「振り返り」に値する中味(授業)が大事 もう一度「振り返り」を考える編
これまで「振り返り」にふさわしい授業を創るためには、何が大切かを12回にわたって考えてきました。今回はこれまでの総括として、子どもの「振り返り」についてもう一度考えてみたいと思います。子どもの「振り返り」をどのようにさせるとよいか、どのような効果があったのかといった研究は、随分と蓄積がなされてきました。幼児教育から高等教育まで発達段階も様々です。ここでは、子どもはこの「振り返り」について、どのような実感を抱いているのか。どのような考えを持っているのか。そんな視点から考えてみたいと思います。【『つなぐ・つながる』 「振り返り」について子どもに聞いてみる】のお話と重ねて読んでくださるとありがたく思います。
浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授 前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師 川島 隆
「振り返れば何がある?」
三十年ほど前、テレビで「振り返れば、○○がいる」というドラマが話題を呼んでいました。
私はこのドラマの主題歌と相まって、熱烈なファンでした。
しかし、ドラマが終了してからも気になっていたのが、このタイトル「振り返れば○○がいる」とは、どういう意図があるのだろうっていうことでした。
そのようなことを考えながら、本題に入っていきます。
さて、子どもが授業で「振り返り」を書いたら、そこに何が生まれるのだろう?何があるのだろう?と考えました。
教師は、もちろん何らかの意図があって、「書く」ことを求めているのですが、子どもは先生に言われたから「書いて」いるのでしょうか?
どんなことを考えて書いているのでしょうか。
そんな「振り返り」の子どもにとっての原点を考えてみました。
私の「振り返り」実践は、「体育日記」から
新採1年目、大規模校の3年生の担任になりました。
私以外の先生方は、経験豊かな方ばかり。
いろいろなアドバイスをいただけました。
その中で、こんな話をしてくださったのです。
「川島先生は体育が専門なんでしょ。その専門を生かして、1年間何かやってみるといいね」
そんな話で、その先生が提案してくださったのが「体育ノート」でした。
体育って教科書、ノートがないじゃないですか。
何をやったか、学んだか、分かったか?
記録に残らずもっぱら記憶の世界なんですね。
そこで、「体育ノート」を作ったらどうかという話でした。
そして私は早速ノートをそろえて、「体育学習ノート(体育日記)」と命名して、ノート指導をスタートさせたのでした。
(結果、4年間続けました)
「何を」書くのか?それが問題です。
ただ「書きなさい!」って言っても、子どもは書けませんよね。
そこで、「振り返り」の項目を提供しました。
ここに示したような5項目について、振り返ってもらい、その下には、自由記述による「振り返りの作文」を書かせました。
5項目は、「楽しさ」「力いっぱい運動」「友達との交流」「めあての達成」の4項目に加えて、「先生への要望」の5つでした。
4項目は、私が目指した体育の授業の姿を項目として、授業評価の材料にしていました。
当時、子どもたちは、率直に書いてくれて、子どもの本音が見えてきてうれしかったですね。
それに「楽しさ」という観点でも、教師が考えている「楽しさ」と子どもの感じている「楽しさ」って、ちょっと違うんだって考えたりました。
「何を書くのか」は、授業者である「私」が、子どもに何を教えてもらいたいのか。
そういうスタンスがまず必要だなと思いました。
「いつ」書くのか、それも問題です
この「体育学習ノート(体育日記)」は、授業内で書くには少し時間が足りません。
そこで、授業外の学校の空き時間に書くこともありましたが、ほとんどは家庭学習の一つとしていました。
週3時間、3回、家庭学習になったということです。
でも、その授業をした日にどうしても子どもの反応が知りたい、子どもの声を聴いておきたい、そういうときは、どこか学校にいる時間に書く時間をとったりしていました。
「どのように」振り返るのか?
その当時から十年ほどを経た30代の教員時代には、子ども全員のノートを配って見ていくことから、フリーな用紙を配付して、自由に「振り返り」を書いてもらうこともありました。
第3学年体育科「のりのり元気体操を創ろう」という8時間扱いの授業を行いました。
当時の「基本の運動」(現在の「体つくり運動」系)の領域で、体操系と表現運動系をミックスさせた単元でした。
「させられる振り返り」から「してみたい振り返り」へ
「振り返り」は、先生から指示されて行うもの。
子どもにとっては「させられる振り返り」になるわけです。
これでは、主体性など育つわけがありません。
「振り返り」を書くことで、「気付き」が生まれたり、「発見」があったり、「思い」が高まったり、何か子どもにいいことがないといつまでたっても、させられる、受け身の活動になってしまいます。
ここに紹介している振り返りは絵や図があって、自由に書いています。
実に子どもらしくっていいなと思います。
単元末にも振り返って
これらの作文は、
〇 表現するための技能等の高まりに対する喜び(~~~~~波線部)
〇 友達と協力して表現できたことの喜び(=====二重線部)
〇 自己の内面の成長に対する喜び(………………点線部)
の3つを主な内容としてまとめることができます。
自己表現できるようなったことを自ら評価し、自己の成長をも確認しています。
表現運動の楽しさを味わうことができるのは、
「精一杯の力を尽くし,表したい動き(表現)を創り出し・踊ることができたときであり、見る人に褒められたり動きをわかってもらえたりしたときである」
と言われていますが、それについて、これらの作文から十分読みとることができる「振り返り」であり、決して先生に書かされている感じがしません。
自由に学んだことを書きつづっているのですが、その中に授業の大切な要素が詰まってきているのだと思います。
むすびに 「振り返り」の意義を考えると、
今、「振り返り」は、学習指導要領解説総則編に示されているように、授業改善の柱として、OECD「Education2030プロジェクト」で提唱されているAARサイクルにおける重要なプロセスとして、重要な役割を担っています。
「いつ」「何を」「どのように」「振り返り」をするのかは、授業の質とともに重要な課題であると思いますが、できるところからやってみる、そして、子どもがしてみたいなというものにしていけるとよいと思います。
もちろん私も、そこに向けた一歩を進めていきたいと思います。
また、この一歩の続きをお話できる機会がありましたら、ぜひおつきあいください。
ここまでお読みくださった皆さんに心より感謝を申し上げ、このシリーズ、「むすび」といたします。
ありがとうございました。
参考資料
- 川島 隆(2021) 「子どもの側からとらえた授業の「振り返り」の意義と効果」 浜松学院大学短期大学部 研究論集 第19号
- 川島 隆(1993) 「体育授業における視聴覚教材の導入についての試み」 実技教育研究第7号 兵庫教育大学学校教育学部附属実技教育研究指導センター
川島 隆(かわしま たかし)
浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授
前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師
2020年度まで静岡県内公立小学校に勤務し、2021年度から大学教員として、幼稚園教諭・保育士、小学校・特別支援学校教員を目指す学生の指導・支援にあたっています。幼小接続の在り方や成長実感を伴う教師の力量形成を中心に、教育現場に貢献できる研究と教育に微力ながら力を尽くしていきたいと考えております。
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