行動に移しにくい子どもの実例
R.シュタイナーは、子どもの意志を育てることをとても重要なことと考えていました。「考える」という作業の中にも、考えようとする意志が働いています。そして、「考える」だけではなく、それを「行為として表現していくこと」こそが、生きることだと捉えていたように思います。
シュタイナーの言葉を借りるまでもなく、私たち教師は子どもが自ら考えて行動することができるように指導しています。例えば、思いやりとは何かを知っていても、友達が困っているときに何もできないというのは、好ましいことではありません。繰り返し練習すればできるようになると知っていても、やる気が出ないからやらないということも、いいことではないのです。
これまでお話ししてきた中で、「キレる子ども」、「こだわりの強い子ども」、「動きやおしゃべりが止まらない子ども」などの例を挙げてきました。もしかしたら、そういった特性のある子どもたちは教室では目立った存在であり、手を焼かせることが多いかもしれません。しかし、彼らはエネルギーの使い方の方向性が少しズレていたとしても、エネルギーを使って行動しているのです。
しかし、教室の中でひっそりと息を殺したように、何もしないでいる目立たない存在には、教師は気にかける回数が少なくなってしまいます。もっと注目する必要があるのです。彼らに、どう対応したらエネルギーを使ってもらえるようになるのだろうか、どうやったら楽しい気持ちで動き出してくれるのだろうかと。
A君
A君は、学校を休みがちで、登校するときも遅刻してくることが多い子どもでした。学校にいても、教科書を開くこともせず、ノートには見向きもせずにいました。しかし、自分に興味のあることには、心が活発に動くことがあるのではないかと感じさせるときがありました。一方で、内面ではエネルギーが動いていて、それをうまく放出できないがために、イライラしているのではないかと思うこともありました。そうはいっても、授業中は何もしないか手いたずらをして過ごすA君には、友達がいませんでした。給食のときは、私と一緒に食べていました。
彼が変化したきっかけは、体育だったと記憶しています。身長の高いA君は、バスケットボールで活躍することができたのです。友達も、彼の長身に助けられることに気づき、頼りにすることが多くなっていったようでした。そのうち、遅刻はしても体育には間に合うような日々が増えていきました。サッカーでも、楽しそうに走り回っている姿がありました。
さらに大きな変化を感じたころ、その理由が彼の友達の日記で明らかになりました。放課後にも、友達と遊べるようになっていたのです。そしてそのころから、給食も友達と一緒に食べるようになりました。常に席は最前列で、私としか会話をしないような状態だったのに、席替えのときにくじ引きに参加し、見事最後列の席をゲットしたことも覚えています。
中学生になったときに、彼はきちんとノートを取るようになっていました。それは、私が授業参観の機会に知ったことです。それから時が過ぎ、中学校の卒業式では、夢を実現するために進学したと聞きました。
今こうやってA君のことを思い出してみると、彼は見えない殻を破って、別の世界に踏み入れたのだろうと感じます。彼にはもしかしたら、身体的な不具合があったのかもしれません。しかし、それは知る由もないのです。ただ言えることは、どこかに原因があったとしても、教師や友達との関係で、あるいは教育的な力で、子どもは変わるということです。
荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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