フェイクニュースを分析し、情報と付き合う心構えを育む(後編) 「まず一回受け入れる」から始める

インターネットやSNS、生成AIが子どもたちの身近な存在になった今、情報との付き合い方を学校でどう教えるかが問われている。帝京大学可児小学校の手塚和佳奈教諭は、学生時代からメディア・リテラシー教育を研究し、現在は3年生の担任として実践を重ねている。
目指すのは、情報の「影」だけでなく「光」にも目を向け、自分たちをよりよくしてくれるものとして積極的に情報と付き合う態度を育む教育だ。後編では授業の手応えから研究の原点、これからのカリキュラムづくりまでを伺った。
低学年から「心構え」を育てる

手塚和佳奈教諭
――今日の授業を終えての手応えはいかがでしたか。
手塚 和佳奈教諭(以下、手塚) 今日は「フェイクニュースとのつきあい方」の単元の最後のまとめ、という位置づけです。批判的思考力の発達は11歳前後といわれていて、3年生(8歳~9歳)では、まだそこには至りません。だから、具体的なファクトチェックの技能よりも、まずはその基盤となる心構えや態度の部分を育みたいという思いで授業をしてきました。
「一回、本当かどうか確かめよう」「調べよう」、そして、すべてをシャットアウトするのではなく、受け入れることも含めて、情報と上手に付き合うための態度を子どもたちと一緒に考えることができたと思います。
――初めは架空の記事を全員が信じてしまったということでしたね。
手塚 最初の授業では、本物の記事と私がつくった架空の記事を読ませたところ、全員が鵜呑みにして、「こんな学校ができちゃうの?」「先生がAIになっちゃうの?」と信じきっていました。種明かしをすると「だまされたじゃないか」と怒り、その後は「フェイクニュースは怖い」「なくなればいい」という見方に偏りました。
ところが、人を楽しませるためのうそや、良かれと思って流したうそもあると知るうちに、見方が広がっていきました。最初は「うそはだめだ」だったのが、「いろいろあっても良いけれど、自分はどうするのか」と、軸が自分に移っていく感覚がありました。
3年生には「比較」で考えさせる

手塚 3年生頃には、2つのものを比べると考えやすい、という思考の特徴があります。フェイクニュースの種類を学ぶときも、ライオンのデマと、パロディ記事サイト「虚構新聞」を比べました。
今回は「完全に信じる」と「完全に疑う」という極端な例を比べ、自分なら矢印のどのあたりかを可視化してから、表でプラスとマイナスを整理する、という手順を取りました。2組は疑う寄りの子が多かったのですが、1組では信じる寄りの子の方が多く、クラスによって違うのも面白いところです。
――印象に残った子どもの発言はありますか。
手塚 「何でも信じるとだまされる」という意見ばかり出ると思っていたら、「知識が増えるじゃないか」と言った子がいました。その通りだと思いました。最初からすべてを遮断してしまえば、知識も自分の世界も広がりません。
――「全部を疑うと楽しくなくなる」と答えた子もいましたね。手塚 「楽しくないじゃないか」と言えたのは、フェイクニュースもすべてが悪いわけではなく、人を楽しませたいという思いで発信している人もいる、ということを学んだからこそ出てきた意見なのではないかと思います。情報の便利さや楽しさに目を向けながら、悪意を持って発信する人がいることにも気付いている。光と影の両方を見ながら、「自分はどうするか」を考え始めているのだと感じました。
――情報との上手な付き合い方として、「まず一回受け入れる」という発言もありました。手塚 あの言葉が子どもから出てきたのが、何よりうれしかったです。情報自体が良いか悪いか、という見方をしていた1時間目から、今日は「自分はどうするのか」と考えられるようになったことが、成長かなと思います。情報のせいにするのではなく、情報を過度に怖がるのでもなく、「自分はどうするのか」という軸を自分に持ってこられたと感じています。
「情報」の光の部分に注目する授業

手塚 教員2年目に6年生を担任したとき、自分なりにメディア・リテラシー教育を行いました。ところが授業の後、「メディアは信じられない」「何でもかんでも疑った方が良い」といった、かなり偏った意見が出てきたんです。授業のやり方は今とあまり変わらなかったはずです。それでも私自身の伝え方が要因で、「情報は悪いもの」「メディアは怖いもの」という意見を引き出してしまいました。
情報は本来、私たちにとって必要なものです。それを怖がらせる教育では逆効果だと反省しました。そこからは影ではなく、私たちを豊かにし、便利にしてくれる「光」の部分に焦点を当てる伝え方に変えました。
――その反省を踏まえて、現在子どもたちに一番願っていることは何ですか。
手塚 「自分なりの物差しを持ってほしい」ということです。情報に出会ったときの受け取り方は、人によって異なっていいはずです。「あなたは信じるけれど、私はやめておくのね」があってもいいということです。
――情報との付き合い方を、学校で学ぶ意味はどこにあるとお考えですか。手塚 上の世代の人は、大人になって一人で情報社会に出て、失敗しながらリテラシーを身に付けてきました。でも、学校なら安全に失敗できます。どんな意見もまずは受け止めてもらえ、対話しながら自分の物差しをつくっていける。社会に出る前に、その経験をさせてあげたいと思っています。
生成AIは「仕組み」を知ってから使う
手塚 この秋から、子ども向けの生成AIを使い始めました。その前に初期指導を行います。同じことを調べても、子どもによってAIの答えが違うことがあります。確かめてみると、一方は合っていて、もう一方は間違っていた。「AIもときどき間違えるんだ」と実感します。
また、「このリンゴは○○」に「赤い」「歩く」のどれが合うかを考える穴埋めゲームで、AIが次に来そうな言葉を選んで文をつないでいることを学びます。仕組みを知ることで、子どもたちは冷静になれます。
――フェイクニュースの学習ともつながりますね。
手塚 生成AIの登場で、もっともらしい偽の画像や文章を一瞬でつくれるようになりました。AIとフェイクニュースの学びが結び付けばいいと思っています。
研究の原点は一冊の本

