2019.07.10
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子どもの発達/知的障害を、保護者に告げるときのこと

自分の子どもが特別支援の対象と気づいていない保護者の方に、そのことを伝えるとき、みなさんはどのようにしますか。若い先生にそのことを相談されて、お答えしたら「すごく良かったです!」と言ってもらえたので、気分を良くしてここにも書いちゃいます。

東京都板橋区立徳丸小学校教諭  カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)  特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事 林 真未

ある程度のキャリアを積んでくると、事前情報がなくても、自分のクラスに発達障害、知的障害の子がいると、すぐにわかるのではないでしょうか。
けれど、それまでの経緯で、保護者にその子の障害について知らせていない。でも、今後のことを考えると、お子さんの障害を保護者に知らせ、なんらかの手段を取った方がいい。
さて、どうしましょうか。

1 教室での様子を伝え一緒に取り組む

私は、まず、電話ではなく、学校までご足労いただき、対面で、発達/知的障害という言葉を使わずに、教室での子どもの様子を伝えます。

  • 伝える時に、少しでも、他の子が困っているとか、自分が困っているとか、否定的なニュアンスを含むのは禁物です。
  • 細部まで具体的に、丁寧に、事実を積み上げるように伝えます。
  • 担任はまだ子どもとの付き合いが浅いので、このような行動をする理由や対処法について、生まれた時から知っている保護者の方のアドバイスを仰ぎたいと伝えます。
  • その上で、担任が努力すること、親が努力すること、本人が努力することを整理して、指導、支援方針を共有します。

このことで問題が著しく改善されれば、たとえ強く発達/知的障害が疑われても、私はおそらく保護者にお伝えしないと思います。

2 たくさんの人に確認する

特別支援コーディネーター、スクールカウンセラー、巡回指導講師、管理職、特別支援級や通級の教員など、たくさんの大人たちに、その子の様子を見てもらいます。もし可能であれば、保護者にも教育相談等の自治体リソースを利用してもらいます。

こうして、すべての人の意見が、自分の見立てと同じかどうかを確認し、その子の障害の特定を共有します。また、この段階でも皆さんにアドバイスいただき、新しい指導のアイデアなども探ります。

もし、ここで判断にばらつきがあるようでしたら、まだ保護者にお伝えする段階ではないと思います。むしろ、それらの人々と子どもの観察、情報共有を重ねて、問題を見いだし、指導を工夫する段階です。

3 受診を促す  

1、 2の段階を経ても問題が改善されなかった場合は、やはり保護者に事実を伝えるしかないと考えます。
本来、障害があることは、なにも悪いことではなく、特別支援を受けることも、なにもためらうことではないはずです。けれど、このことに私たちが慎重になり、細心の配慮をするのは、一般社会の中に、障害に対する偏見や差別があることを知っているからです。
私は、それを踏まえて、まず保護者の方にこのように伝えます。

「おうちでも学校でも一所懸命やって、本人も頑張っているのに、それでもうまくいかないということは、私たちの力ではどうしようもできない原因がある、と考えたほうがいいと思うのです。いちおう、そういう原因があるかどうかを探ってみませんか?」

こうして、WISCやその他のツールを使って、発達/知的障害の受診に繋げます。ただし、障害の診断をうけることと、特別支援に繋げることは別の問題です。

4 ほんとうの事情を伝える

受診に繋げたら、ほぼ100パーセントの割合で、こちらが思っていた通りの診断結果が出るはずです。
ただ、その後どうするかを決めるのは保護者、と私は考えます。そして、このように伝えます。

「今の日本の教育システムは、どれもこれも選べるという状況ではありません。みんなと一緒にいながら、その子に合った教育を受けるということは、残念ながらできません。どちらかを選ばなくてはならないのです。もし、個別に手厚い指導を受けたければ特別支援を、たとえ満足のいく支援が受けられなくても多くの子どもたちともにいたいなら通常級を。選ぶのは保護者です」

他の子に危害を加えがちなADHDの子の場合は、通常級を選んだ場合の想定されるリスクも、合わせてお伝えすると思います。必要に応じて、人的配慮の限界など、学校の事情も可能な限りお伝えします。

