2023.11.20
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高校国語科における「情報の扱い方」とは?(前編) 日本国語教育学会研究部 2023年度 第1回公開研究会リポート

学習指導要領に国語科で育成すべき資質・能力の一つとして「情報の扱い方」が明示され、ChatGPTなどの生成AIやSNSが普及する今、指導のさらなる改善・充実が求められている。幼保・小・中・高・大学の国語教育の実践について学び合う日本国語教育学会の研究部でも、情報の扱い方に関する実践について検討が続けられてきた。今回は同研究部が「高等学校国語科教育における『情報』」をテーマに開催した、2023年度の第1回公開研究会の模様をリポートする。

日本国語教育学会研究部主催2023年度 第1回公開研究会
テーマ:高等学校国語科教育における「情報」

【プログラム・登壇者】

  1. 研究主題の主旨説明 : 藤森裕治氏(日本国語教育学会研究部長)
  2. 基調提案 : 「情報」の本質と国語教育での課題
     長田友紀氏(筑波大学准教授)
  3. 実践報告 : SNS世代の情報の伝達や共有に着目した「現代の国語」の授業
    ー単元「オンライン書店の書評を読んで読書の幅を広げよう」ー
     小野寺亜希子氏(東京都立八王子東高等学校教諭)
  4. 質疑応答と協議
  5. 講評 : 甲斐雄一郎氏(日本国語教育学会理事長)
  6. 総括と展望 : 桑原隆氏(日本国語教育学会会長)

1.研究主題の主旨説明

「情報の扱い方に関する事項」の新設

藤森裕治氏(日本国語教育学会研究部長・文教大学教授)

ChatGPTなどの生成AIをはじめ、昨今は技術革新が急速に進み、私たちの生活にも変化が及んでいる。 日本国語教育学会研究部長の藤森裕治氏は冒頭、「ある中学校で授業を参観した際、学習指導のプロセスにChatGPTが使われているのを見て衝撃を覚えた」と語った。

ChatGPTはどんな質問にもたちどころに答えるが、人間のように自律思考をしているわけではなく、Web上にあるデータを解析し、組み合わせて出力しているにすぎない。答えを導き出す過程は見えず、誤った回答をすることもある。藤森氏は、「AIなどのデジタル技術を含め、子どもたちが情報をどのように捉えるかという問題については、言葉を学びの中心とする国語科においても、しっかり考えていかなくてはいけない」と呼びかけた。

同研究部が主催するこの公開研究会でも、現行の学習指導要領の「知識及び技能」に「情報の扱い方に関する事項」が新設されたことを受け、子どもたちへどのように情報を提供し、学びをクリエイトしていく必要があるのか探求が続けられてきた。幼保、小学校、中学校での情報の扱い方に関する実践について話し合われた2022年度公開研究会に続く今回のテーマは、「高等学校国語科教育における『情報』」。藤森氏は「幼保小中高を見通した観点から、高校の国語科における情報に関わる学習指導はどうあるべきかを実践報告を基に協議する実りあるものにしたい」と述べ、 研究会はスタートした。

(2) 情報の扱い方に関する事項

(2)  話や文章に含まれている情報の扱い方に関する次の事項を身に付けることができるよう指導する。 
 ア 主張と論拠など情報と情報との関係について理解すること。 
 イ 個別の情報と一般化された情報との関係について理解すること。
 ウ 推論の仕方を理解し使うこと。
 エ 情報の妥当性や信頼性の吟味の仕方について理解を深め使うこと。
 オ 引用の仕方や出典の示し方,それらの必要性について理解を深め使うこと。

『【国語編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説』P.77 現代の国語 内容〔知識及び技能〕より

2.基調提案 : 「情報」の本質と国語教育での課題

『情報はいつでも、どこでも、誰にでも同じように伝わるわけではない』

長田友紀氏(筑波大学准教授)

