2016.04.26
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1人1台タブレットで情報活用能力を育む授業(vol.1) 卒業謝恩会に向け、自分だけのメッセージビデオを作る ―北区立豊川小学校― 前編

東京都の北区立豊川小学校6年2組は、2週間後に迫った卒業謝恩会用のメッセージビデオを作っている。思い出の写真の数々に、メッセージや音楽を付け加え、数分の動画に仕上げ、自分の保護者に見てもらうのだ。子ども達は1人1台のタブレット端末という環境下、それを自在に使いこなし、個別に作成していた。実践の模様やそのねらいをリポートする。

授業を拝見!

情報を読み取り、整理し、目的に合った新たな情報を創造する

学年・教科:6年2組(児童30人) 国語科
単元:卒業謝恩会用で親に渡すメッセージビデオを作ろう(全2時間中、第2時間目)
ねらい:写真や音楽、メッセージを駆使し、それぞれのメディアの特性を踏まえながら表現を工夫し、親が感動して涙するメッセージビデオを作る
授業者:佐藤和紀 主任教諭
使用教材・教具:iPad(1人1台)、写真加工アプリ、動画作成アプリ、電子黒板、教員用ノートPC、授業者自作のワークシート、グループ学習用ホワイトボード

箇条書きされた情報を、10分でプレゼン資料に仕上げる!

授業参観に行くと、「我々の頃の授業とは大分変わったなぁ」と、時代の流れを感じることがある。確かに今の教室では、電子黒板やタブレット端末など、我々が子どもだった頃には影も形もなかったICTが用いられ、その最新機器を子ども達が鉛筆やノートのように使いこなす姿に驚かされる。

しかし、ICTのような「道具」の進化にのみ、目を奪われてはならない。我々の時代とは、授業の中身そのものも変わってきているのだ。なぜか? 時代に合った新たな力を、子ども達に育むためだ。

東京都北区立豊川小学校6年2組担任
佐藤和紀 主任教諭(現:東京都杉並区立高井戸東小学校)

それを象徴するかのような活動が、今日の授業の冒頭に行われた。
「課題を配ります。10分でまとめましょう」
と、佐藤和紀主任教諭はB4大の紙を各班に配って歩いた。横からのぞき込むと、その紙には次のような情報が、数行の文章や箇条書きで書いてあった。
「ゆるキャラグランプリ2015 都道府県別エントリー数」
「裁判所の仕組みと仕事」
「日本の人口の変化と予測」
「カレーとスープカレーの違い」
一見してわかる通り、テーマはバラバラ。班によって、テーマは違う。(……なんだ、これは? 何が始まるのだ?)と、戸惑う我々取材陣を尻目に、子ども達は、慣れた手つきでホワイトボードに何やら書き込み始めた。

ホワイトボードは机と同じ大きさで、透明ビニールのカバーが付いている。配られた課題シートをカバーの下に挟み込み、意見やアイディアはカバーの上に書き込める。クリーナーですぐ消せるので、試行錯誤しやすい

初めて見る光景に目を白黒させていると、佐藤主任教諭がそっと耳打ちしてくれた。
「課題シートの情報を、プレゼンテーション資料にまとめ直すのです。わかりやすいように、伝わりやすいように、工夫を加えてね」
そうこうしている間も、子ども達の手は一時も止まらない。
「これはグラフで示すとわかりやすいね」
「地図を入れよう」
「イラストで図解したらどうかしら?」
などと、額を寄せ合って相談しながら、すごいスピードでペンを走らせていく。あっという間に形が見えてきた。
「よし、大分わかりやすくなってきたね」
「ここは文字の色変えた方が良くない?」
「折れ線(グラフ)と棒グラフ、どっちにする?」
「確か、教科書に似た図があったよ! 参考にしよう!」
「残り2分だぞ! 急ごう!」
子ども達の頭脳がフル回転しているのがわかる。意見の応酬が猛スピードで繰り広げられ、協働学習が加速していくのがわかる。その迫力に、タジタジとなってしまった。

同じ課題でも班によってまとめ方が異なる。並んで発表させ、「どんな工夫の違いがあるか、見比べてみよう」と佐藤主任教諭

「はいそこまで! 今の段階でいいから発表してください!」
佐藤主任教諭の合図で、各班の代表がホワイトボードを掲げ、皆に見せ始めた。その横で、佐藤主任教諭が寸評を加えていくのだが、
「いいね! 表にまとめてわかりやすくなったね! 皆、拍手!」
と意外にあっさり。今さら細かく解説を付け加える必要がないほど、どんな工夫をしているか、一目瞭然だからだろう。

出来上がった作品は、どれもこれも「わかりやすく伝えるための工夫」が凝らされた、素晴らしいものばかり。ただの情報の羅列が、人目を引くプレゼン資料へと変貌していた。しかも、これをたった10分間で完成させたことに、驚きを禁じえない。
「この活動を行うのは2回目で、最初に行った時は1時間かかりました」
と、佐藤主任教諭は言うが、つまり“まだ2回目”なのにわずか10分でできてしまうのだ。子ども達の能力の高さに、脱帽した。
「では、まとめます!」
と、佐藤主任教諭は次のように、黒板にチョークを走らせた。

メディアの特性を踏まえれば、伝わりやすくなる
プレゼンテーションも、図表、グラフを使えばさらに伝わる!