5 自分の意見はぜったい言わない

事実を伝え、選択肢を提示すると、保護者の方は決まって、「どうすればいいですかねえ」「先生はどうすればいいと思いますか」と、相談を持ちかけてこられます。

そんなとき、私はぜったいにお応えしません。担任がその子の育ちに関われるのはたった1年か2年です。そんな立場の人間が、大きな選択に意見をはさむのは危険です。それに、保護者の方は先生の言うことを、こちらが思っているよりずっと重要視しますから、先生が少しでも意見めいたことを言うと、それに大きく左右されてしまいます。

厳しいようですが、その子がどこでどう学ぶかは、子どもの育ちに一生付き合っていく家族と、当の本人が決めること。そのために、判断材料になることは洗いざらい、そして私の知る限りの情報はありったけ提示する。私ができるのはそこまでです。

6 クラスを離れても愛し続ける

教員になる前、私は、長くオールインクルーシブ推進活動に参加していたので、本音のところでは、たとえ障害があっても自分のクラスにずっといてほしいという気持ちがあります。一方、教員として、通常級では1/30の配慮しかできないのだから、少人数でその子に合った学習指導を受けられた方がいい、という大人の判断も理解できます。

いずれにしても、選ぶのは保護者です。これを判断するのは、しんどいことと思います。
どちらの結果になったとしても、私は、いつまでもその子に心を懸けて、愛し続けていきます。

今回は、拙著「困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡」の主人公に登場してもらいました。

(お断り)

※ 日本式インクルーシブ教育について

現在日本では、インクルーシブ教育を推進しています。合理的配慮を用いてともに学ぶということになっており、原則的には、保護者と本人の意向により就学先を決定できることになっています。しかし、就学指導委員会の決定を覆して自分の意見を貫く保護者の方は少なく、結局、ほとんどの子は、特別支援学校、特別支援学級、通級(週一回程度の取出し指導)を含む通常級のいずれかに、委員会の決定を受けて進学します(自治体により差があります)。

イタリアでは、オールインクルーシブ、つまりどの子も通常学級で学ぶ方式をとっているそうです。ただし20人学級に担任2人。
日本の通常級では、発達/知的障害等の疑われる子、あるいは就学指導委員会の決定に反して通常級に進学した子等を含む30人強の子どもたちをたった1人で指導します。

日本の教員は超優秀なので、そんな厳しい状況でも、1人でマネジメントしようと努力してしまう。そうでなくても、いじめとか虐待とか学習困難とかいろいろあるのに。介助員や補助講師の方がつくこともありますが、障害の子を抱える通常級の運営はやっぱり大変です。

個人的には、超少人数指導の特別支援と30人規模の通常級、双方の教員をぜーんぶ合わせて、足りなかったら少し教員を採用して、イタリア式にできないもんかなーと、いつも夢見ています。

そうすれば、障害の子だけでなく、通常級にいるいろんな子に、もっと合理的配慮してあげられるのになー、と。単純で乱暴な考えと言われるでしょうけれど、やってみたい…。

※「障害」という字を使うことについて

「障害」を「障碍」「障がい」と書くべきという考えを知りつつ、私は敢えて「障害」という字を使っています。

なぜなら、私は「障害」は個人の側にあるのではなく、取り巻く環境や制度、周囲の人々の心の中にあると考えるからです。
「障害」を「障碍」「障がい」と書きかえることで、むしろ、その環境や制度の不備、人々の偏見や差別という現実がごまかされてしまう。

私はそう考えて、そしてそれを赦せなくて、批判を覚悟で「障害」という字を使い続けています。

※「発達/知的障害」という用語について

日本の医学界でも基準として使われているDSM−5(アメリカ精神医学会が出版している、『精神疾患の診断基準・診断分類マニュアル(2013)』。正式名称は『Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders』の第5版。翻訳出版済み)によると、数年前から新たに「神経発達症群」という用語が採用されていますが、まだ日本ではこの名称の認知が広がっていないので、あえてこの記事では旧来の用語を使いました。

林 真未(はやし まみ)

東京都板橋区立徳丸小学校教諭
カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)
特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事


家族(子育て)支援者と小学校教員をしています。両方の世界を知る身として、家族は学校を、学校は家族を、もっと理解しあえたらいい、と日々痛感しています。
著者「困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡」(東京シューレ出版)

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