情報というと検索エンジンや生成AIからの情報をイメージしがちだが、書籍や人から得る情報もある。国語教育やコミュニケーション教育を専門とする筑波大学准教授の長田友紀氏は、「人からの情報」について考えるべく、参加者が2人1組になってやりとりするワークショップを行った。

最初の演習は、一方の話をもう一方が聞くというもの。聞き手は1回目は無反応で黙って話を聞き、2回目は質問こそしないものの、うなずいたり相手の言葉を繰り返したりしながら話を聞く。これにより「ノンバーバル(非言語)の情報の大きさを体感しようというのだ。ねらい通り、1回目は反応のない相手を前に話にくそうにする様子や、無反応を貫けずにうなずいてしまったりする様子が見られたが、2回目は聞き手に反応が許されたことで、双方コミュニケーションがしやすくなっている様子がうかがえた。長田氏は「私たちは言語以外にも無意識のうちにさまざまな情報を活用しています。SNSでコミュニケーションする子どもたちも、伝えられていない情報がたくさんあるはずです。国語科で考える情報のイメージは狭すぎるのではないでしょうか」と問いかけた。

次に行われたのは、一方の質問にもう一方が答える演習。聞き手が聞かれたことだけに答えた場合、会話は弾まず、得られる情報も少ないことが見て取れた。一方、聞かれたこと以外の情報を加えたり、逆に質問をしたりして答えを広げた場合、スムーズで笑顔の多い会話となっただけでなく、思いもよらない情報や、それをきっかけにほしい情報が得られる場合もあることがわかった。長田氏は、「国語科は問いに正確に答えることや、情報を意識的、論理的に手に入れ、操作することを重視しすぎているように思われます」と指摘した。

続いて、一方が窓の近くにいるもう一方に「暑い」と訴えるロールプレイが行われた。この場合、話し手が「暑い」としか言わなくても、聞き手に「窓を開けてほしいのだな」と解釈されれば、窓を開けるという行動をもたらす。一方、「暑い」というセリフは同じでも、寒そうに体を震わせながら言った場合、音声言語と視覚的な情報が一致しないため、聞き手は窓を開けることをためらう。こうした話し言葉や視覚的な情報のほかに、肩を叩くなどの接触によって伝わる情報もあり、通常はこうした複数の情報が同時に存在している。

「動画などの映像・音楽・文字・絵の複合的な情報を子どもたちが日常的に作っていることを考えると、国語科は言葉だけにこだわりすぎていると感じます。 また、複数の情報の示すものが一致しない場合、それらをどう解釈するかが重要ですが、国語科では自分の主張に合う情報だけを集めさせる傾向があり、反対意見などの異なる情報をもとに解釈や判断させる点が弱いと思います」(長田氏)

また、これまで話し手に嘘ばかりつかれていた場合、聞き手は「暑い」と訴えられても信じられず、窓を開けない可能性がある。しかし聞き手が窓を開け、同じ話し手に感謝された経験があったとしたら、聞き手は窓を開けると思われる。なぜなら人の頭に入る情報は単なる複製ではなく、コンテクスト(状況・関係・歴史)や解釈する側の偏見・誤解、考え方の変化も含めて解釈されるからだ。

「『情報はいつでも、どこでも、誰にでも同じように伝わるわけではない』ということが、国語科では忘れられがちです。『本文中の根拠をもとに考える、答える』ばかりでなく、『この人はなぜこのような発言をしたのか』と情報が生まれた背景やコンテクストについて考えてみることや、他者のものの見方に触れたり、自分のものの見方の変化を経験することも大切。情報と情報との関係だけでなく、情報と人との関わりも教えなければいけないと思います」と長田氏は訴えた。このほかにも多くの示唆に富んだ指摘がなされ、会場は大いに盛り上がった。

3.実践報告 : SNS世代の情報の伝達や共有に着目した「現代の国語」の授業

「オンライン書店の書評を読んで読書の幅を広げよう」

小野寺亜希子氏(東京都立八王子東高等学校教諭)

