2026.09.21
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生成AI時代、学びはどこへ向かうのか 文部科学省 令和8年度 生成AIの利用に関する夏季公開学習会リポート(後編)

会場には1100人以上が参集し、オンラインでも3000人が聴講した「令和8年度 教育×生成AIシンポジウム―生成AI時代、学びはどこへ向かうのか―(生成AIの利用に関する夏季公開学習会)」。
生成AI時代の学習者には、車で行けるところに敢えて歩いていくことが求められる。教員、研究者、民間企業はどのような支援ができるのか。後編ではパネルディスカッションの模様をリポートする。

パネルディスカッション

田村氏のファシリテートで、大きく2つの問いをテーマに、パネルディスカッションが行われた。

①学習におけるリスクにどう向き合うか

「私たちのAIスローガン」を作る

能美市立寺井中学校 校長 亀田香利氏(右から2人目)

亀田校長:生成AIパイロット校として3年目になる。生成AIの持つリスクへの対応の1つ目は「AIオリエンテーション」。生徒たちが、AIの特性の理解とともに付き合い方を考え、クラスごとに「私たちのAIスローガン」を作る。例えば、「AIに頼り過ぎずに自分の考えを持とう」「AIに頼りすぎず、正しい情報を見分けよう」「AIの追い風  ゴールへのバトンは自分の中に」といったものだ。いつでも立ち返る寄りどころを設けるという意味合いがある。

2つ目が「授業研究」。教員が生徒の姿、思考のプロセスをしっかりと見取り、適切な介入や支援が行えたか、AI活用は効果的だったか検討している。

過去のアンケートでは「考えずにAIに聞いてしまったとき、自分のためにならなかったと思った」といった回答もあった。こういう過程も経て、現在は「答え」ではなく、「ヒント」と「確認」を求めるように変化してきた。生徒と教師が共に成長する学びの好循環が生まれつつある。

堀田教授:生徒に自分たちにとってまずかったんじゃないかと思うところも確認させて、使い方を見直させているのは大切だ。自分たちでプロンプトを変えていくプロセスを作っていることがこの学校の良さで、これを特定の教員だけではなく、学校全体で実践を共有し、議論して取り組んでいるところが素晴らしい。

教育特化型AIに何を求めるか

東京大学大学院工学系研究科 准教授 吉田塁氏(右から3人目)

吉田准教授:教員が生成AIについて正しい理解を持つことが重要である。AIが医師国家試験や司法試験に合格できるレベルと聞くと、何でもできるのかと思われるが、実はそうではない。AIはハルシネーション(存在しない情報)を出力することもあり、最終的には人間が判断し、責任を負う。例えば隣の先生がうまく使えたとしても、自分の教科では使えない場合もある。そうした生成AIのメリットとデメリットに目を向けつつ、限界や注意点も知ることが前提として重要である。

その上で、一番重要なのは、児童生徒に何を学んでもらい、どのように評価するのか。教育目的と学習成果を起点にして考え、児童生徒にどこでAIを使わせて、いつ使わないのかという設計がポイントとなる。

田村氏:PISA2022の「学校が再び閉鎖された場合、自分で学習を進めることにどの程度自信があるか」という指標で、日本では「自信がある」という回答が少なく、OECD加盟37か国中34位と、国際的に低い結果であったが、AI活用においては、どのように思われるか。

シュライヒャー局長:日本の順位が低かったことは、教員への信頼の高さの表れでもある。生徒は好きな教師から最もよく学ぶ。教員が気にかけてくれると思うと自主学習能力が高まるのは、日本の強みとも言えるのではないか。

AIは、生徒が何を、どのように、どこで、さらには人生のいつ学ぶかについて、より多くの主体的関与(オーナーシップ)を持たせる素晴らしい機会を提供する。生徒を能動的にするには、生徒が実験し、間違いから学ぶことができる、失敗を成長の機会として捉えられる学習環境を整えることが重要だろう。

また、メタ認知的な能力も重要である。メタ認知のプロセスは学習において暗黙のうちに含まれていることがこれまで多かったが、より前面に出し、指導設計(授業設計)に意図的に組み込む必要があるかもしれない。AIリテラシーとは、学習者とコンテンツの間に適切な「批判的な距離」を創り出すことだ。

