2026.10.05
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教育現場から生まれた「UDデジタル教科書体」 より多くの人が読める文字デザイン

パソコンの画面や印刷物、商品のパッケージなど、私たちは毎日、無数の文字を目にしている。そこに使われるフォントは、ゴシック体や明朝体をはじめ実にさまざま。読みやすさを高める、ブランドのイメージを伝えるなど、それぞれ異なる役割を担っている。

なかでも、近年注目されているのが、フォントメーカーのモリサワが開発した「UDデジタル教科書体」だ。弱視の人や、読み書きに困難のある人にも読みやすく、学びやすいことを目指して設計され、教育現場でも広く使われている。

今回取り上げるのは、モリサワが2026年9月7日に開催した「フォントの勉強会」だ。本記事では、フォントが読みやすさや学びに与える影響とともに、当日の様子をレポートする。

フォントが担う役割とブランディングへの活用

冒頭では、モリサワの小嶋氏が同社の事業と、フォントの役割やメリットについて紹介した。モリサワは3,500書体以上を提供するフォントメーカーで、そのフォントはメディアをはじめ、社会生活を支えるさまざまな場面で使われている。

同氏によると、フォントには、表現したいイメージや世界観を形づくる「デザイン」と、読みやすく正確に内容を届ける「情報伝達」という二つの役割がある。

たとえば、同じ店名でも、使うフォントによって老舗らしさやおいしそうな印象が左右される。お化け屋敷の看板は書体でも怖そうな雰囲気を出している。一方、教育現場や駅の案内板などでは、見やすく読み間違えにくいUDフォントが情報伝達の質を高めるという。

また小嶋氏は、企業のブランディングにおけるフォントの重要性と、Webフォントの活用について、こう話した。

「一般的なAndroid端末では明朝体がインストールされていないため、サイト側がWebフォントを使わずに明朝体を指定しておいてもゴシック体で表示されるのはご存じですか。パソコンやタブレット、スマートフォン、紙の本でそれぞれ印象が異なるのは、企業のブランディングの観点から望ましい状態ではありません。フォントの統一はブランディングの一環であり、大きな力になります。

デバイスフォントでは見栄えがよくないからと、テキストを画像に置き換えるのではなく、Webフォントを活用するという解決策もあることを知っていただければと思います。」

「読みやすい書体」が学びのスタートに

高田裕美氏

続いて、モリサワでUDデジタル教科書体の開発を担当した高田裕美氏が、UDフォントの特徴をはじめ、同書体の開発背景やデザイン、教育現場の合理的配慮について紹介した。

32年間にわたり書体デザイナーとして、絵本や図鑑、新聞、テレビのテロップ、教材、パッケージなど、幅広い分野のフォントを手がけてきた高田氏。書体には、「情報を正確に伝える」「イメージを伝える」「読みやすさを助ける」という3つの役割があると話す。そもそも、「読みやすい」と感じる書体は、読み手の年齢や特性、好み、目的、置かれた状況によって異なる。

たとえば、日本語話者の中にディスレクシア(読み書き障害)の人は、5~8%いるとされる。35人のクラスならば2~3人は、内容を理解できていないのではなく、教科書やテストに書かれた文字をうまく読めていないために、問いに答えられていない可能性があるという。

「子どもにとってストレスなく読める書体に変えることが学びのスタートとなり、情報格差の軽減にもつながると考えています。」(高田氏)

こうした読みやすさへの配慮を重視した書体が、UDフォントだ。「UD」とは、年齢や障害の有無、能力の違いなどにかかわらず、誰もが利用しやすい「ユニバーサルデザイン」のこと。より多くの人にとって見やすく、読みやすく、間違えにくい書体として開発された。

ここでいう「より多くの人」とは、多数派が読みやすいということではない。高齢者や弱視の人など、読みにくさを感じる人に寄り添いながら、ほかの人の読みやすさも損なわないという意味を持つ。

その具体例として、高田氏は一般的な明朝体とBIZ UD明朝の違いを示した。一般的な明朝体は横線が細いという特徴があるのに対し、BIZ UD明朝は、横線を太くして文字のかすれを抑えたり、字面を大きく作ったりと、読みやすさを高めるさまざまな工夫が施されているという。

