2016.05.24
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

1人1台タブレットで情報活用能力を育む授業(vol.2) 指導のコツは「守破離」の精神。型を教え、新たな創造へと導く ―北区立豊川小学校― 後編

東京都の北区立豊川小学校6年2組は、2週間後に迫った卒業謝恩会用のメッセージビデオを作っている。思い出の写真の数々に、メッセージや音楽を付け加え、数分の動画に仕上げ、自分の保護者に見てもらうのだ。子ども達は1人1台のタブレット端末という環境下、それを自在に使いこなし、個別に作成していた。実践の模様やそのねらいをリポートする。

授業者に聞く

毎日の自習ノート、単元ごとのレポート作成…日常の実践が情報活用能力を鍛えた

情報活用の様々な活動を日常的に繰り返し、鍛えた

――授業を拝見し、佐藤学級の子ども達の情報活用能力の高さに驚きました。どのようにして育んだのですか? やはり1人1台のタブレット効果は大きいですか?

佐藤主任教諭(以下、佐藤) 子ども達には5年生から1人1台iPadを使わせています。確かに、1人1台ずつ持たせると、まとめたり表現したり発表する機会は格段に増えました。しかし、最初の頃は中身が伴わなかったのです。

東京都北区立豊川小学校6年2組担任
佐藤和紀 主任教諭(現:東京都杉並区立高井戸東小学校)

――中身が伴わなかったというと?

佐藤 内容が乏しかったり、わかりにくかったり。要は、つまらないものしか作れなかったのです。タブレット端末を使わせるだけでは子どもは伸びない。漠然とICTを使うだけでは、情報活用能力やメディアリテラシーは育まれない。その事実を痛感しました。

――では、どうやって子ども達を鍛えたのですか?

佐藤 イベント的な活動を1、2回行っただけでは、力はつきません。そこで、情報を活用する実践を様々な活動を通して日常的に繰り返しました。それらはICTを使う活動も使わない活動もあります。

ここで、佐藤主任教諭がこの2年間積み重ねてきた活動例を紹介しよう。

[自習ノートを毎日書かせ、ルーブリックで評価]

自習ノート

その日授業で学んだことを、家で復習し、まとめてくる「自習ノート」。毎日先生に提出し、ルーブリックに基づき評価してもらう。
ルーブリックとは、いわば評価基準。例えば、A評価の基準は、「図表やグラフが使われている」「色分けが上手」「丁寧に書かれている」というもの。このルーブリックは、先生と児童が話し合って決めている。

「『文字だけじゃわかりにくいぞ』『後で自分で見返して、よくわかるノートにしよう』などと指導しました。やればやるほど、子ども達はどんどん上手になっていった。最初はA++の評価までしか作っていなかったのですが、こちらの想定以上に上達し、ルーブリックを超える高評価を連発しています」(佐藤主任教諭)
そのノートの一例がこれだ。自分なりに情報を集め、整理し、わかりやすく表現している。図やグラフの使い方も効果的。
「この自習ノートが、情報活用能力やメディアリテラシー育成の土台です」(佐藤主任教諭)。

[単元が終わる度に、レポートをまとめる]

単元レポート

単元の学習が終わったら、iPadを使ってレポートを作成する。A4・1枚に、コンパクトにわかりやすく整理。毎日の自習ノートで鍛えられているからこそ、できるワザ。紙面のレイアウトやデザインセンスも、磨かれている。

[市販の資料集レベルの美しさ! 歴史の年表も自作]

歴史年表

教室や廊下には、このような歴史年表がたくさん貼られていた。てっきり佐藤主任教諭が作ったか、資料集を拡大コピーしたものかと思っていたら、これも児童が作ったと聞かされ驚愕。iPadを使って家で作ってきたのだという。
「2年間鍛えると、このぐらいできるようになります」
と、佐藤主任教諭。ちなみに、本記事のタイトル画像に使用した年表も児童の作品。

[模擬裁判の授業を「新聞記者役」が新聞形式にまとめる]

模擬裁判新聞

模擬裁判の授業を行った時には、裁判官や検察官役の他に、「新聞記者役」を設定。模擬裁判の様子を、新聞形式にまとめた。
「裁判中は写真撮影不可なので、法廷画家のイラストで再現しました」
との、こだわりっぷり。

[マインドマップをまとめツールとして使う]

マインドマップ

マインドマップやベン図などの思考ツールを、学習のまとめツールとして使うことも。写真は、太平洋戦争の学習をまとめたもの。多岐に渡る情報が、上手に整理されているのがわかる。マインドマップをよく理解した上で、その特長を活かす使い方ができている。

まず、良いお手本を見せ「型」をつかませる

――これだけ多様な活動を積み重ねているから、子どもが伸びたのですね。活動の際には、どんな指導を心掛けていますか?

佐藤 最初に、良いお手本を見せることです。良いものを見せないと、良いものは創れない。最初はお手本を見せて、「型」を学ばせる所から始めます。

――そういえば今日の授業でも、写真を加工する作業に入る前に、まず佐藤主任教諭がお手本を見せていました。

佐藤 今回のメッセージビデオ作りでも、作業に入る前に良いお手本を見せました。小田和正さんの曲に合わせて家族の写真が流れる某生命保険会社のCMですが……(ノートPCでそのCMを見せながら)覚えていますか、これ?

――はい、ジーンとくる温かい映像でした。このCMを見せて、佐藤主任教諭はどう指導されたのですか?

