「卒業」・・ことばの共有・・教育共生
今年度も「卒業」のシーズンを迎えました。卒業学年は卒業遠足、卒業文集、卒業制作、卒業アルバム、そして卒業式と、一つ一つが思い出深いものになりますね。今回は「卒業」に関するエピソードです。
京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会 中川 宣子
これまで、特別支援教育における「教育支援連携」や「情報共有」、「教育共生」をテーマにした教育実践ならではのエピソードを、皆さんに発信してきました。
これらは、教師、保護者、学校が、子供たちの自立と社会参画のために、いかに協力、連携し合って教育支援することが大切であるかについて、あらためて共に考える機会にしたいと思う気持ちからです。
さらにそのための一つの具体的、実践的な方法として、「デジタル連絡帳」というICTを利活用した子供の教育情報の見える化、情報共有についても紹介してきました。
私たち特別支援教育では、子供たちのしぐさ、行動、言葉、表情等を捉え、子供が今、何を考えているのか、どのような思いでそうしたのか、きっとこれだからこうしたのだというように、子供の心を絶えず推し量りながら教育支援をしています。
そして時に、その子供の心に共感し、感動し、まさに共に教え教えられ、育ち育てられる「教育共生」へと繋がっていきます。
今回は「卒業」というこの時期になると必ず読み返す、岡本夏木著『子どもとことば』(岩波書店)の「ことばの共有」を紹介しながら、「教育共生」について考えたいと思います。
ことばの共有
岡本夏木先生は、特別支援学校で4年間校長を勤められました。
エピソードはその在任中の最後の卒業式のことです。
『今日の学校で、一般に卒業式はほとんど形骸化し、子ども自身なんの感銘ももよおさぬ行事に成り下がっている中にあって、障害児にとって、その父兄にとって、また、それを見守ってきた教師にとって、卒業式は喜びと、新たな未来への不安を一つに込めた祈りの場なのである。・・・(中略)そうした中で、中学部の卒業生の中に、登壇があやぶまれる生徒の一人があった。自閉的傾向が強く、三年前の小学部の卒業式では登壇せず、私がフロアーへ降りて証書を渡した子だった。しかし、彼は今、ひとりで壇を上がってきた。私はやや声を早めて証書を読み始めたが、その間、彼は何かひとりごとを盛んにつぶやくようであった。彼は日頃から反響語やひとりごとを繰り返す癖があった。しかし、やがて、いま彼がつぶやいているのが「どうもない、どうもない」という繰り返しであることが私に聞こえてきた。』(岡本夏木、1982、子どもとことば、岩波書店)
この後、校長先生は彼の「どうもない、どうもない」という言葉とそのしぐさから、彼の「卒業」までの教育支援について振り返ります。
『身を洗われるような感じが私を走った。その子は、集団行動に加わるのを恐れるときや、プールに入ることができない時、先生や友達からはたえず「どうもない、どうもない、やれ、がんばれ」と事あるごとに励まし続けられてきていたのである。おそらく「どうもない」という語は、彼が最も多く周囲から投げかけられてきたことばであろう。前日までの卒業式の練習でも、登壇をひるむ彼を、先生たちは「どうもない、どうもない、あがれ」と叱咤激励してきたのである。』(岡本夏木、1982、子どもとことば、岩波書店)
日々、教育支援をする先生の姿や、彼を励ます友達の様子が、教育支援者の私達ならすぐに目に浮かびます。
そして、本の題名である『子どもとことば』について、次のように述べられています。
『その彼が、今、私の前で日頃皆から言われてきたことばを、自分で用い、自分で自分を励ましながら、必死に不安にたえようとしているのであった。それはもはや単なる反響語ではない。外から人によって与えられてきたことばを、わがものとして、自分を支える契機としていま使っているのである。ことばの獲得とは、まさにこういう過程をいうのであろう。私は気づいた。そのことばはまた、自分も幼い日々、先生や親たちから、たえずかけられてきたことばであったことを。』(岡本夏木、1982、子どもとことば、岩波書店)
最後は、ことばの共有として、子供に教え、教えられ、互いに育ち、育てられる「教育共生」の姿が描かれ、このエピソードは結ばれています。
『さらに思った。自分もまた、これからは苦しい時や恐ろしい時、「どうもない、どうもない」ということばを使うことによって、自分を勇気づけていきたいと。
私たちが語りかけることばを、子どもがわがものとし、彼らがそれをつぶやくようになる。そして私たちがその彼らのつぶやきをあらたにわがことばとしてつぶやき直してみる。そこに相互の深い理解が生まれ、ことばは真に私たちの共有するものとなるのではなかろうか。』(岡本夏木、1982、子どもとことば、岩波書店)
まさに「卒業」・・・言葉の共有・・・「教育共生」です!
「教育共生」
教育支援者の一人として、子供の成長・発達を確認できる喜びの瞬間があります。
また、子供に教えられ、自分自身の成長・発達を感じる喜びの瞬間もあります。
子供の成長を共に確かめ喜び合い、お互いの教育支援を称え、認め合うことによって、子供への教育支援連携が強まり、この教育支援連携は子供の成長・発達を促進します。
未来を担う子供たちが、自立と社会参画を目指したよりよい成長・発達ができるように、私達はこれからも教育支援連携をして、「教育共生」していきましょう!
さて次回は、第22期教育つれづれ日誌、最終回です。最終回もお楽しみに(*^-^*)
中川 宣子(なかがわ のりこ)
京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会
「特別支援教育とは、子ども達の特別な才能を学校・家庭・地域の連携により支え、教え、育てること」と考えています。日々の教育実践を、情報発信・交流し合い、共に子ども達の成長・発達に役立てていきましょう!
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