「UDデジタル教科書体」は2016年に誕生し、文字の線の太さによってR(レギュラー)、M(ミディアム)、B(ボールド)、H(ヘビー)の4種類が用意されており、RとBはWindows OSに標準搭載されている。それぞれに「等幅」「P付」「K付」*があり、英数字やかなの文字幅が異なる。

等幅:漢字・かなは全角幅、英数字や記号は半角幅で表示される。
P付:漢字・かなは全角のままで、英数字だけがそれぞれの形に合わせた最適な幅(プロポーショナル)になる。
K付:漢字は全角のままで、かなと英数字と一部の記号がプロポーショナルになる。

「『等幅』『P付』『K付』はデザインこそ同じですが、英数字やかなの文字幅が異なります。本文にはP付、大きなタイトルや短い文章、行間をあまり取れない場合にはK付、桁数の多い数字をそろえる場合には等幅がおすすめです。」(高田氏)

当事者の声から生まれたUDデジタル教科書体

UDデジタル教科書体の開発のきっかけとなったのは、同社が先に手がけたBIZ UDゴシックだった。BIZ UDゴシックは、高齢者や弱視の人に配慮し、文字の切り口や空間、シルエットを工夫することで、「1(イチ)」と「I(アイ)」と「l(エル)」、「3」と「8」などを判別しやすくした書体だ。

「ただ、私たち書体デザイナーだけの判断で、『ユニバーサルデザインに対応した』と言ってよいのか、不安を感じていたんです。高齢者や弱視の人たちにとって本当に読みやすいのか、専門家の意見を聞きたいと考え、コンタクトを取ったのが、ロービジョン研究の第一人者である慶應義塾大学の中野泰志教授でした。」(高田氏)

高田氏らは中野教授の研究室を訪ね、書体の工夫について意見を求めた。しかし、中野教授はデザインの良し悪しに答える代わりに、こう問いかけた。

「ロービジョンの人にも読みやすい書体を作ってくれるのはありがたい。ただ、デザイナーは当事者の声を聞き、その困り事を理解しているのですか。」

その言葉を受け、高田氏は「それまで、私たちは自分たちの想像だけでUDフォントを作り、当事者の声を聞いていなかったことに気づいたんです」と振り返る。

その後、中野教授の協力のもと、ボランティアの方たちが特別支援学校や弱視の子どもたちが使う「拡大教科書」を手作りしている現場を見学し、教員や子ども、支援者へのヒアリングを行った。そこで寄せられたのが、「UDゴシックは弱視の子どもたちにも読みやすいが、教育現場では使えない」という意見だった。

一般的な教科書体は、線の太さに強弱があるため、弱視の子どもには、どの線をなぞればよいのかわかりにくい。また、視覚過敏のある子どものなかには、「はね」や「はらい」のとがった先端を、自分に刺さってくるようで怖いと感じる子もいるという。

さらに、明朝体の横線にある三角形の「うろこ」など、わずかな形状が読みにくさにつながる場合もある。「うろこ」部分は、海外で日本語を学ぶ人などにも、塗りつぶす必要があると誤認識されることがあるそうだ。英語でも中2から使われる、長文でも読みやすいローマン体には同様の特徴がある。

そうした読み書きに困難を抱える子どもには、線の太さが一定で形もシンプルなゴシック体が読みやすい。一方で、手書きの教科書体とは画数や形が異なり、「はらい」や「はね」といった筆の運びも伝わりにくいため、教育現場では文字を教えるための書体として使いにくいという課題があった。

「こうした課題を解決するために開発したのが、UDデジタル教科書体です。読み書きに困難を抱える子どもたちに配慮し、線の太さを一定に保ちながらも、筆の運びがわかるようにデザインしました。」(高田氏)

学習指導要領に準拠した字形のため、教員が文字を教えやすい点もUDデジタル教科書体の特徴だ。また、ICT化が進む教育現場に合わせ、電子黒板やタブレットでも読みやすいように設計されている。