メッセージビデオ用の写真を加工し、表現を工夫する

ここまでで、授業開始からまだ10数分しか経っていない。学びの要素がぎっしり詰まった冒頭の活動で「すでにお腹いっぱい」だが、授業の本番はここからなのだ。

「前の時間は、プレゼンの改善をしたね。ゲストティーチャーで来てくれた堀田先生(堀田龍也・東北大学大学院教授)が、とても良い言葉でまとめてくれました。なんだっけ?」
と、佐藤主任教諭が問うと、子ども達は即座に答えた。
「『伝わるように、伝える』です!」
「そう。今日はその『伝わるように、伝える』の、第2回です」
佐藤主任教諭がそう告げると、子ども達から「おぉー!」「やった!」と、歓声が上がった。学習意欲がすこぶる高い。

リードで前述した通り、6年2組では、卒業謝恩会で自分の保護者に見せるメッセージビデオを作成中。赤ちゃんの頃の写真や入園、卒園、入学式、そして学校行事など、数々の思い出の写真を使って、メッセージや音楽などを付け加え、動画にするのだ。よく結婚式で流れる、思い出ビデオのようなものだ。これを、1人1台タブレット端末の環境を活かして作り上げ、謝恩会当日は作品を保存したiPadを保護者に手渡し、見てもらうのだという。

「今日のテーマは、『写真』です。写真の撮り方・見せ方の工夫は、4年生国語の『アップとルーズ』で勉強しましたね。今日は、写真を工夫して伝える、をやります」
と告げると、佐藤主任教諭は電子黒板に可愛らしい赤ちゃんの写真を映し出した。ご自身のご子息とのこと。
「このままでは、普通の写真だよね? これをどう工夫するか……『お手本』を見せましょう」
と、まずはさっきの写真をモノクロに変換した画像を映した。
「これだと、どう?」
佐藤主任教諭が水を向けると、
「昔の写真っぽい」
と子ども達。次にセピアに変換した画像を映すと、子ども達は
「昭和っぽい」
と即答。同様に、佐藤主任教諭が次々と工夫のお手本を見せていくと、子ども達はその効果をハキハキと答えていった。パッと見ただけで、表現の工夫の効果を読み取り、それを言葉ですぐ説明できることに感心した。なかなかできるものではない。

「歩きたいなぁ」と吹き出しを加えた写真を見せると、子ども達は「気持ちが伝わるようになった」と即答。赤ちゃんの時と現在(2歳)の写真を並べて表示すると、「成長がよくわかるようになった」と答えていた

佐藤主任教諭は、写真の工夫例を次のように板書した。

色の変化
文字を入れる
アップとルーズ
写真を並べて比較させる


「先生は四つしか工夫できなかったけれど、皆はもっと工夫できるのでは?」
と、子ども達の挑戦心をうまくくすぐった。
そしていよいよタブレット端末を使って写真を加工する作業に入るのだが……、その前に、佐藤主任教諭は次のようなやり取りを入れた。

佐藤:このメッセージビデオで何を伝えたい?
児童:親へのありがとうという気持ち。
佐藤:そうだね。だから、感謝が伝わる工夫をしよう。これを見たお父さん、お母さん達が皆泣いて喜んでくれたら……いいよね!
児童:うんうん、いいね!(ワッと盛り上がる)
佐藤:泣かせちゃおー! これは、答えのない授業だからね。自分なりに工夫を凝らしてみましょう!


作業に取り掛かる直前に、目的を再確認し、徹底することで、子ども達から迷いが消えた。iPadで写真を開くと、写真加工アプリを使って、皆思い思いに“伝える工夫”を凝らし始めた。

佐藤主任教諭はそんな子ども達の様子を見て回りながら、短い言葉でストレートに褒め、クラス全体にその工夫を広めていた。例えば――
文字を手書きする児童に対し、
「手書きするのはいいね。気持ちが伝わりやすいね」。
子どもらしいフォントを選んだ児童に対し、
「いいね。子どもらしくて、親はグッとくるよ」。
アンドゥで試行錯誤する児童に対し、
「行きつ戻りつしながら、効果を比較して作るとよいね」
というように、的確なアドバイスをする。

30分弱ほど個別に作業した後、電子黒板を使って発表。ここで佐藤主任教諭は、
「工夫する前の写真と、工夫した後の写真、2枚見せてね」
と指示した。ビフォー&アフターを比較して、効果をわかりやすく実感するためだ。
特に、佐藤主任教諭が高く評価したのが、次の2作品だ。