手塚 学部生のとき、恩師の佐藤和紀先生の研究室で、堀田龍也先生の『メディアとのつきあい方学習』という本を渡されたのがきっかけです。今日の授業のようなことが書かれていて、そこから研究の道が開けていきました。最初から明確な問題意識があったわけではなく、その本がきっかけでした。今もその本に毎回立ち返ります。
――その本から、どんな研究に進んでいったのですか。
手塚 小学生を対象に、写真の読解を研究してきました。撮影者がなぜその角度や瞬間を選んだのかを子どもと考えることで、「メディアは送り手の意図によって構成されている」と気付けるようにしたいと考えました。
――国際学会で受賞した研究もあるそうですね。
手塚 2022年に、教育メディアに関する国際学会ICoME(International Conference for Media in Education)で若手研究者を対象とするYoung Scholar Awardをいただいたのは「科学を対象としたメディア・リテラシー」の研究です。「このサプリメントを飲むと何日で何キロ痩せた」といった、科学的に見える情報とどう付き合うかを6年生と考えました。海外からは、研究の中身以上に「日本ではどんなメディア・リテラシー教育が行われているのか」という反応が多くありました。
子どもは先生を選べない
手塚 教育学部を選んだ時点では、実際に先生になろうとは思っていませんでした。佐藤先生の学校訪問に同行させてもらって小学校の授業を見て回るうちに、学校によって、先生によって、教育はこんなに違うのだと初めて知りました。
子どもは先生を選べません。だからこそ、もっと良い教育が広まってほしい。まずは自分がそういう先生になれたら、と思ったのがきっかけです。
――教員になって4年目と聞いています。これまでで一番うれしかったことを教えてください。
手塚 1年目は、見てきた授業を真似すればうまくいくと思っていましたが、全くちがいました。子ども一人ひとりを見たうえで授業をつくるようになると、子どもの表情が変わりました。小さな成長に出会えたときが、一番うれしいです。
――今、一番力を入れていることは何ですか。
手塚 あらゆることをメディアとして捉えてほしいと思っています。国語で物語を読むときも、意図を持って書いた人がいます。反対に、スライドをつくって発表するときは、児童自身が送り手です。伝える人としてどうするか、受け取る人としてどうするか。その両方を子どもたちと考えています。
情報教育のカリキュラム

手塚 GIGAスクール構想(1人1台端末)から6年が経ち、子どもたちが毎日iPadを使う授業は当たり前になっています。長期的に学校に来られない子とも、オンラインで常につながれます。情報教育は、本校ではオリジナル教科「はっけん」(総合的な学習の時間に相当)の中に位置づけられており、1・2年生でIDとパスワードの大切さを学ぶところから始まり、3・4年生で情報の収集や整理を学び、AIも入ってきます。
――学校全体のカリキュラムは、どのようにつくられていくのですか。
手塚 校内の「情報部会」で、情報モラル教育やメディア・リテラシー教育をどう進めるかを議論しています。私はこの学校に来て3年目なので、まだ深く関わっているわけではありませんが、今日のような授業を私が率先して行うことで、「3年生ではここまでできそうだね。では4年生はどうするか」と、カリキュラムがアップデートされていきます。
本校は4-4-4制の教育システムを採用しています。先ほど批判的思考力が育つのが11歳前後からというお話をしましたが、5年生から論理的思考力を育てていきます。
――最後に、今後挑戦したいことを聞かせてください。
手塚 次期学習指導要領では、総合的な学習の時間の中に「情報の領域」ができ、3年生では年間30コマほどが情報の学習に充てられると聞いています。そうなると、多くの先生が「何を教えたらいいのか」と悩むと思います。
例えば3年生なら、「メディアは構成されている」ということを1年かけて教える。写真は切り取られたものであり、ネットのニュースにも書き手がいる。そのことに気付かせるために30コマを使うんです。どのような段階・単元に分けて教えるのか、「私ならこう組む」というカリキュラムを具体的に提案していきたいと思っています。
記者の目
授業のやり方が同じでも、教える側がどこに立つかで、子どもたちの情報の見方は大きく変わる。一度「情報は怖い」と思わせてしまった反省が、情報の「光」に目を向ける今の実践につながっている。
「まず本当かどうか考える」と「まず一回受け入れる」が、板書に並んで残った。疑うことと受け入れることは対立するものではない。「自分はどうするのか」を、安全に失敗できる教室で考え続けていく。それが、変化の速い情報社会を生きる土台になるのだろう。
参考情報
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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