その見やすさは、第三者による検証でも示されている。慶應義塾大学の中野泰志教授によるロービジョン(弱視)の人を対象とした検証では、市販の教科書体に比べUDデジタル教科書体が最も見やすいという結果が得られた。

また、大阪医科薬科大学の奥村智人氏による、ディスレクシアを含む、眼疾患はなく読み書きに困難を抱える児童を対象とした検証では、同書体が最も見やすく、読む速度が約9%向上した。障害のない子どもでも、読む速度が速くなることが実証されている。

「文字が読めない」とはどういうことか

その後、会場では、文字を読む難しさを疑似体験するテストも行われた。

スクリーンに映し出されたのは、欧文書体「Electroharmonix」で書かれた英文。冒頭は、日本人には「カモン」のように見えるが、正しくは「Hey guys」だ。

カタカナや漢字に似た形が使われているため、日本語の知識に引っ張られ、欧文として捉えるのが難しくなるという。実際に会場でも多くの参加者が苦戦したが、英語圏の人にはすらすら読めるそうだ。

2つ目のバラバラになった漢字も、何とか文字を読んだだけで、問いに答えた気分になってしまい、最初に聞いた「利き手と反対の手で書く」という指示を忘れてしまった。

「読むこと自体に一生懸命になると、ワーキングメモリーを使い果たしてしまいます。これが学校や職場だったらどうでしょうか。その人は頑張って答えたのに、先生や上司にため息をつかれたり、友達や同僚に笑われたりしていないでしょうか。」(高田氏)

本人は懸命に取り組んでいても、周囲から理解されず、つらい思いをすることがある。高田氏は、読み書きに困難を抱える人が置かれている状況にも目を向けてほしいと訴えた。

フォント選びも「合理的配慮」の一つ

最後に高田氏は、フォントの観点から「合理的配慮」について説明した。近年、認知度が高まりつつあるUDフォント。その背景の一つに、2016年の障害者差別解消法の施行があるという。

同法では、何らかの障害により文字を読むことに困難を抱える人に対し、自治体や学校、店舗、公共機関などが話し合いのもと、一人ひとりの状況に応じた配慮を行うことが求められている。

「これまでは、全員に同じ配慮をすることが平等だと考えられてきました。しかし、それでは取り残されてしまう人がいます。だからこそ、誰もが自分に合った方法で情報を得られるよう、選択肢を整えることが大切です。UDフォントに変えれば、すべてが解決するわけではありませんが、目の前の人にとって理解しやすいフォントで情報や教材を提供することも、合理的配慮の一つといわれています。」(高田氏)

質疑応答

講演後には質疑応答が行われ、参加者からさまざまな質問が寄せられた。ここでは、その一部を紹介する。

Q.UDフォントをデザインするうえで、大切にしていることは何ですか。
高田氏:ロービジョンやディスレクシアなど、少数の人たちが抱える困り事を少しでも減らせるよう、まずは当事者の話をよく聞くことを大切にしています。さらに、その声をもとに作ったフォントを実際に見てもらい、意見を聞くようにしています。

Q.研究者や専門家とは、どのようにしてつながりを築いたのでしょうか。
高田氏:研究者の方々は、ご自身で専門の研究内容を発信されているので、興味のあるセミナーには積極的に足を運び、名刺交換をするだけでなく、その後もセミナーなどで質問を重ねながら、少しずつ信頼関係を築いていきました。もともと私はやりたいことに向かって、つながりを作ることが得意のようです。熱意は、人に伝わるので。

記者の目

PCで仕事をするうえで、フォントは切っても切り離せない存在だ。筆者自身、見た目の好みや与えたいイメージ、あるいは「これが普通」という感覚で、無意識に選んでいたように思う。しかし今回の講演を通して、普段何気なく目にしている文字に、読みにくさやストレスを感じている人がいることを知った。これからフォントを選ぶときは、自分の好みだけでなく、その文字を読む人の姿も思い浮かべたい。

関連情報

どれもまちがいではありません。

文化庁『常用漢字表の字体・字形に関する指針』にはさまざまな「字形」が登録されています。

漢字テストでは正誤を判断する基準は「字体」とし、「字形(デザイン)」の小さなちがいはバツにしないように呼び掛けています。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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