「同じような写真を連続して見せると飽きるので、複数の写真を1枚にまとめている。写真1枚だけよりも、たくさんの情報が伝わります」と佐藤主任教諭。実は、この児童にはこういう手法を教えておらず、自分で編み出したそう

「3人共、今同じクラスにいますね。それぞれの個性が出ていて、とても面白い。人柄がよく伝わります」と佐藤主任教諭。左下にあった某旅行会社のロゴを消した点も「著作権的に良い」と褒めていた(※編集部注:本サイトでも掲載できないため、左写真のロゴ部分はボカシています)

最後に、佐藤主任教諭はこう締めくくった。
「人を感動させるのに表やグラフは向いていません。これが『メディアの特性』を踏まえて、伝えるということ。工夫を加えることで表現が豊かになります」。

この後は、各自、家で作業を行い、メッセージビデオを完成させるそう。
「この子達はiPadを使い慣れているから、授業でやらなくても大丈夫」(佐藤主任教諭)
なのだ。因みに、この動画に付け加える曲は、「親が好きな曲、親が好きそうな曲」を選んでいる児童が多いという。

なぜ今、こういう授業が行われているのか?

「今の学校って、国語でこんな授業をやるのですね」
授業を撮影していたフォトグラファーがポツリとつぶやいた。同じ感想を持った読者の方もいるのではないだろうか。その疑問を佐藤主任教諭にストレートに投げ掛けてみた所、
「今日の活動は、国語の教科書に載っている単元『出会いにありがとう』の延長線上にあるのです」
との答え。これは、小学校6年間で経験した出会いや自分の成長が伝わるように工夫しながら話の構成を考え、文章にまとめ、皆の前でスピーチし、録音もするという単元だ。今の国語の教科書には、こんな単元も入っているのだ。

ではなぜ、このような単元が教科書にあるのか。それは、国が「メディアリテラシー」等を含む「情報活用能力」を育もうと、力を入れているからだ。保護者の方々にとっては、耳慣れない言葉かもしれないが、かいつまむと――

【情報活用能力】
目的に応じて情報を集め、判断して処理し、新たな情報を創造して発信・伝達する力
【メディアリテラシー】
新聞や広告等のメディアの特性を理解しながら、情報を読み解き、活用・発信する力

となる。我々が子どもの頃には、あまり注目されていなかった「力」だ。

ではなぜ今、これら新しい力を育むことが求められているのか。それは、インターネットやPCなどのICTが急速に普及し、社会が劇的に変化したから。我々大人の仕事も、変化した。ネットで情報を集めてプレゼンテーション資料を作り会議にかけたり、様々なメディアを使って広報やマーケティングを行ったり……。情報活用能力やメディアリテラシーは、今や仕事で必要不可欠になっている。

だから子どものうちから、こういった力を育もうとしているのだ。国語科に限らず、社会科や総合的な学習の時間など様々な教科で、情報活用能力の育成に取り組むことが求められている。

今日の授業には、そんな「情報活用能力の育成」の要素が、ぎっしりと詰まっていた。

冒頭の課題シートを10分間でまとめる活動を思い出してほしい。課題シートを「読んで判断」し、情報を「処理(整理)」し、「表現」を工夫し、新たな情報を「創造」する。
「情報を『集める』以外の情報活用能力の要素は、ほぼすべて入っています」
と、佐藤主任教諭が言うように、とても濃密な活動になっていた。中でも、課題に合わせて、グラフや図やイラストなどの表現方法を適切に選択し、使い分けている点が印象的だった。

メッセージビデオを作る活動も同様だ。「保護者を感動させる」という目的のために、写真・メッセージ・音楽という、それぞれの情報の良さを融合させて、一つの作品を創り上げ、表現・発信するのだ。

しかし、ここで新たな疑問がわいてきた。このような濃密な活動をスムーズに行えるのは、佐藤学級の子ども達だからこそ。通常では、こうはいかないだろう。情報活用能力を身につけているからこそできるのだ。

では、どんな指導をすれば、情報活用能力やメディアリテラシーが身につくのか。佐藤主任教諭はどうやって、子ども達をここまで鍛え上げたのか。後編で、その秘密に迫ってみたい。

記者の目

最初の10分で、完全に圧倒されてしまった。冒頭に行われた、課題シートをまとめる活動だ。本文にも書いたように、この活動にはメディアリテラシー等の情報活用能力が求められるが、もう一つ「頭の瞬発力」も求められる。なにしろ10分で仕上げなければならないのだから。
佐藤学級の子ども達は、この「頭の瞬発力」が、すさまじかった。課題シートをひと目見るなり、「これはグラフで表現しよう」「地図で書くとわかりやすいね」と瞬時に判断し、すぐさまペンを動かしていた。手を動かしながらも同時に話し合いも進め、「棒グラフにする?」「折れ線の方がいいでしょう」と、意見交換のスピードも尋常ではなかった。
一体どんな指導をすれば、こんなふうに育つのか……。授業の間中、そんな疑問がぐるぐると頭の中を旋回していた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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