なぜこれほど多くの生徒が、事実と意見の区別に苦労しているのか。これはそれほど難しいことではない。教室で適切な発問や対話を行えば、生徒たちは異なる意見が衝突することで生まれる疑問が持つ非常に大きな力を理解するだろう。

学校教育の多くは、科学さえも宗教のように教え、生徒たちに疑問を持たずに大量のパターン演習をすることを求める設計になっている。そしてそのアプローチは、人々が疑問を持ち、問い、探究しようとする自然な傾向に逆行してしまう。だから、探究を促す指導設計は極めて重要だ。

堀田教授:私たちは今日、自立した学び手を育てたいと考えている。これは日本の教育にとってはかなり大きなパラダイムシフトだが、そうでないとこれからの時代を生き抜いていけないという大きな転換期にあるからだ。

私たちは子どもたちが主体的に学ぶために生成AI等を使わせているわけだが、自分でまだ決められない段階では、先生がかなりガイドしている。このあたりの「メタ認知」を育てるノウハウも溜まってきたと思うので、教育用の、学校で安心して使える生成AIを子どもたちに提供できるようになるとよいと期待している。

吉田准教授:教育特化型の生成AIはまだ発展途上で、現時点の可能性として一つ目に挙げられるのは、一人ひとりに応じた学習支援だろう。教科書データなどと連携した学習者の理解度、概念、興味関心に応じてフィードバックをくれる、問題を作ってくれるものがまだ現時点では十分にできていない。

また、外国にルーツを持つ児童生徒に対する支援として、生成AIを使って翻訳はできるが、授業中に違うツールを使って毎回翻訳するのは現実的ではない。このような課題を解消する、教育特化型AIができるとよい。学習プロセスの評価を支援する、教員の専門性や授業設計能力を育てる教員向けの教育特化型AIも期待される。

杉之原氏:先生の介入や問い掛け、チューニングなしで成立するようなAIが教育特化型AIのありたい姿なのか、事業者は問う必要がある。その上で、発達段階に合わせてガードレールをどのように設計するのか、また、子どもの様子を見ながら、先生がどのようにチューニングできるようにするのかがポイントだ。

教育特化型AIや関連サービスの開発は、事業者が先生方と一緒に学ぶチャンスだと考えている。AIの開発者側、作り手側の多様さの確保という観点も強調したい。何も意識しないと、日本では、作り手は男性に偏るだろう。今日の会場の女性比率も10~15%ぐらいに見える。

田村氏:教育特化型AIの開発・活用について、どのように考えているか。

シュライヒャー局長:日本は素晴らしいコンピューターゲームを開発している国であり、極めて優秀な教師たちがいるので、教育的意図(pedagogical intent)を核心に据えた「教育特化型AI」の夢を実現できるだろう。

AI活用に関心のある人々のために標準化やプラットフォーム、フレームワークを構築し、イノベーターやスタートアップも参入しやすい市場を作り、良い実践を製品に反映していくべきだ。

②AI時代の情報活用能力とは

自分に合った学び方をするために不可欠

東京学芸大学副学長・教職大学院 教授(右から4人目) 堀田龍也氏

堀田教授:今は1つの教室に、1人で学んでいる子、友達と話し合いながら一緒に学んでいる子、先生に教えてもらいながら学んでいる子もいる。黒板も、大型ディスプレイも、紙の教科書も、端末も使われている。

多様な学び方を包摂していく時に、一人ひとりの子どもたちに自律性が求められる。自分の力でどんどん学んでいくために「情報活用能力」が欠かせない。

情報活用能力の抜本的向上を図るため、2030年度スタート予定の学習指導要領に、小学校の「総合的な学習の時間」の「情報の領域」は、小学校3年と4年で30コマずつ、5年と6年で35コマずつ、最大130コマ、中学校では新教科「情報技術科」で、1年と2年で70コマ、3年で35コマという授業時間数を盛り込むことも現在検討している。

小学校は探究のプロセスの中での「活用」優先からスタートし、高校になると「特性の理解」が多くなるようなカリキュラムのデザインで検討が進んでいる。「適切な取り扱い」では、法律や制度面、倫理面、安全面、「特性の理解」では、アルゴリズムやデータの扱い、社会的役割なども学ぶ。まず、先生方に研修を受けていただくことになるだろう。