佐藤 最初から私が解説するのではなく、「どこが良かった?」「なんで感動した?」と発問し、子どもに考えさせ、認識させました。子ども自身に、良い表現の型をつかませるねらいです。

――今日の授業でも、写真加工のお手本を見せながら、「どんな印象になった?」などと発問して、気づかせていましたね。

佐藤 NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』などもよく見せています。人の心に訴える表現は、理屈で説明するよりも、実際に良いものを見せて、感覚でつかませないと駄目だと思うのです。まずは、目を肥やしてあげることが大事でしょう。

――なるほど。そのためには、先生自身の目が肥えている必要もあるのでは?

佐藤 おっしゃる通りで、教師自身が流行に敏感であり、若者に受けているメディアに精通している必要があると思います。昔は評価されていたけれど、今見ると古臭いというものがあるように、表現やメディアにも流行があります。教師の頭が古くなったり、固くなったりしてはいけないと考えます。

型を飛び越え、自分なりの工夫ができるよう指導する

――先程、佐藤主任教諭は「まずは型を教える」と、おっしゃいました。「まずは」ということは、その先があるのでしょうか?

佐藤 型を学んで、真似をする。それを繰り返すうちに、型を飛び越えられるようになる。自分なりの工夫をできるようになる。私はそう思うのです。

――日本古来の「守破離(しゅはり)」の精神ですね。

佐藤 「考えさせながら、教えて、覚えさせる」という主義の方もいらっしゃいますが、私は「まず型を教えて、覚えさせてから、考えさせる」派です。小学校段階の子どもに考えさせながら、教えて、覚えさせるという同時進行は、とても難しいですよ。よほど優れた教材で、教師の授業力も高く、子どもにも相応の力がないと困難だと思います。私にはとてもできません(笑)。

――今日の授業でも、型を踏まえた上で、飛び越え、自分なりの工夫ができている子がいましたね。

佐藤 ひなまつりの集合写真を加工した作品ですね(前編参照)。あのように複数の写真をまとめる方法など、私は教えていません。子ども自身が編み出したのです。
栗拾いの写真を使った作品も良いものです(前編参照)。クラスメートと一緒に写っている保育園時代の写真を選び、自分ではなく、あえて友達にセリフを言わせている点がうまい。それぞれのキャラクターや人間関係を、上手に漂わせていますね。

――この子達のように、型を「破り」「離れ」させるには、どう指導すればいいのでしょう?

佐藤 子どもを信用して、ある程度自由にさせてあげることでしょう。ルールは決めるけれど厳しすぎても駄目、グレーな部分も必要だと思います。例えば、「このアプリはこう使いましょう」「このアプリだけで作りなさい」と、ルールを厳格に決めすぎると、子どもを縛ってしまい、新しい発想が出てこない。創造につながりません。

今日のメッセージビデオ作成でも、子ども達は複数のアプリを自由に使い分けています。それぞれのアプリの長所と短所を把握して、選択できていました。

――「自由に使わせる」と聞くと、トラブルや問題が起きる危険が頭をよぎりますが?

佐藤 そこは、学級経営や学習規律も絡む問題です。本校では情報モラル教育も行っています。ここがしっかりしていれば、トラブルはそうそう起きません。締める所は締め、挑戦を許容する所は許容する。「結果さえ出せば、(自由な使い方をしても)いいから」と、私はよく子ども達に言っています。

腫れ物に触るように、「ネットは危険だ」「LINEは禁止だ」と子どもを遠ざけようとする向きもありますが……何事も経験じゃないですか? いくら口で説明しても、わからないですよ。自分で使ってみて、利便性を感じたり、失敗したりしてこそ、上手に使えるようになると思います。メディアとの上手な付き合い方を学ぶ。これも、メディアリテラシーですよね。3月からは、子ども達にSNSをやらせようと計画しています。小学生最後の1か月ですから、思い切ったことをやらせたいと思います。

――SNSですか! Twitterの炎上騒ぎなど、特に批判されやすいメディアですよね。

佐藤 『ednity』という教育向けSNSです。係を決めてアカウントを作って、SNSで発信させる予定です。例えば、連絡係が明日の時間割を書き込み、他の子どもはそれを見て準備する。中高生になれば、いずれSNSを使うようになるでしょうし、その前に経験させてあげたいと。まぁ、2年間頑張って育ててきましたし、彼らはこのぐらいできるでしょう(笑)。

――それほど子ども達を信用しているのですね。佐藤主任教諭に教わった子ども達の将来が楽しみですね!

佐藤 私も楽しみです。かつての教え子が、情報メディア系の学部に5、6名ほど進学したのですよ。その理由を聞いたら、「(佐藤)先生の影響じゃない?」と言ってくれました。嬉しいですね。教え子達がどんな大人になるのか、追跡調査したいなあ! 

記者の目

聞けば聞くほど、話が出てくる――。それが、佐藤主任教諭だ。前編・後編にわたってその取り組みを紹介してきたが、これはまだ氷山の一角。例えば、インタビューでもちらっと学級経営や学習規律の話が出てきた。今回の取材テーマから外れるため詳しくは聞けなかったが、学級経営や学習規律がしっかりしているから、1人1台のタブレットを学習ツールとして正しく使えるのだろうし、授業もスムーズに進行するのだろう。
それにしても、佐藤学級の子ども達のたくましさときたら、下手な大人など顔負けである。我々大人も、情報活用能力やメディアリテラシーを鍛えなければならないなと、身が引き締まる思いがした。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop