2023.11.20
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高校国語科における「情報の扱い方」とは?(後編) 発信モラル指導から、問いを生む探究活動へ

学習指導要領に国語科で育成すべき資質・能力の一つとして「情報の扱い方」が明示され、ChatGPTなどの生成AIやSNSが普及する今、指導のさらなる改善・充実が求められている。前編では、日本国語教育学会の研究部が「高等学校国語科教育における『情報』」をテーマに開催し、高等学校教諭や小学校教諭、教員養成大学の教員や学生など約70名が対面・オンラインで参加した2023年度の第1回公開研究会の基調提案や実践報告の模様をリポートした。後編では、質疑や講評、総括の模様を紹介する。

4.質疑応答と協議

情報の多様性とリテラシーのジレンマ

司会 小沢貴雄氏(筑波大学附属桐が丘特別支援学校教諭)

続いて、参加者からの質問に対する登壇者の返答と、それについての協議が行われた。

「高校の国語科教員として、小学校の国語科ではどのような情報教育が実施されればよいと考えるか」という質問に対し、小野寺氏は「今回の実践では、インターネット上の暴力的な言葉に暴力的な言葉で対応する子もいるだろうと想定し、それについて皆で考える展開も考えていましたが、実際には生徒は自分の好きな本に向けられた悪評に冷静に反論していました。このように顔の見えない他者へ想像を広げる力は、小中学校で話し言葉・書き言葉の指導や、新聞・雑誌の情報からメディアについて考えさせることなど、実体のある情報をきちんと捉えさせる土台があってこそだと感じます」と述べた。

また、「国語の授業で社会課題などの情報を扱うにあたり、マナー講座や道徳の時間とならないようにするために、どのように教材研究や授業デザインをしていくべきか」という質問も寄せられた。これについては小野寺氏も「多様な情報に触れさせたいけれど、そのためにはリテラシーも身につけさせなければならない」というジレンマを感じているとし、「あれもこれも扱おうとすると国語科からどんどん離れていってしまうので、話す、聞く、書く、読むという言葉の追求を軸にすることが大事。他の教科で議論する場面でも応用できる力を養えるような授業研究を心がけています」と回答。長田氏は「こういう時はこうしなさい、と一方的に伝えるとマナー講座になってしまい、応用も効きません。『なぜこれが必要なのか』という本質の部分を学ばせることができれば国語科として意味があると思います」と述べた。

5.講評

他者の読みを知ることも大切

甲斐雄一郎氏(日本国語教育学会理事長・文教大学教授)

日本国語教育学会理事長の甲斐雄一郎氏は、「自分の読みを絶対的なものにせず、他者の読みを知ることも大切です。オンライン書店の書評は、実際に読んで自分の読書体験が深まった経験から、国語科の題材として関心を持っていました。予想通り、それを取り込んだ小野寺氏の授業実践は意味あるものでした」と評価した。

感想文や書評が満たすべき条件として、平成19年度全国学力・学習状況調査の小学校国語B問題にもあったように、「自分の体験をもとにした感想、意見、評価が書かれていること」「あらすじや主人公など作品に関する情報が書かれていること」の2つが挙げられる。甲斐氏がChatGPT(無料版)に中島敦の小説『山月記』と宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』の感想を書くよう指示したところ、それぞれ内容には誤りが目立つものの、前述の2つのポイントは押さえられていたという。「ネット書評を読み、書くことの意味は、この書評というものが満たすべき条件について考え、実践することにある」と甲斐氏は指摘した。

また、ネット書評を使った活動の可能性についても言及。「書評で他者の考えを知ることからはじめる今回の授業をボトムアップ型とすると、作品に対する自分自身の疑問から書評へアクセスするトップダウン型のアプローチもあり得る」とし、「例えば宮沢賢治の『銀行鉄道の夜』であれば、初期の版に基づく岩波文庫と他社の版とは結末の描写が大きく異なります。それについて他者はどのような意見を持っているのかという視点で書評を読むことによって、自分の読書体験を深めることもできるでしょう」と提案した。

6.総括と展望

AIは自ら『問い』を生むことはできない

桑原隆氏(日本国語教育学会会長・筑波大学名誉教授)

最後に、日本国語教育学会会長の桑原隆氏が総括と展望として、自身の読んだデジタル化やシンギュラリティ関連の書籍や記事について語った。

桑原氏はまず、大修館書店発行の国語科教員向け機関誌『国語教室 第120号』から「紙か、デジタルか 国語教育でのメディアの使い分けを考える」という柴田博仁氏の論考を紹介した。それによると、文章を目で見るだけなら紙でもデジタル環境でも読みのスピードや理解度に大差はないが、複数の資料を並べて比較する、ページ間を行き来するといった手を使う頻度が多い読みでは、紙の優位性が高い傾向にある。また、デジタル環境には集中を妨げる要因があり、子どもの場合は特に影響が大きいという。柴田氏自身も一年以上にわたって、紙の本を一切読まないで、デジタル環境で読書する実験を行ったそうだ。

「筆者はデジタルツールを否定しているわけではありません。しかし、子どもに集中して深い読みをさせ、高い学習効果を得たいのであれば、授業での紙メディアの使用を検討すべきであり、特に国語の授業では適切なメディア選択がより重要になると主張しています」(桑原氏)

また、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエル氏に話を聞いた毎日新聞の記事(2023.7.17)も興味深いものだった。マルクス氏はAIが人間の知能を超える可能性には否定的で、それよりも「テクノロジーを使うことで人間が人間らしさを失うこと」を懸念している。ChatGPTなどを使う時間が増え、人間を模倣したAIから逆に影響を受けることで、「私たちの思考が『モデルのモデル』になろうとしている」と指摘。これは「自分で考えたくないという願望」の表れであり、「デジタルテクノロジーと人間性を共生させるための新たな倫理が求められている」と警鐘を鳴らしている。

「例えばChatGPTの情報に誤りがあった場合、責任の所在はどこにあるのか。AIにはこうした倫理的な問題がたくさんあります。 また、AIは自ら『問い』を生むことはできません。問うことと探究的な言語活動が、これからの国語科の大きな課題になってくるのではないでしょうか」と桑原氏は述べ、研究会を締めくくった。

記者の目

国語科では言語活動を軸に資質・能力の育成が行われるが、情報メディアやデジタルツールの発展・普及が著しい今の時代に情報を扱う場合、従来の学習指導だけでは十分とは言えない。基調提案と実践報告を中心とした本研究会は、そうした現状に悩む先生方の視野を広げ、多くのヒントを与えてくれたことだろう。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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