそう言うなら、そこにします」
「親が決めたから」
「みんなが行くから」
となれば、少し楽になるかもしれません。

けれど、自分で決めなかったことは、後になって「本当はどうしたかったのだろう」と思ったり、うまくいかなかったときに誰かのせいにしたくなったりすることもあります。

もちろん、自分で決めれば後悔しないというわけではありません。自分で考えて選んだとしても、「違ったな」と思うことはあるでしょう。
それでも、自分で考えて決めた経験があれば、「では、次はどうしよう」と考えることはできるのではないでしょうか。

私たちは、毎日の暮らしの中でも、仕事の中でも、何かを選びながら過ごしています。そう考えると、選ぶという経験は、特別な場面だけにあるものではないのだと思います。
だから学校でも、自分で選ぶことを経験しておくことには意味があるのだと思います。

AIが「あなたにはこちらがおすすめです」と言ってくれる時代

そして今は、選ぶことをAIに手伝ってもらえる時代になりました。
条件を伝えれば、これまでの経験や希望などをもとに候補を挙げてくれる。いくつかの選択肢を比較してくれる。理由まで説明してくれる。

「あなたの場合は、こちらがおすすめです」と答えてくれることもあります。
これは、とても便利なことです。

私自身も、何かを考えるときにAIを使うことがあります。自分だけでは思いつかなかった視点をもらったり、考えを整理したりすることができます。
だから、AIに相談すること自体が問題なのではありません。

むしろ考えたいのは、AIから示された答えを、自分はどう受け止めるのかということです。
AIが「こちらがいい」と言った。
では、それをそのまま選ぶのか。

それとも、
「本当に自分はそう思うのか」
「自分にとってはどうなのか」
「別の考え方はないのか」
と、もう一度自分で考えてみるのか。

AIがいろいろなことを教えてくれる時代だからこそ、自分なりに考えて、自分なりの答えをつくることは、これまで以上に大切になるのかもしれません。

学校では、どんな「選ぶ」を経験しているだろう

学校でも、子どもたちは毎日のように何かを選んでいます。

「どちらの課題にする?」
「どの方法で調べる?」
「誰と一緒に学ぶ?」
「今日はどこまで進める?」

最近は、子どもたちが自分で学び方を選ぶ授業も増えてきました。
自由進度学習も、その一つでしょう。

自分のペースで学ぶ。取り組む順番を考える。必要なときには教師に相談する。自分に合った方法を選ぶ。
こうした経験には、大きな意味があると思います。

ただ、ここで少し考えたいことがあります。
自由な時間が増えれば、選ぶ力が育つのでしょうか。
私は、必ずしもそうではないと思います。

「今日は自由にやっていいよ」と言われても、何を基準に選べばよいのか分からない子どももいるでしょう。
選択肢がたくさんあればあるほど、選びやすくなるとも限りません。

大切なのは、選択肢の数だけではなく、選ぶことの質なのではないでしょうか。

「どうして、それを選んだの?」

例えば、子どもが何かを選んだときに、
「どうして、それを選んだの?」
と聞いてみる。

「こっちのほうが自分には合っていると思った」
「前にやったことがあるから」
「友達がやっていたから」

どんな答えが返ってくるかは分かりません。

でも、その理由を言葉にしてみることで、自分が何を大切にして選んだのかが少し見えてくるかもしれません。

選んだ後にも、できることがあります。
「やってみて、どうだった?」
「この選び方でよかった?」
「もう一度選ぶなら、どうする?」
そんなふうに振り返ってみる。

選んだことが正しかったかどうかを評価するのではなく、自分の選び方を振り返る。
そうした経験を重ねることで、少しずつ選ぶということそのものを学んでいけるのではないでしょうか。

正しい選択より、自分の選択を

学校で育てたいのは、いつも正しい選択ができる子どもではないのだと思います。人生には、正解が分からない選択がたくさんあります。学校にも小さな選択がたくさんあります。

何を選んでも、あとから「これでよかったのかな」と思うことはあるでしょう。
だからこそ、いろいろなことを知る。比べる。考える。迷う。自分なりの答えをつくる。そして、自分で選んで、決める。その結果を振り返って、必要なら選び直す。

そんな経験を、学校で少しずつ積み重ねていくことが大切なのではないでしょうか。誰かに決めてもらえば、楽なこともあります。AIに決めてもらえば、もっと楽になることもあるかもしれません。

それでも、自分のことについて「自分はどうしたいのか」と考えることまで、誰かに任せてしまっていいのだろうか。
選ぶというのは、思っている以上に難しい。でも、選ぶことは、しんどいことばかりでもないのだと思います。

いろいろ考えて、迷って、「これにしよう」と決める。そして、「じゃあ、やってみよう」と動き出す。
そのとき、自分で選んだということが、次の一歩を少し後押ししてくれることがあります。

もちろん、選んだ結果が思っていたものと違うこともあります。そんなときには、「次はどうしよう」と考えればいい。
そう考えると、選ぶということは、何か一つの答えを決めて終わることではないのかもしれません。

自分は何を大切にしたいのかを考え、自分なりの答えをつくってみる。そして、それをやってみる。うまくいかなければ、また考えて、選び直す。
そうやって、自分の選択が少しずつ自分の経験になっていく。

だから、選ぶって、難しい。でも、だからこそ、面白い。
子どもたちには、迷いながらでも自分なりに考え、自分なりの答えをつくって、選んでいける人になってほしいと思います。

そして、「自分で選んでみるのも、悪くないな」と思える経験を、学校の中でたくさんしてほしい。
そのために、教師は選択肢を用意するだけでなく、考えたり、迷ったり、選び直したりする時間も大切にしたい。

学校には選ぶことを学べる場面がたくさんあります。
「どれを選ぶ?」から始まって、「なぜ、それを選んだ?」へ。そして、「選んでみて、どうだった?」へ。

そんな小さな積み重ねが、いつか自分の人生を自分で選んでいくことにつながっていくのかもしれません。

羽渕 弘毅(はぶち こうき)

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事
専門は英語教育学、学習評価、ICT活用。高等学校や小学校での勤務経験を経て、現職。これまで文部科学省指定の英語教育強化地域拠点事業での公開授業や全国での実践・研究発表を行っている。働きながらの大学院生活(関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程前期)を終え、「これからの教育の在り方」を探求中。自称、教育界きってのオリックスファン。

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