シュライヒャー局長:情報リテラシーに関するコンセプトやアイデアは、国を問わず非常に共通している。過去40〜50年の間に、情報の解釈と正確さに対する責任が、知識の「生産者」から「利用者」の側へとシフトした。

生徒が問題をさまざまな視点から眺め、多様な思考方法・アプローチで評価できるようになれば、新しいリテラシーの概念も進化していく。学習指導要領実現のための学習環境のデザインが重要になるだろう。

堀田教授:入ってくる情報が多様な人による発信であるため、必ずしも精度が高いとは限らない一面的な情報も出てきている。そういう中で、私たちは判断しなくてはいけない。これがこれからの時代のリテラシーの一つになった。しかし、学校は、当分変わらないものを順番に教えていくという仕組みを持っている。この良さは残しながらも新しいリテラシーを教育課程の基準の中に実装していくことが重要である。

吉田准教授:先生方が忙しいから研修動画を提供するという方法が挙げられているが、できればオンデマンドや単発ではなく、長期間、例えば3ヶ月、4ヶ月のアクティブラーニング型のカリキュラムで研修を実施できると、行動変容につながりやすい。教員も学び続けないといけない時代になったので、学ぶ時間を先生方の働き方の中に組み込んだ形で進めていくべきだ。

「情報活用能力」については、発達段階に応じて系統的にしっかり学ぶことが極めて重要で大事だと感じている。学校現場で相手を考えた発信となっているか、危ない場合は指導、あるいは支援をしないといけない場面があるのではと思われる。

教員の役割はより中心的・本質的なものに

NPO法人みんなのコード 代表理事 杉之原亜希子氏(一番右)

杉之原氏:2030年代に向けて学校教育が大きく変わっていく、若者が減少していくこのタイミングで学校や人づくりに関われることにワクワクしている。外部人材との連携について、三つの切り口から整理した。

外部人材が教員の関与をほぼ介さずに担う「代替」の形がある。セキュリティ講習や、AI専門家を招くといった形だ。「補完」では、全体設計の中で教員の学びも子どもの学びも設計した上で、外部人材が視点を持ち込むということ。「拡張」では、私たちは学校と企業の間に立ってサポートする、コーディネーターの役割も担っている。相互理解が不十分で、負担感が大きくなり、1回きりで頓挫するケースもあるが、単発的な始まりから3年かけてお互いの意図の理解が深まり、拡張の方に進んでいったケースもある。

2030年に目指している教育の姿は、誰もが初めて取り組むことなので、このタイミングでもう一度、学校と外部人材との接点をつなぎ直し、双方ともに学ぶチャンスをつくっていくのが大事だと考えている。

シュライヒャー局長:人工知能が何をできるようになろうとも、若者たちがなぜ自分がこの地球上に存在するのかを理解したり、アイデンティティや目的、生きる意味を見出すのを助けたりすることはできないだろう。価値観の問題こそが教師の役割となる。

AIは、あなたが人生において何が得意になれるのか、あるいはこの世界があなたから何を必要としているのかを理解するのを決して助けてはくれない。教師の役割は、単に知識やスキルを伝達することが主だったこれまでの世界に比べて、人工知能の世界において、はるかに中心的・本質的なものになるだろう。

若者たちは教師が何を言うかだけでなく、教師が「どのような人間であるか」を見るようになる。例えば、AIリテラシーとしての倫理的意思決定の重要性について考えるとき、それは言葉で教えるものではなく、教師自身の仕事を通じて範を示し、生徒たちにもそれを示すよう求めるものなのだ。

教育の専門家としての本来の役割に価値をもたらさないタスクを教師から取り除くことだ。AIがそうした雑務をうまく処理してくれるなら、AIは教師が最も得意とすること、すなわち若者たちが自らの夢を実現し、やりたいことや意味を見出すのを助けることを、より多く、より良く行えるようにするための非常に強力なツールになる。