東京都立八王子東高等学校の国語科教諭である小野寺亜希子氏は、単元「オンライン書店の書評を読んで読書の幅を広げよう」の実践報告を行った。この授業は、「情報メディアの普及で高校生のことばの使い方が変化しているのではないか?」「SNS世代の高校生の現状と読書指導を近づけられないか?」という2つの問題意識から生まれたもの。情報メディアを活用して広く文章に触れることで、学習指導要領の「情報の扱い方に関する事項」のエの観点「情報の妥当性や信頼性の吟味について理解を深め使う」ことができるようにするねらいもある。

そこで事前に「SNSにおける言葉の使い方実態調査」を行ったところ、生徒はSNSを話すように書く(相手の反応を考えながら打つ、聞き返すなど)と自覚しながらも、実際には書き言葉の意識(送信前に文章を見直す、句点を使うなど)も持ち合わせていることがわかった。また、両者の隔たりを埋める工夫や配慮(挨拶をする、指示語を使うなど)をしているものの、それを自覚していないことも見て取れた。

「SNSなどで使われるいわゆる『打ち言葉』は、情報の完全性の追求やコミュニケーション成立の方策に難しさがあるとの報告もあります。インターネットを介したやりとりでの工夫や配慮に自覚的になり、情報メディアで使う言葉について考えさせる指導が必要であると感じました」(小野寺氏)

また「読書に関する実態調査」では、好きな作家や作品から読む本を探す生徒が多く、書店や図書館に足を運ぶ生徒も半数以上いることが判明。このことから、生徒1人ひとりに働きかけることの重要性や、選書の手段として情報メディアの活用の余地があることもわかった。 

以上の調査を経て小野寺氏は単元を開発し、実践1「インターネット上の書評を読む活動」と実践2「インターネット上の書評を書く活動」の2つの授業を行った。

実践1の主な指導目標は、ネット書評を読み比べ、その特徴を知るというもの。生徒はオンライン書店で自分が読んで気に入っている本の書評を読み、特徴的なものをいくつかワークシートに書き出して、それらに対する自分の評価コメントをワークシートに記入した。小野寺氏は生徒の書評へのコメントを、1分析、2反論、3共感、4深掘り、5その他の要素に分類。とりわけ1群と2群の生徒の反応には驚かされたという。

「1群の生徒は特に指示をしていないにもかかわらず、その本を読んでいる人の年齢層や性別、評価の高低が大きく分かれた理由、良い書評・悪い書評の要素などを挙げ、書評を分析していました。また2群の生徒は、自分の好きな本に否定的な書評を書いた見えない他者に向けて譲歩を示した上で冷静に反論し、さらに書評者に足りない視点を提示しています。この実践で、インターネット上の情報を多様な視点で捉える彼らの能力を初めて知りました」(小野寺氏)

実践2の主な指導目標は、ネット書評を書いて「打ち言葉」の特徴を知ること。生徒は書評を書く時に大事にしたいことをワークシートにマッピングして発表し合い、「打ち言葉」について知る。そして教科書教材を題材に書評を書き、マッピングに挙げた点を踏まえて書けているかなど、自分の書評について級友からコメントをもらう。さらに実践2の後に設けられた交流タイムでは、オンライン書店や自分が読んだ本についての情報共有など、読書の幅を広げる活動を行った。

小野寺氏はこれらの実践について、「情報を伝えるために自分がどのような工夫や配慮をしているのかを生徒に確かめさせることができ、『評価の内容が真逆の書評がある』『オンライン書店は実店舗ほど本の宣伝をしていない』といった授業の感想から、情報の妥当性や信頼性の吟味にもつながったことがわかりました。読書教育に関しても新たな可能性を開くことができたと思います」と手応えを口にした。一方で課題も挙げ、「SNS上の言葉の問題について継続的に調査し、生徒の実態を把握すること」や、「『情報の妥当性や信頼性の吟味の仕方について理解を深め使う』ためのさらなる単元開発と学習効果の測定」が必要であるとした。

後編では、質疑や講評、総括をリポートする。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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