教員は「高度なバランス能力」が求められている
教師の指導などが原因で子どもが亡くなってしまう「指導死」は、分かっているだけで平成になってから73件あるそうです。「分かっているだけ」と書いたのは、第三者機関などを設置し、因果関係がはっきりしたものの数だと想像されるからです。残念ながら、実際にはこの数字に表れていないものがあると思われます。今回は、この「指導死」に関連して、教師の「バランス能力」について書きたいと思います。
帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師 鈴木 邦明
「そんなに厳しい指導ではないのに・・・」

「指導死」に関しては、第三者機関などが設置され、自殺に至る経緯などについて、公開されているものもあります。そういったものや新聞の記事などを読むと教員の一般的な感覚では「それ程、厳しい指導ではないのでは・・・」「それ位はよくあるだろう・・・」と思われるようなレベルの指導の場合もあります。
学校における子どもとの関わりにおいて、とても難しいことの一つに「相手によって受け取り方が違う」ということがあります。「一般的に良しとされる」レベルの指導をしたとしても、それによって指導した子どもが自殺をしてしまうということもあります。相手によって受け取り方が違うということがとても難しいことです。
全ての教育活動において、質の高い活動を行うためには、子どもの状態を十分に把握する必要があります。何か問題が発生した際にはなおさらそれが大切になります。子どもとしっかりとした人間関係を築くことも大切になります。人間関係のできていない所での指導は「形だけ」の指導となり「意味のある」指導とはならないことが多いです。
私の経験では「褒める」ことはどんな子どもにでも簡単にすることができます。良い部分を見つけたら、そのことを指摘し、褒めれば良いからです。しかし「叱る」ことは、信頼関係の無い子どもには難しいです。フォローをすることが難しいからです。できるのは、せいぜい間違っている行動を指摘する位のことです。教員の中には、自分と関わりの薄い子どもに対しても非常に厳しい指導をする人がいます。それは、ある部分で無責任なのではないかと私は思います。
「学校が厳しい指導をしてしまう理由」
私は小学校の現場に長くいました。色々なことがありました。子どもが万引きをしてしまい、スーパーから学校に連絡があり、管理職と一緒にお詫びをし、その子どもを引き取りに行ったこともあります。警察や児童相談所などに行ったこともあります。放課後の子どもの遊び方や自転車の乗り方などで地域の人からのご意見(苦情)をもらったことは数知れません。登下校時や校外学習時など学校管理下の活動であれば、教員にもちろん大きな責任があります。しかし、放課後の過ごし方などになると、責任は学校だけではなくなります。家庭に関わる部分も多くなります。場合によっては主な原因が家庭によるものということもあります。地域の人にしてみると、学校は連絡先も分かりますし、あまり反論はしてこないですし、近所に住んでいる親ではないので面と向かって揉めずに済みます。親に直接文句を言うと、近所付き合い上、都合が悪い場合もあります。言い方は悪いですが、学校は「文句を言うのに都合が良い所」です。市役所なども同様です。
学校関係者は、そういったことを十分に理解しています。それなので、子ども達が何か問題行動を起こし、特にそれが地域と関わっている場合は、指導が少し厳しいものになってしまう傾向があります。現在の学校において地域との関わりは以前よりも重要度が増しているので、教師は「できれば地域と揉めたくない」と思っています。そういったこともあり、指導が行き過ぎることもあるのだと思います。また「指導をした」ということが「アリバイ」のようなものにもなるという面もあります。
だからと言って、子どもが自殺してしまうような状況は教師の失敗です。自殺をしないまでも、心に大きな傷を負うようなことになってしまってはダメなのでしょう。教師には「非常に高度なバランス能力」が求められるのだと思います。
「学校現場ができること」
これまで書いてきたような状況なのに、現在の学校現場に目をやると、本質的に教育ではないような雑用(事務的な仕事、誰でもできるようなもの)に多くの時間を取られています。形を整えるための仕事のようなものがいくつもあります。様々な「子どもの為になるから・・」というフレーズによって、溢れんばかりの仕事を抱えてしまっているのが現在の学校です。現在、多忙と言われる学校において行われていることはどれも広義では「子どものためになる」ことです。「子どものために」と何でも学校が引き受けていくと、学校が本来最も大事にしなければならないこと、例えば、子どもと信頼関係を築くこと、より良い授業をしていくこと、しっかりとした生きる力を付けること(基礎的な力を付けることも含む)、教師が笑顔でいること、子どもが学校を楽しいと思うことなどの質が低下していってしまいます。
本来は、子どもを直接ケアしたり、ケアをする方法を学んだりする時間が必要になります。文科省の統計によると普通学級に軽度発達障害を持った子どもがいる割合は6.5%とされています。30人のクラスの場合、2~3人になります。そういった子どもへの関わり方などを知ることもとても大事なことです。他にも小学校においては、英語の教科化、道徳の特別な教科への変更など、学習指導要領の改訂に向けて、学ばねばならないことがたくさんあります。しかし、そういった時間を今の学校ではなかなか取ることができていません。
「終わりに」
学校における問題は、原因が一つではない場合がほとんどです。様々なものが絡み合っています。今回話題にした「指導死」の問題もそうです。解決は簡単ではありません。時間が経過すれば解決するという問題ではありません。それぞれの立場で「本当に子どもをより良く育てていくには、何をすべきなのか?」という事を考え、実行していくことしかないのだと思います。
今の私の立場では、学生達や現職の教員たちに「指導死」があることを伝え、「厳しい指導」は科学的に理に適っていないことなどを伝えていくことができることなのだと思います。世の中が教師の働き方などに関心があるこの時期は、大きなチャンスだと感じます。より良い学校が増えていくため、将来がより良いものになっていくために、それぞれができることをやっていきたいですね。

鈴木 邦明(すずき くにあき)
帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師
神奈川県、埼玉県において公立小学校の教員を22年間務め、2017年4月から小田原短大保育学科特任講師、2018年4月から現職。子どもの心と体の健康をテーマに研究を進めている。
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