教員が主体性を持ち、専門性を集団的に高めるための協働文化を築くためのより良いツールを開発することが期待される。

まとめ「本日のシンポジウムで得た学び」

聴講者の振り返り

田村氏:直前の休憩時間中に集まった振り返りの集計結果を紹介する。複数回答可の「学んだ内容」として、「授業での使い方」が100%、「情報活用能力の捉え直し」が35%、「リスクへの向き合い方」が20%程度、「校務での使い方」が5%であった。

AIが自由記述を集約し、傾向をまとめたコメント
  • AIがあることが当たり前の子どもたちにとって、どのように活用していくのか改めて考えさせられました。特に、児童に対する評価が結果を重視した物ではなく、過程を評価していく上で、その過程をどう見取るかを設計した上で学習を提供していくことが必要だと思ったので、これからの授業作りや子どもたちのAI活用について、考えていきたいと思います。(小学校教員 前提が変わった)
  • 結論として、改めて教師のゲートキーピング力が問われるのだなと思いました。ただ、生成AIの時代に教科の目的は変わるのか?変わらないのか?そのあたりを教科教育の枠組みも踏まえて議論すべきなんだと思いました。(中学校教員 疑問・課題)
  • 生徒がAIを使うことは考えることをやめてしまうのではと考えていたが、使わせれば自分自身で気づくことができるかもしれないと思った。(高等学校教員 最多の論点を代表)
  • 昔から教職員のやることは変わらず、子どもを「みとる、つなぐ、もどす」ことであると考えた。そして、時代に合わせ、より子どもが主体的に学べるような「設計者」になったり、共に学ぶ「仲間」であったり、「ファシリテーター」であったりするのだと理解した。AIも、我々の設計も、ICTも、すべて子ども主体の学びのため。社会に出た時に、子どもが自己実現していけるような力を見据えて、今の教育に関する理解を深めることで、明確な実践につなげ、子どもに返していきたい。(小学校教員 具体的実践レベル)

全体講評

これからのメディアリテラシーを考える

信州大学学術研究院教育学系 准教授 佐藤和紀氏

佐藤准教授:本日一貫していたのは、「AIを何のために使うのか、どのように使うのかは教師が設計する」ものだということであった。「OECD Digital Outlook 2026」でも、「AIが学びを支えるとき」と「AIが学びを奪うとき」の両面が整理されている。

メディア・AIリテラシー(MAIL:Media & Artificial Intelligence Literacy)がこれまでのメディアリテラシーとどのように異なるのかを是非考えてほしい。AIを「知る」「できるようになる」「構えをつくる」という段階に整理することができる。偽情報や誤情報を見分ける力が子どもたちにはあるが、それがなぜか正しく働かないことがある。よりよい意思決定ができるよう、知識を活用・発揮する経験を積ませる必要がある。

亀田校長は「リスクの理解と活用を、学校経営の観点から授業研究に組み込む」ことの大切さを問うていた。教員研修については、吉田准教授から「単発の研修では行動変容が起きにくい」ため、繰り返し取り組むことが必要であるという名言が出ていた。ぜひそういう研修の設計をしてほしい。

杉之原さんからは、人を巻き込むということや、学校のニーズとリスペクトを真ん中に置くことが提言されていた。適切な反応が学校からなければ、学校に関わっていた人が離れていくこともある。

最後に、メディア学者のマーシャル・マクルーハンの言葉「メディアは現実を拡張する」という言葉を引きながら、我々自身が問われているということを確認したい。教師次第で、子どもたちのAIとの付き合い方も変わるので、今回参加した、皆さんは前向きにとらえて歩んでいただきたい。

記者の目

生成AIは驚異的なスピードで私たちの社会の中で入ってきている。そうした中で、「人間としての成長」をどのように子どもたちの学びの中で保障していくかという点で、とても時宜にかなったシンポジウムだった。シュライヒャー氏の基調講演では、生成AIを「足場」として使うか、それとも「松葉杖」として使うかという卓抜な比喩で、世界各国の調査も引きながら、教育の中で生成AIを使う際の論点を見事に整理していたと思われる。また、パネルディスカッションでは、教育特化型AIの可能性と、それを授業で使いこなすのは教師の仕事だという意見がとても印象的だった。日本のこれまでの教育の良さを加速させる生成AIの適切かつ効果的な使い方が、パイロット校を中心にこれから蓄積されていくことがとても楽しみだ。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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